第8話 髪

 ユアンが大荷物を抱えた召使いを何人か連れて戻った時、里穂はもう泣いていなかった。ユアンは里穂の顔に涙の跡を見つけると心配そうな顔でベッドに腰掛けた。


「リホ、顔の傷は必ず綺麗に治すと約束するよ。髪だってちゃんと生えてくるから大丈夫。それ以外にも……」


「違うんです、ユアンさん」


 ユアンの話を遮って里穂は自分の思いを伝えた。


「今ここにこうしていられることは奇跡だなって思ってたんです。この体を大切にしなきゃって。助けてくださってありがとうございました」


 そう言うと、里穂は深々と頭を下げた。この少女の分まで。


「いや、そんな、礼なんていらないよ。こちらこそナギを助けてくれてありがとう。あの子がかすり傷ひとつ負わなかったのは君が身を挺して抱きとめてくれたお陰だ。その勇気に心から感謝する。本当にありがとう」


 今度はユアンが頭を下げた。


「実はナギは僕の姪なんだよ。あの子の母親のマナは僕の双子の妹なんだ」


「え?」


 ユアンとマナはまるで似ていない。ユアンがどちらかというとがっしりした体型で色も浅黒く体育会系の雰囲気を持っているのに対し、マナは色白で小柄で華奢で小動物のような愛らしい女性だ。


「まるで似てませんね」


 驚きを隠さず里穂が言うと、言われつけているのかユアンが苦笑いした。


「僕は祖父に似て、マナは祖母に似たんだそうだ。瞳の色までそっくりだって母に言われるよ」


「そうなんですね」


 ユアンとナギの距離が近いのは感じていたが、姪ならば納得がいく。確かに顔の雰囲気も似ているように思える。だからこそ余計に愛おしいのだろうと里穂は思った。


「ところでリホ、部屋を出るための準備をしよう。立てるかい?」


 ユアンが杖をよこしたので、里穂はベッドから下りた。たちまち召使いたちが里穂を取り囲み椅子に座らせ髪をとかし始めた。


「まずは髪を整えよう。それから帽子にスカーフに服と靴もだ」


 そう言っている間にもテーブルやらソファやら、ありとあらゆる場所にどんどん衣類が並べられていく。


「こんなにたくさん……」


「マナが集めさせたんだよ。気に入った物があれば全部貰うといい」


 金持ちだとは思っていたが、この家の経済力は里穂の想像を遥かに超えているようだ。目を丸くしている里穂の髪にハサミが入り、間もなくベリーショートに整えられた。


「リホは凛々しい顔立ちだから男のような髪型でも似合うんだね。女の子らしい長い髪になるまでは数年かかるけど我慢してね」


「私、短い髪も好きですよ」


「何言ってるんだい。女の子は髪を伸ばさなきゃダメに決まってるじゃないか」


「え……」


 無邪気に笑うユアンの顔が里穂にはこれまでとは少し違って見えた。そしてこの違和感が、後に大きな壁となって里穂の前に立ちはだかることになる。

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