第14話 答え合わせ
三日後、里穂はコウの図書室の窓辺に座っていた。目の前には余裕の表情を浮かべたコウ、その後ろのテーブルにはナギとユアンもいる。コウがにやにやしながら言った。
「さて、リホと言ったかな。僕からの宿題はできたかい?」
里穂は毅然として答えた。
「はい。ですがナギちゃんに手伝ってもらったので完全とは言えません」
コウが訝しげな顔をした。
「ナギは文字が読めないだろう。どういうことだ」
そこで里穂はどう解読したかを簡単に説明した。ただし、ひらがなを使ったことは言わないでおいた。コウはそれでもまだ里穂がたった三日で文字を読んだとは思っていないようで答えを急かした。
「解き方はいいから答えを言ってみろ」
「はい、では言います。『女に文字なんか必要ない』です。間違いないですか?」
コウは驚きを隠さなかった。ユアンもまた目を丸くした。ナギだけが拍手しながら体を揺らしている。
「ほんとに自分で読んだのか?」
「はい」
コウが振り向いてユアンを見ると、ユアンは手をぶんぶん振って関与を否定した。コウはあからさまに不機嫌になり、腕を組み姿勢を崩して投げやりに言った。
「そうか。では仕方ない。お前の話を聞いてやろう」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
里穂はコホンと咳払いしてから話し始めた。
「あなたは女に本は必要ないと言いましたね。なぜなら文字を知らないからだと。ではなぜ女は文字を知らないのですか?」
「学ぶ機会がないからだろうな。そもそも学ぶ必要がない」
「なぜ学ぶ必要がないと?」
コウは答えるのもバカバカしいと言わんばかりの態度だ。
「女は専門性の高い複雑な仕事には向かない。女は集まると無駄なお喋りばかりして作業効率が下がる。女に向いているのは洗濯や掃除や料理なんかの単純作業だけだ。それなら文字なんかいらないじゃないか」
「任せたこともないのに、なぜそんなことが言えるのですか? それに家事全般は単純作業ではありません。料理ひとつ作るのだって非常に多くの手順を覚える必要があります。そもそも、一般的には女性の方がマルチタスクに長けているんですから、仕事によっては男性より生産性が高い場合だってあります」
「ま、まるち……?」
「マルチタスク、物事を同時に進めることです。例えば女性は縫い物をしながらお喋りができますが、それによって手が遅くなることはありません。女性はお喋りしながら料理をして、合間に子どもの世話をしたり洗い物をしたり、並行して作業することが得意なんです。一方で男性はシングルタスクが得意な傾向にあります。何かひとつを集中して進めることですね。どちらがいいとか悪いとかではなくて、男性と女性では脳の働きが違うんです。仕事の出来不出来だって性差ではなく個人差です。それをあたかも女性の能力が低いかのように言うのは間違ってます。この世界は有能な人材を半分も無駄にしてることに早く気づくべきです」
コウの表情から余裕が消えた。
「お前が何を言おうとこの国の仕組みは変わらないさ。女は愛され守られる存在でいい。そのために男は必死で働けばいい。そうしてこの国は成り立ってきたんだ」
「それを女性を守ると言うならそれは違う。守っているんじゃない奪ってるんです」
「奪う? 何を」
「文字を知らないということは世界を知る機会を大きく減らします。それだけじゃない、文字は自らを表現するためにも必要なんです。少なくとも学ぶ機会さえ与えないのは虐待と言ってもいい。あなた方男性は女性を守るフリをして女性の可能性を奪っていることを認めるべきです」
「君が賢い女だということはわかった。しかし、女は男に守られて楽して生きていく方が幸せじゃないのか。君だって働きたくなんかないだろう」
「そうですね、遊んで暮らせるとしたらそれは魅力的です。けれど考えてもみてください。この屋敷で働いているのは殆ど女性です。彼女たちは男性に守られて楽をしていますか? いいえ、生活のために安い賃金で必死で働いているんです。なぜ賃金が安いのですか? あなたの言う単純作業だからです。教育を受けていないから賃金の高い仕事に就けないのです。楽をして生きていける女性がいるとしたらそれは一部の富裕層のみで、一般の女性はむしろ苦労を強いられています。それはあなたもわかっているのではないですか」
コウは里穂の顔を真剣な目でじっと見ていた。里穂もまた視線をそらすことはなかった。
「お前の言うことは一定の範囲で理解できる。で、お前は何がしたいんだ」
「私は教育を通してこの世界の仕組みを変えたいです」
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