しばらくして。

「どう、ですか」

「うむ、普通だ」

「それ、褒めてますか?」

「うん褒めてる。ちゃんとなじんでるから」

 小姓の服を着てくるくると回るクリエとそれを見守るアンペル。クリエの短く刈られた髪は、所々跳ねている。床屋め、適当に刈りやがったなとアンペルは心の中で悪態をついた。

「ちょっと首がチクチクします」

「切ったばかりだからだろう、しかし」

「しかし?」

「もったいないことをしたなと思ってな」

「私、そんなに変わりましたか?」

「まあ、な」

 なんだか美形の男の子になっちまったみたいだといいかけて、アンペルは言葉を飲み込んだ。

「それより、アンペル、また星の話をしてください」

「星? まだ昼間だぞ?」

「太陽についても語ってくれると言ってくれました。太陽も空を巡る星なんでしょう?」

「そうだったな。自分で言っておきながら忘れるとは恥ずかしい」

 アンペルは頭をかくと語り出した。

「太陽は確かに星だ。ただあんまりまぶしいからほかの星をかき消してしまう。いまもこの空には星が浮かんでいるけれど、太陽のせいで見えなくなっている」

「なぜわかるのです」

「なぜって、日食があるからな」

「日食?」

「太陽が月で隠れてしまう現象を日食と呼び、そのときは昼間でも太陽が見えなくなる。すると昼でも夜のように星が見えるようになるんだ」

「なるほど、アンペルが言ったとおりですね。そばにまぶしい明かりがあるとほかの光はかき消されてしまう」

「そしてそれはつまり月が太陽よりも近くにあるという証拠でもあるのだが。それもわかるか?」

「月が太陽を隠すから、月は太陽の手前にあるんですね」

 クリエの言葉にアンペルはそうだ、とうなずいて言う。

「この日食というものは昔から、いや今も不吉な意味合いで使われるな。実際に昼に太陽が見えなくなるのを見ると何かよくないことが起こっている感じがするぜ。まあ俺が見たのは部分的に隠れる日食で、そこまで不吉なような物には見えなかったが。ところでそんな太陽だが、面白いことがある」

「面白い?」

「これは旅をしていたお前も感じたことがあるんじゃないか? 一年かけて昼の時間が長くなったり短くなったりすることだ」

「……」

 不思議そうなクリエにアンペルは少し戸惑ったが、また語り出す。

「一日は一定だが、昼が多い季節と夜が多い季節があるんだ。わかるか? クリエ」

「どうして一日が一定だとわかるんです?」

「そこからか。まあそれも大事な疑問だが。いいかクリエ、太陽が南中する時間、つまり太陽が真南を向く時間は昼が長くても昼が短くてもいつも一定だから、それを元にして一日の時間が決めることができるんだ。毎日お昼に鳴る教会の鐘なんて良い例だろう?」

「教会? 鐘?」

 不思議そうなクリエにアンペルは言葉を続ける。

「まあいい。それで一日が決まれば次は年だ。俺たちが採用しているのは太陽暦。太陽を基準にしているから太陽暦って呼ぶ。しかし太陽を基準に決めるから月の満ち欠けと一月が同じにならない。月って名前が付いてるのにおかしいだろ? しかしそのかわりに年は崩れない。なぜなら太陽の高さが一番高いときと低いときを一定期間で繰り返すことを計算に入れて一月の日付を良い感じに調整して暦を出しているからだ。それが太陽暦の一年だ。

 逆に月の動きを基準にして暦を決める国もある。それが太陰暦。陰というのは月の意味だ。そうすると一月が三十日に固定される。すると太陽の動き――年の方が崩れるから、時々閏月という物を挟まなくてはいけなくなる」

「なるほど」

「ま、太陽暦にも一月まるまるほどじゃないけど、日付を何年かに一度調整しないといけないんだけどな」

「なぜ、人は一年の周期をぴったり合わせることにそこまでこだわるんですか?」

「それはな……。季節――春夏秋冬があるからさ。まあ強いて言えば凍える冬があるだけでも暦はどうしたって必要になる。作物を育てるのに、いつ蒔けば良いかはだいたい毎年春の同じ日だ。そしてそれを春に植えて夏に育て秋に収穫して作物はほとんど育たない寒い冬を乗り切る。そうしたらまた春が来る。春夏秋に準備をして、つらい冬を乗り切ってまた春を迎える。これが俺たち人間が生きていく上での一年のサイクルなんだ」

「……」

「なんだ呆けた顔をして」

「いや、感心してしまって。人間というのはすごいものですね。生きるために暦を知ろうとするなんて、びっくりしました」

「おまえも人間だろ」

「そう……でしたね」

 ちょっと言いよどんでクリエ。

「そしてそんな人間が互いに殺し合いをするんですね」

「……そうだな。人は、生き延びるためなら大抵のことは何だってする、できる。殺し合いも、それだ」

「食糧不足が原因と聞きました。寒い夏が原因と聞きました。それらに暦は……」

「ほぼ無力だな」

「そうですか……」

 寂しそうに、寂しそうにクリエは言った。

 

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