戦い・1
しばらくして。
ノイラント第二軍に新たな命令が発せられた。騎行ををおこなってノイラントの土地を根こそぎ焼き払い奪い尽くし殺し尽くしたベルゼビュート北方第一軍と交戦し、奪われた資源を奪回し無辜の民の命を奪った罰を与えること。
「騎士の本懐と喜ぶべきところかもしれんが、まいったな」
第二軍の首脳が集まった会議でリディア将軍が言う。
「そうですな」
後方の補給隊を束ねるサングート将軍も同意した。
「敵の方が動きが軽い。きちんとしつけられた騎兵もいる。このままでは勝ち目は薄い」
リディア将軍は言葉を続ける。
「そうともいえないでしょう。奪った荷物は進軍の足を止めますからな」
補給に詳しいサングート将軍が言葉を挟んだ。
「とにかく、情報が欲しいの。敵が今どこにいるかどれだけ物資をため込んでいるか、の」
軍の総大将であるププリリアス大将軍が重々しく言った。
「偵察隊は都度出してはいますが」
騎兵を率いるディルトン部隊長が報告する。
「もっと大々的にやれ。敵の規模もわからんようではさすがに困るでのう」
しかしディルトン将軍の言葉に大将軍は逆に叱咤をした。
「では威力偵察ですな。蹴散らされるぐらいのが適任でしょう」
別の百人長が言うがププリリアス将軍は却下した。
「とにもかくにも敵の情報をつかんでからだなの」
「敵も戦果は得たことだし、こちらとの正面衝突は避けるでしょう」
サングート将軍が言う。
「ふん、そんな敵にぶち当たるためには、こちらは足を速めねばならん」
「では、足の重い流民たちとはここでお別れだの」
リディア将軍の言葉に、ため息をついてププリリアス大将軍。
「敵の真ん中に置いておくつもりですか?」
百人長の一人が口を挟んだ。
「最低限の護衛はつけるでの。とにかく今は速さがほしいの」
ププリリアス将軍が言う。
「むしろ流民と食料を餌にするというのはどうでしょう」
リディア将軍が提案する。
「ふむ、挟み撃ちかの」
「敵に情報を流しましょう。こちらに食料がある、交易品もある。女もまだいると。それにベルゼビュート軍が乗ってくれれば……あるいは」
リディア将軍が作戦を披露する。ププリリアス将軍はうなずいた。
「よし、大々的にやるがいいの。とりあえず、われわれはこの冬の成果をなしたとして、ノイラント方面に引き返すとみせかけるの。その途中の砦に堅いものはあるかの」
「ブート砦だな。あそこは堅かった」
リディア将軍が言う。ププリリアス将軍は命令した。
「そこに流民や荷駄隊をいれるんだの。あと防御隊もわすれるなの」
続けて令を発する。
「主力はベルゼビュート北方第一軍を襲うと見せかけて出立だの。ベルゼビュートが罠にはまったら、挟み撃ちをして敵をすりつぶすだの」
「罠にはまらなかったら?」
「そのときは主力対主力の力比べとなるの。なあにそう簡単には負けんの」
「ではそれで、決まりですな」
サングート将軍は会議の終了を告げるように言った。必勝などはじめから考慮されてない戦いだった。
ノイラント王国第二軍は動き出した。まずはブート砦へ。そこで主力三千を選抜して出立する。砦には五百の兵が残された。
そしてアンペルとユーフ、リディア将軍とププリリアス大将軍は主力部隊、サングート将軍とクリエは砦にとどまることになった。
「ひとまずお別れだ、クリエ」
クリエを前に、アンペルは言う。
「アンペル、また、会えますか?」
「わからん」
「……」
困ったような悲しそうなクリエにアンペルは呼びかける。
「会いたいとは思う。けれどこればっかりはわからない」
「またアンペルと星の話がしたいです」
「俺もだ」
アンペルは笑って答えてクリエに背を向けた。
「生きて帰らんとな」
歩き出したアンペルにユーフが呼びかける。
「ああ、帰る理由ができた」
アンペルは振り向かずに言った。
ブート砦はサングート将軍の命令の下、忙しくなった。壊れた砦の装備を直し、食料や大事な荷物などを比較的安全な場所にしまう。水の確保。武具の配備。仕事はいくらでもあった。めまぐるしい忙しさだった。
そんな忙しさの中、一日、二日、三日がたった。ベルゼビュートの軍隊は押し寄せてこない。クリエはアンペルやユーフのことが心配で仕方なかった。
夜はようやく解放され、クリエは一人、外に出て、星を見た。
アンペルが教えてくれたことを一人、復習する。
けれど復習から先に進まない。あてもなくクリエは星を見る。
「アンペル、また会いたいです……」
「また星の話がしたいです……」
けれども答えはなく、ただ寂しい風がクリエの首筋を払っていくだけだった。
それから三日後、身軽なベルゼビュート北方第一軍五千がブート砦に押し寄せてきた。
すぐに激しい戦いが始まった。一日目。ノイラント群は必死に応戦したが、砦の兵士たちはどんどん削られていった。
「ノイラント主力はまだ見えないか?」
砦の防備を指揮するサングート将軍が言う。
「見えません!」
見張りの兵が大声で答えた。
「くそ、主力が来るまで死守するぞ! 我々にはそれしかない!」
「……」
クリエはここで初めて死に手を貸した。貸すべきではないとは心の中で思っていたが、これまでの恩や義理がすでに分水嶺を超えていた。矢筒を運び、攻撃魔術の補助となる触媒を運び、そして傷病者や死者を運んだ。クリエの衣服はすぐに血に染まった。夜になり、戦況が落ち着けば、砦に落ちた矢や、転がった樽、焼け焦げた木箱などを清掃し、自軍が動きやすくした。死に間接的に手を貸している自分を感じながら、クリエはどこか一生懸命だった。
「星のことをすべて知るまで、私は……」
「アンペルが帰ってくるまで……私は……」
それはクリエに生まれた強い意志だった。
クリエは星を見た。その世界だけは、何も変わらず瞬いていた。
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