第9話 準備

 里穂は有り余るほどの衣類の中からできるだけシンプルなワンピースを三着選んだ。できれば動きやすいパンツが欲しかったがひとつもなかった。それから色とりどりのスカーフの中からこれまたシンプルな物を三枚、帽子は派手な飾りの付いた物しかなかったので諦めて、靴はモカシン風の革靴と履き心地の良さそうな室内用のスリッパを一足ずつ選んだ。


「それだけ? こんなにあるのにそれだけなの? しかも年寄りが着るような服ばかりじゃないか。リホは女の子なのに綺麗な服に興味がないのかい?」


 ユアンは里穂を珍しい動物でも見るような目で見た。


「地味かもしれませんが、私が選んだのはどれも仕立てが良くて長く着られる物ばかりです。あとは肌着や靴下をいただけたらそれで十分です」


「遠慮しなくていいんだよ。何よりマナががっかりする。それにリホは着飾ったら今よりずっと美しくなれるんだからもったいないよ」


 ユアンは尚も食い下がったが、里穂は頑として譲らなかった。元々里穂はファッションに興味がないのだ。服は実用的で長持ちする物がいちばんいいと思っているから、こんな裾が長くて動き辛いワンピースを着るのは心底気が重い。できることなら男物を集めてほしいくらいだが、さすがにそれはマナの気遣いを踏みにじる気がして言うのをやめた。


 どこまでも残念そうなユアンを尻目に、里穂は早速頭にスカーフを巻いた。後ろで一回縛り、端を前に回して捻りこむと、我ながらすっきりした印象に仕上がった。これなら派手なスカーフも悪目立ちしないで済む。召使いたちが興味津々といった様子で巻き方を尋ねてきた。揃いも揃って長い髪の彼女たちにとって新しいスカーフの使い方は魅力的なのだろう。里穂が召使いたちの髪を色々な縛り方でまとめてやる度に歓声が上がって、部屋はさながら女子会の賑やかさになった。


 突然パンパンと手を叩く音がして、皆が一斉に音のした方を見ると、そこには少し厳しい顔のユアンがいた。


「お前たち、リホはまだ療養中なんだぞ。何をそんなに騒いでいるんだ。さっさと片付けてここから出て行ってくれ」


 召使いたちは肩をすくめて風のように去って行き、後にはまだ少し機嫌の悪いユアンと里穂が残された。


「騒いだりしてすみませんでした」


 里穂が先に口を開いた。


「リホが謝ることじゃない。それより君に話したいことがある」


 ユアンは里穂にベッドに戻るように促し、自分は近くの椅子を引き寄せてベッド脇に座ると真面目な顔で言った。


「家族が見つかるまでリホにはこの部屋を使ってもらおうと思ってるんだが、それでいいかい?」


「この部屋を、ですか?」


「不満かい?」


 里穂は改めて室内を見渡した。恐らく二十畳はあるだろう部屋の中には大きなベッドを始め、革張りらしきソファや木目の美しい一枚板のテーブル、壁には高そうな絵、更に時代を感じる調度品などが並んでいて里穂には贅沢過ぎる気がしていた。


「こんな立派な部屋だと落ち着きません。もっと狭くて質素な部屋がいいです」


 ユアンがぷっと吹き出した。


「リホは本当に変わってるね。わかった、できるだけ君の希望に添えるようにしよう。それ以外に何か必要な物はないかい? あればすぐに用意させるよ」


「それならば本と書くものが欲しいです」


 ユアンがきょとんとした。


「本って、いったい何に使うんだい?」


「え?」


 今度は里穂がきょとんとした。という言葉はあのを表すのではないのか。里穂の中に迷いが生じてそれ以上話ができなくなった。


「もしかしてリホは読み書きができるのかい?」


 どういう意味の質問なのか、里穂は測りかねた。だから今できる精一杯の答えをした。


「わかりません。わかりませんができたらいいなとは思います」


「そうか……」


 ユアンは暫く考え込んでいたが、真面目な顔でこう付け加えた。


「わかった。できるだけのことはするよ」

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