夜と星
アンペルが気絶から目を覚ますと、雲一つない空には満天の星が出ていた。アンペルは自分の体の心配をするよりも、まずはその星々の美しさに惹かれていた。
彼は星を見るのが何よりも好きだった。月、星、惑星の運行、それらはみな彼の心を引きつけていた。
見回す。今日の月齢は16日、この戦闘の前の夜に見た月がちょうど満月だから戦いのあったその日の夜だ。時刻は月の高さから測るに大体夜の9時。時間については便宜上のため、地球の24時間を当てはめることを許してほしい。
月で日時と時間を探った後、ようやくアンペルは体を動かし、自分の体に異変がないことを確認する。単に衝撃波の直撃で気を失っていただけらしい。立ち上がる。そして周りに倒れている二人の兵士の息を探る。しかし、どちらも、爆風で焦がされ、息をしてはいなかった。
(俺は運がよかったな……)
どうやらどちらかの兵士が盾代わりになってアンペルを爆発の熱風から守ってくれたようだ。アンペルは死体に簡易な礼を捧げ、今度は周囲を見回す。今回の戦闘で敵陣は陥落できたようだった。ベルゼビュートの軍が築いた砦に、かがり火に照らされてうっすらとノイラントの軍旗がはためいているのが見える。
(やれやれ、あまり歩かないですみそうだ)
アンペルが砦に向かって歩こう、としたそのとき、彼はか細いうめき声を聞いたような気がした。
(ん? 俺のほかに生きてるやつがいるのか?)
アンペルは思い、声のしたあたりを辺りを注意深く見回す。するとまばゆい月の光を浴びて、爆発の中心部のあたりから白い足のような何かが見えた。
「……」
アンペルはそっと近づく。間違いない。土砂の中から人間のか細い足が折りたたまれているのが見える。アンペルは土をどかし、体を引っ張り出す。そして顎に手をあって軽くひねった。
兵士ではないようだ。だとしたら物取りか? しかし、見たことのない奇妙な服を着ている……そして長い黒髪。真っ白い肌。少女? 多分少女。戦場には似つかわしくない、少女。
「おい」
アンペルは奇妙な服を着た少女の体を揺する。反応はない。先ほどのうめき声も聞こえない。
「……おい、大丈夫か!」
それでも起きないので、アンペルは軽く少女の頬を叩いた。
「……」
それで少女が目を開ける。
「おい、生きてるのか? しっかりしろ!」
少女――いやクリエは爆撃のせいで大分前から気がついてはいたのだ。ただ目を覚ますのがおっくうで目を閉じていたのだった。
とはいえ、自分の頬を叩かれたので、クリエはしかたなく目を開けた。
「生きてる……たしかに私は生きてはいます」
クリエは言った。創造主が置いていった惑星に秘匿された擬似的アカシックレコードのおかげで、目覚めたクリエの脳内には世界の、彼ら人間に関する基本情報が履修されていた。アンペルの話す言葉がわかり、話すことができたのはその能力のおかげである。
「そうか、俺と同じで、運が良いな!」
にっこりと笑うアンペル。
「そうで、しょうか……」
「ああ、あの爆撃魔法で生きていられるなんて運が良い!」
「あの程度の衝撃で壊れるようには作られていませんが」
「? まあいい。お前、見ない身なりだが、どうしてここにいる?」
「……」
クリエはアンペルの反応とわずかの思考の後、この人にいや、この作られた世界に嘘をつかなければいけないと判断した。
それはクリエ自身が創造主と自分とで作ったこの世界を、自らの存在で汚すようなことはできるだけしたくないといまだ思っているからだ。そして答えた。
「遠く異国の地からここへから来ました、ここへは立ち寄っただけです。服は異国のものです」
すらすらと答える。
「なんだってこんな戦場に?」
「戦場?」
「そうだ。ノイラント王国とベルゼビュート皇国の戦場」
戦場。戦いの場所。場所は理解できた。戦いも理解できた。ずいぶん大げさにやるのだなとは思った。たかが雄が雌を巡る戦いに。
「休んでいたら、巻き込まれてしまいました」
クリエはなんとはなしに答えるとアンペルは歯を見せて笑った。
「そうかやっぱりお前、運がないな! ところで、お前立てるか?」
「ええ、問題ありません。ないはずです」
クリエは何万年ぶりかに久しぶりに立ち上がり、さすがになれなくて少しよろめいた。アンペルが肩を押さえ、支える。
「問題、ありのようだな」
「どうも、そのようで、申し訳ありません」
顔を背けて困った顔を作るクリエ。髪が揺れ、月の光が差し込み、彼女の顔を美しく照らした。中性的だが、明らかに美しいといえる顔だった。
「きれいだ……」
だからアンペルは思わず口に出していた。
「え?」
「ああ、きれいと言ったのは星だよ」
「星?」
思わず言ってしまった言葉をごまかすアンペルに、クリエは不思議そうに尋ねた。
「そら、見えるだろ?」
アンペルは照れくさそうに指を空に向けて指さす。促されるようにクリエもその指の示す方を見た。
そこには。
「わぁ……」
おもわず声が出ていた。そこには本当にきれいな光景が広がっていた。一面の青深い黒に、様々な色で瞬く星々と青白い月。クリエはこんな景色を見るのは初めてだった。もしかしたら、視界を天に向けるのは、自身が作られてから初めてかもしれない、とクリエは思った。
「なんだ、星を見たことがないのか?」
見とれているクリエにアンペルが声をかける。
「ええ、もしかしたら」
「……ふうん」
不思議なこともあるものだとアンペルは思ったが、あえて詮索はしなかった。クリエは初めて海を見た子供のように星に見とれている。アンペルも星を見た。やはり眺めるのは楽しかった。二人黙って星を見続ける。
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