第15話 お茶会

 翌朝、里穂は最後の診察を受けた。


「良し、これで治療は全て終了だ。あとは傷跡がちゃんと消えるまでこの薬を朝晩二回塗ればいいからね」


「ありがとうございました、ユアンさん。あのひどかった傷跡がこんなにきれいになるなんてびっくりしました。すごい薬なんですね」


 ユアンはいたずらっぽく笑って言った。


「この薬のもとを作ったのはコウだよ」


「え? そうなんですか?」


「うん、あいつは薬草に関しては間違いなくこの国いちばんの知識を持ってる。あいつはこの国の宝さ」


「すごい……って、私そんなすごい人にケンカを売ったんですね……」


 みるみる青ざめる里穂を見て、ユアンはいかにも愉快そうに声を立てて笑った。


「昨日のコウの顔は傑作だったな」


「やめてくださいよ。ああ、私どうしよう」


「なあに、心配いらないよ。君はコウにいい変化を与えたみたいだからね」


 ユアンは首を傾げる里穂にその後のコウの行動を教えた。


「あの後、コウがどこに行ったと思う? 台所だよ、台所。料理人たちが夕飯の支度をするのをすぐそばで観察しては色々と質問して困らせたらしい」


「なんでそんなこと」


「里穂が言ったんじゃないか、料理は単純作業じゃないって。あいつはそれを確かめに行ったのさ。そしてその足で父上に召使いの給金を上げるように談判したんだ」


「まあ……」


「里穂のおかげさ。コウは薬学は優秀だがそれ以外のことはさっぱりで、昔ながらのコチコチの価値観を振りかざすところがある。これから上に立つ者があれではと思ってたんだが、里穂のお陰で風穴が空いたよ」


「はあ……」


 ユアンはそう言ってくれたが、今となっては自分が大人気なく意地になって偉そうに振る舞っただけだったと里穂は反省していた。もちろん持論を曲げるつもりはないけれど。


 そんな里穂の様子をにやにや見ていたユアンが思い出したように言った。


「あ、里穂にお茶会のお誘いだよ。今後のことも話したいってマナが。昼食後に呼びに来るから」


「お茶会? でも私作法が……」


 尻込みする里穂にユアンはウインクした。


「身内だけだから大丈夫だよ。まあ楽しみにしてて」




 ユアンの予告通り、午後になるとナギが里穂を呼びに来た。ティールームにはナギの両親とユアン、そして見知らぬ青年がいた。青年は里穂を見るなり椅子から立ち上がり真っ直ぐ近づいて来た。黒髪の短髪が似合う凛々しい青年で、吸い込まれそうなサファイアブルーの瞳をしている。里穂はその圧倒的なオーラに飲み込まれそうな気がした。


「はじめまして、ナギの兄のレイです。あいさつが遅くなって申し訳ない。ナギを助けてくれてありがとう。心から感謝します」


「いえ……」


 レイはさり気なく里穂の手を取って椅子に座らせた。途端に里穂の心臓は周りに聞こえるのではないかというくらい高鳴った。上気した顔が恥ずかしくて、誰の顔もまともに見られない。それにしても、レイといいコウといい顔面偏差値が高すぎる。そう言っては何だがとてもトーヤの息子とは思えない。余程前妻が美しい人だったのだろうと里穂は思った。


 里穂の動揺などお構いなくお茶会は和やかに始まった。心配していたような難しいマナーは一切なくて、普通にお茶とお菓子を楽しみながら談笑するだけだった。里穂はここにコウがいないことにホッとしていた。


 他愛のない話が一段落したとき、ナギの父親のトーヤが里穂の目を見て改まった口調で言った。


「リホ、申し訳ないが未だに君のご家族が見つからないんだ。そうは思いたくないが、もしかしたら君は身寄りがないのかもしれない」


 里穂は何と答えていのかわからなかった。それが辛そうに写ったのだろう、トーヤが慌てて言葉を継いだ。


「もちろん諦めたわけじゃない。これからもリホの家族を探し続けると約束する。しかし、もしそれでも見つからなかったら……うちの子にならないか?」


「えっ?!」

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