第2話 死にたくない

 ふと気づくと、里穂りほは目を開けているのかどうかすらわからない漆黒の闇の中を歩いていた。冷たい空気をかき分けるようにしても手に触れる物は何もなく、足元はぐにゃぐにゃで地面を踏んでいる感覚がない。里穂は自分の頬にそっと両手を当ててみた。しかし、掌にも頬にも触れたという感覚はなかった。里穂の中に「死」という言葉が湧き上がってきた。


 里穂は歩くのをやめその場に座り込んだ。どちらが上でどちらが下なのかそれすらもわからない、まるで宇宙にひとりで放り出されたような気分で、とてもじゃないがここから日常に戻れるとは思えなかった。里穂が生を殆ど諦めかけたその時、遥か前方に六等星にも満たない程の微かな光が見え、それと同時にどこからか声が聞こえた。


「生きたい?」


 体の内から出たのか、はたまた空から降ってきたのか、自分の声のようにも、誰か他の人の声のようにも思えるその声は冷たく凍った里穂の心に小さな灯りを点けた。たちまち愛すべき人たちの顔が浮かぶ。戻りたい場所、やりたいこと、やり残したことが次々と頭に浮かんで、里穂は力強く立ち上がった。


「死にたくない!」


 その言葉に呼応するように遥かな光が少し大きくなったように見えた。里穂は再び叫んだ。


そうに会いたい! ママに会いたい! パパにもおじいちゃんにもおばあちゃんにも会いたい!」


 気のせいでなく、光が徐々に大きくなっていく。里穂は確信した。あの光に包まれたらきっと元の場所へ戻れると。だから力の限り叫び続けた。


「私は先生になりたい!」

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