戦い・2

 二日目。砦の状況はもっと悪化した。午前、見張り塔が敵の魔法で倒壊した。元来五層の守りがあったブート砦は三層までは修繕されていたが、午後の始まりには二層破られていた。それによって奥でおびえていたり民たちにも矢や遠距離魔術が届くようになった。内部が混乱する仲、サングート将軍は決死の覚悟で最後の一層を守る。だが夕刻まで持つかどうか、サングート将軍に顔に焦燥が走る。



「まだ行かないのですか!」

 一方、敵の死角で伏せているノイラント軍三千。ノイラントの主力はほぼ二日間、そこで待機しているのだ。

 アンペルは気が気ではなくリディア将軍に直接談判し叫んでいた。

「ププリリアス大将軍の命だ。索敵の結果、敵の数が予想以上に多かった。だから敵が砦に一部入って規律を乱したときに襲いかかるとな」

「それではクリエは!」

「あのお前が連れてきた美人か。ふん、運命に身を任せるしかあるまい?」

「そんな……」

「所詮は砦にこもるのはほとんどが流民。いてもいなくてもかまわない奴らだ。むしろいなくなった方が楽まである」

「……」

「戦場は命の取り合いだ。死に近い命から散っていく。しかしサングート将軍め。なかなか粘るではないか」

 楽しそうに笑うリディア。

「リディア将軍!」

 これはすまなかったな。だがあとブート砦も持って一刻といったところか。そろそろ動き出すぞ。準備しろ、アンペル!」

「は、はい!」

 アンペルははじかれたように返事し、引き下がった。

「とはいえ、だ。みな砦に大事な物や人があるものだ。血気にはやっている。この戦い、勝てるぞ!」

 リディア将軍はアンペルを一顧だにせずつぶやいた。


「全軍前進!」

 それは張り詰めきった弓が矢を放つようだった。ププリリアス大将軍の命令の下、ノイラント第二軍は砦を攻囲するベルゼビュート北方第一軍に雪崩のように襲いかかった。

 ベルゼビュート軍とは言えばもう少しで砦を落とせると攻撃を強行していたさなかだった。完全にとは言わないが不意は十分に突かれた。


「おちつけ! 数ではこちらが多い、冷静に対処しろ!」

 混乱に陥るベルゼビュート陣営。そしてブート砦では歓声が上がった。

「サングート将軍! 味方です! ようやく来ました!」

「よし砦の守りを下げろ、敵を砦に半ば入り込ませる! そして混乱させろ!」

 サングート将軍はププリリアス将軍の計略をまるで知っていたかのように指令を発する。


 一方、ベルゼビュート陣営では。

「砦の守備が引きました! 今なら侵入できます! いかがしますか!」

「馬鹿言え! 敵の主力が迫っているんだぞ。おい、先遣隊に引き返すように言え!  今すぐだ!」

「伝令! 血気にはやった先遣隊はすでに砦に入っています!」

「おのれ! ノイラントの罠にはめられたか! ええ、残った兵力で後方の敵を打ち破るぞ!」

 そのころにはすでにベルゼビュートの後ろ備えとノイラントの先遣隊が干戈を交えていた――。


「鎧袖一触とはこのことだな」

 リディア将軍がは言う。

 ベルゼビュートの軍勢はノイラントの攻撃でどんどん崩れて軍の形を保てなくなってやがて四方八方に逃げ惑い始める。そのなかより深く、より速く、敵陣に切り込む兵士がいた。


「アンペル、前に出すぎだ!」

 ユーフが叫ぶ。

「しかし!」

 アンペルが剣でベルゼビュート兵士の一人を切り払いながら言う。しかし逃げ惑う敵になかなか致命傷は与えられない。

「もっと足並みをそろえないと、危険だ!」

 立ち塞がるベルゼビュート兵を威嚇するように大きく振り上げて道を切り開きながらユーフ。アンペルは強引に道を開こうとしていた。 

「もう敵は砦に入ってる! 急がねば!」

「みんなその気持ちは同じだ! 焦るな、アンペル!」

 するとアンペルは静止する。

「理解したか! アンペル……?」

 ユーフは安堵するがアンペルは逆に。

「もう敵に戦う意思はほとんどない! そんな奴らは捨て置けばいい! 砦でまだ激しい戦いが起きてる、俺たちは、そこへ一直線に向かうぞ!」

 先陣をあおった。そして今度は振り向くことなく砦に向かう。アンペルの扇動に乗って、何人かがアンペルの後について行った。

「やれやれ……」

 しかたない、と覚悟を決めて、ユーフも後からついて行くことににした。


 砦の中は大混乱だった。敵味方が入り交じって、激しい戦いになっている。サングート将軍はそれを狙って兵を引いたのだが、やめておけば良かったかなと半ば後悔している。もう、後方のベルゼビュート軍は崩壊を始めてるのに、血気にはやった先陣は戦いをやめようとはしない。

「貴様ら、後方のベルゼビュート軍は崩れたぞ! お前らも早く消えろ! 皆殺しにされるぞ!」

 サングート将軍はベルゼビュートの言葉で、敵に呼びかけるが、逆に敵をいたずらにあおるだけの結果に終わった。

「ならばここで、死ぬまで殺しまくるだけよ!」

「もとより、ベルゼビュートに生きて帰るつもりもない! そもそもベルゼビュートは母国ではなく祖国から奴隷としてここに連れてこられたしな!」

 剣を振り上げ雄叫びを上げるベルゼビュート軍。やれやれを頭に手をやるサングート将軍。

「すでに死兵じゃな……これは困ったことになるぞ」 


 リディア将軍は最初こそ機嫌が良かったがやがて不服さが顔に出るようになった。

「敵を殺し切れてない。もっと殺すように伝令に伝えろ!」

 そして、自ら敵の大将を討ちに馬で親衛隊と一緒に駆け出した。

「ベルゼビュートの腰抜けめ!」

 そんな罵声を後に残して。

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