星々の世界

 その日から、クリエのアンペルに対する態度が、いや、アンペルのクリエに対する態度が変わった。

 どことなく距離が近づき、どことなく距離が離れていった。アンペルはクリエのことを本当に大事に思うようになった。それこそ恋人のように。等のクリエはそんなことに気づかないではいたが、どことなく以前のマスターの面影を重ねるようになった。それはどこかちぐはぐで危険な距離ではあったが、アンペルもクリエも口には出さず、表向きは二人の関係は変わらず見えた。


 戦いは続いていた。ノイラント王国から発した第二軍は食い詰めた流民たちを抱えながらベルゼビュート領内へ深く進軍していた。目的は生きるため。食料を奪うため。生きる場所を奪うため。あるいは隊商はベルゼビュートの民と交易さえした。

 しかしそもそもこのノイラント第二軍は口減らしのために編成されたような軍だ。それがベルゼビュート皇国の憎しみをいたずらに煽る行為であることを知りながら、ノイラント軍は今日も生きるため、南へと進む。

 ベルゼビュート皇国も他国を侵略していた。北方のノイラント王国は貧しい国なので、そちらへは積極的に侵攻しなかったが、南方へはかなりの兵力を送っていた。

 ただ、ノイラントに送られたのは流民を含まない精鋭からなる騎兵と歩兵。うるさいハエを払うようにノイラント領地で騎行を実行した。ノイラント第二軍の中はその噂で持ちきりだった。

「騎行……」

 クリエが言葉に出す。

「騎行と言えば聞こえはいいが要は虐殺さ」

 偶然、そばにいたユーフが答える。

「殺し奪い、焼き払う。そうやって、ノイラントの国力を落とし、自国のことで手一杯になるように仕向けようって算段さ。おまけに死者は埋葬せずそのままにしておく。伝染病が蔓延することを期待して、な」

「……人はほんとう悪辣なものなんですね」

 クリエは言う。

「まあな、そういえば、アンペルは前回の飢饉の時にベルゼビュートにやられた騎行の生き残りらしいぜ」

「アンペルが……?」

「おっと本人には言うなよ」

 そういってユーフはクリエから離れた。


 また二人で星を見る夜。

「今日は火星がきれいだな」

「そう、なのですか?」

「ああ、火星は2年2ヶ月に一回、特に輝いて見えることで知られているんだ」

「火星も惑星なのですよね」

「そうだ、木星、土星、金星、それから水星と同じ惑星だ」

「なぜ惑星はこんなにも不規則な動きをするのでしょう?」

「不規則ではないさ、複雑だが、計算はできる。エカントと離心率を使ってな」

 アンペルはエカントと離心率について簡単に説明した。説明を聞いた後クリエは不思議そうに首をひねった。

「なぜそんなことが…… 惑星が地球の周りを回り、さらに独自の円を描いて回転するなんて」

「星々の世界は謎だらけなんだ。惑星だけでも困るのにさらに天の星々の世界なんてどうなっているか計り知れない」

 アンペルは言う。

「だからいつか行ってみたい。この目で確かめてみたい。それにはこの地球から離れて観測する必要がある」

「なぜです?」

 クリエが熱っぽく聞く。

「視差だよ。2点から同じ時間に同じ星を観測できれば、角度でそこまで至る距離がわかるんだ。だけど星の世界は遠すぎて、地球程度の大きさじゃ視差ではかることができない。だから地球の外へ飛び出す必要があるのさ」

「どうやってですか?」

「高い山に登ったぐらいじゃ追いつかないから見当も付かない。だけどいつか行ってみせる」

「そのときは」

 クリエは一度つっかえたが、言う。

「そのときは、私も連れて行ってくれますか……?」

「え?」

「星々への旅には、私もご一緒してもよろしいでしょうか……?」

「も、もちろんだとも、クリエも連れて行くよ、きっと」

 アンペルは言った。

「……約束ですよ」

「ああ、約束だ。もし行けるのならば、絶対にその星空へクリエを連れていく」

「はい……お願いします。たとえ、私が星々の世界を渡るようにできてなくても、です」

「……」

 クリエの言葉に驚いたようにアンペル。けれどクリエは遠い夢の中にいるようで。

「星々の世界を渡るようにできてなくても」

 つぶやく。二人を包む冬夜の星は煌々と瞬いていた。

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