第17話 夢

 湖が一望できる丘の上で里穂とナギ、そしてユアンが弁当を広げていた。雑穀のパンで作ったサンドイッチや色とりどりのフルーツがバスケットいっぱいに詰まっている。ユアンの手元にはワインがあって、既に酔いが回っているようだ。


 里穂が部屋を移った翌日から、午前はユアンが里穂に講義をして、午後には里穂がナギに読み書きや計算を教える日々が始まった。里穂のやり方は単に方法を教えるのではなく、一緒にかるたを作ったりすごろくを作ったりしたので、ナギはすぐに勉強に夢中になり、その成長ぶりで両親を喜ばせた。


 そのトーヤとマナは、またしてもナギを置いて外国へ出かけて行った。いつもなら涙に暮れるナギは今回は笑顔で見送ることができ、それもまた両親を安心させる材料となった。今や里穂はナギにとって実の姉以上に大切な存在となっていたのだ。


 家族の一員として食事を共に摂るようになった里穂は、食卓でレイやコウと顔を合わせることが増えた。レイは何かしら楽しい話を聞かせてくれたり時には手土産をくれたりして、ナギと同じように妹として可愛がってくれる。その一方で、コウは里穂と目を合わせることさえしないので最初はまだ根に持っているのかと思っていたのだが、時々部屋の前に新しい本がきれいな花と一緒に置いてあって、それがコウの仕業だと気づいてからは何だか可愛くて、里穂の方が姉のような気分になっていた。


「マナがいなくてもナギは毎日楽しそうだ。みんなリホのお陰だよ」


 ほんのり頬を染めたユアンが目を細めて言った。ナギは野の花を摘んで花束を作るのに夢中になっている。


「いえ、私の方こそこんなに良くしていただいて本当に感謝してます」


「そう言えば、ナギと一緒に淑女教育を受け始めたそうじゃないか」


 上流階級特有の作法を習うのだが、生まれた時からそこに生きているナギと違って里穂には難しいことばかりだった。特にダンスは大の苦手だ。


「もう全然ナギちゃんにかないません」


「リホにも苦手なことがあるんだな」


 ユアンはカラカラと笑った。


「ところでリホ、例の計画はどうなったんだい?」


「例の計画?」


「コウに大見得切ってたじゃないか。『私は教育を通してこの世界の仕組みを変えたい』ってさ」


 里穂の頬が染まる。思えば大口を叩いたものだ。しかし、その気持ちが消えたわけではない。むしろナギの勉強を見ているうちにより一層学校を作りたいという気持ちは強くなっていた。


「ユアンさん、私諦めませんよ。今はまだ何の力もないけれど、いつかこの世界に学校を作ります」


「ガッコウ?」


「学びの場です。貧富の差や身分の差、もちろん男女差もない学びの場所を作りたいと思ってます。すべての子どもたちに学ぶ楽しさを伝えたいです」


「それはすごい! 実現したらこの国が変わるだろうね。よし、僕も手伝うよ。未来のガッコウにカンパーイ!」


「ユアンさん、ちょっと飲み過ぎですよ」


 うららかな日差しのもと、里穂はこの世界で手に入れた穏やかな幸せを噛み締めていた。しかしこの時の里穂はまだ何も知らない、夢を実現させようとする里穂の前に数々の苦難が待ち受けていることを。



 これにて『家庭教師編』完結です。読んでいただきありがとうございました。

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転生したみたいなので異世界で教師になります『家庭教師編』 いとうみこと @Ito-Mikoto

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