第3話 違和感

 里穂りほは右半身に疼くような痛みを感じて目を覚ました。薄っすら開けた瞼の隙間から白い壁と高い天井が見える。どこか暗いところにいたような気がするがどこだったのか思い出せない。そうして時間を遡るうちに凪咲なぎさを抱きかかえたまま宙を舞った映像が蘇り、今自分が置かれている状況を理解した。


 凪咲の様子が気にかかるが、他人ひとの心配をしている場合ではなさそうだ。里穂はそっと手足を動かしてみた。動く感覚はあるもののかなりの痛みを伴う。骨が折れているのかもしれない。だとしたら治るまでにはかなり時間がかかるだろう。大学の単位は大丈夫だろうか、何より教員採用試験までに動けるようになるのだろうかとあれこれ不安が押し寄せて、知らぬ間に涙が滲んだ。


「先生、お姉ちゃま泣いてるよっ!」


 不意に耳元で子どもの声がして里穂は目を開けた。いつ来たのか右横に見知らぬ少女がいる。小学校低学年くらいだろうか、栗色の髪を二つに分けてリボンを結び今にも泣きそうな顔だ。するとその向こうからひょいと若い男が顔を覗かせた。


「ほんとだ。ナギ、どいて。お嬢さん、気分はどうですか」


 少女を脇に押しやって男は里穂の手を取り頬に触れた。しかし男は医者には見えなかった。それだけではない、病院だと思っていた部屋はホテルの一室のようだし、普通あるはずの点滴やベッド横のモニターもない。里穂が状況を把握できずに呆然としているのを見て男が静かに語りかけた。


「驚くのも無理はない、君は事故に遭ってここに担ぎ込まれ、三日も昏睡状態だった。多分、頭を強く打ったんだろう。目が覚めて良かったよ。体の方は打撲と擦り傷で骨が折れたりはしていない。ただ傷が広範囲だから治るまでには少し時間がかかりそうだ。理解できるかい?」


 里穂は何か大きな違和感を覚えつつも小さく頷いた。


「良かった。療養が長引きそうだから君のご家族に連絡したいんだが、君の名前は? どこから来たの?」


 その時里穂は違和感の正体を理解した。この男の話している言葉は日本語ではない。それにふたりともどうやら日本人ではなさそうなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る