転生したみたいなので異世界で教師になります『家庭教師編』
いとうみこと
第1話 事故
空が茜色に染まる頃、校門を出た
里穂は鞄からスマホを取り出して歩きながらメッセージを打った。相手は昨年から付き合っている
「先生、歩きスマホはだめですよ」
不意に声を掛けられて里穂はスマホを落としそうになった。振り向くと、ついさっきまで生徒だった
「ごめんなさい、もうしません」
「わかればよろしい」
里穂が頭を上げると凪咲の無邪気な笑顔が弾けていた。つられて里穂も笑い出す。それからふたりは並んで歩き出した。凪咲は大事そうに胸に本を抱え、ランドセルの代わりにピンク色のリュックを背負っている。学校の帰りではなさそうだ。
「凪咲さんはこれからどこか行くの?」
「うん、塾に行くところ」
「へえ、ひとりで?」
「あそこの信号渡ってすぐだし、帰りはママが迎えに来てくれるから」
「そっか。で、大切そうなその本はなあに?」
途端に凪咲の顔がぱあっと輝いた。
「これはね『小学生無双! わたしたちだって異世界で大活躍しちゃいます』っていう本でね、異世界転生のお話なの!」
「いせかいてんせい?」
「え、先生、異世界転生知らないの?」
凪咲の顔が見る間に曇り、諦めとも憐れみとも取れる微妙な表情に変化した。
「いや、名前くらいは知ってるよ。死んじゃった人が突然別の世界に行っちゃうんでしょ? で、何か特別な技だか能力だかを手に入れて活躍する、みたいな」
里穂は微かな記憶と本のタイトルを頼りにそれっぽい言葉を並べてみたが、凪咲の顔は険しいままだった。
「先生、人気者になりたかったら子どもたちが何に夢中になってるかくらい知っておくほうがいいと思うよ。時間があれば私が話してあげてもいいけど今は無理だから、本物の先生になる前にちゃんと調べておいてくださいね」
「はい、そうします」
勢いに押されて恐縮した里穂だったが、凪咲の顔は既にいつもの明るい笑顔に戻っていた。
「じゃあ先生、試験頑張ってね。さようなら」
そう言うと凪咲は歩行者用信号のボタンを押して横断歩道の前に立った。楽しく会話していたつもりだったのにあっさりしたものだ。道路側の信号が青から黄色に変わる。
「さようなら」
里穂は明るく応えて歩道を歩き出した。心の中では荒唐無稽な作り話なんかやめて普通の本を読めばいいのにと思いながら。しかし、数歩進んだところで妙な気配を感じて振り向くと、横断歩道を渡り始めた凪咲に向かって大型車が猛スピードで近づいてきていた。里穂の足がひとりでに動いて凪咲に駆け寄ったその時、大きな衝撃とふわりと体が浮く感覚があって、そしてあたりは真っ暗闇になった。
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