第12話 課題
(何言ってんの?
そう叫びそうになるのをぐっと堪えて里穂はコウに背を向けた。それから震える唇で静かに息を吐き数回深呼吸をした。怒りの対象から視線を外し深呼吸する。六秒待てば怒りは収まる。大学で習ったアンガーマネジメントがまさかこんなところで役に立つとは思いもしなかった。
(煽り上等。その手には乗らないわよ)
里穂はあくまでも冷静に理詰めで渡り合う覚悟を決め、再びコウに対峙した。
「お待たせしました。それでは私の意見を言わせてください」
「どうぞ。だがその前に場所を移そう。まだ長い時間は立っていられないだろう」
そう言うとコウは窓辺のテーブルへと先に立って歩き出した。いけ好かない男だが、こうした配慮ができる上にナギの前では妹を溺愛する優しい兄そのものだ。恐らくはこの世界の男の育て方に問題があるのだろうとスラリと伸びた脚を追いかけながら里穂は思った。
テーブルについて里穂が口を開こうとしたその時、ドアが開いてナギが黄色い袋を持って駆け込んで来た。その後ろには見たことのない男がいる。身なりからしてコウの仕事の関係者のようだ。
「お休みのところ失礼します。コウ様、お父上が至急第二薬草園に来るようにとのことです」
コウが厳しい顔で立ち上がった。
「何かあったのか?」
「はい、ちょっと厄介なことが」
「わかった。着替えたらすぐに行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
男が出て行くと、ナギが不安そうにコウの腕にしがみついた。コウの顔がまたしても柔和になる。
「大丈夫。夜には戻るよ。今夜はたくさん話をすると約束する」
それからコウは里穂に少し待つように言うと自室に戻り、ほどなく紙とペンを木箱に入れて戻ってきた。中から紙を一枚取り出し何やら走り書きをしてから、今度は壁際の本棚から一冊の本を取って来た。そしてそのふたつをテーブルに並べて言った。
「見ての通り僕はとても忙しいし、これからますます忙しくなるだろう。だから君と話をする時間はできれば作りたくないのが本音だ。ただ、君がどうしてもというのなら僕からの課題を解いてくれ。これができたら僕と話す価値があると認めよう」
どこまでも高慢な態度に辟易しつつも、断れば負けを認めるようで悔しくて、里穂は渋々承知した。
「それで何をすればいいんですか」
コウは里穂の眼前に先程の書いた紙を差し出した。紙にはこの世界の文字が二行に渡って書かれている。
「ここに書いてある言葉を読めたら合格だ。君の話をじっくり聞く時間を作ると約束するよ」
「文字を読むって……」
「ここに僕たちが幼い頃最初に使った教本がある。賢い君ならすぐさま理解するだろう。間違ってもユアンに聞くなんてズルはするなよ」
コウがニヤニヤしながら里穂を見た。
「そんな卑怯な真似しません!」
「よく言った。その残りの紙とペンは自由に使っていい。では三日後」
「三日後!?」
コウは用件だけ伝えると、木箱を置いたまま振り向きもせず自室へと消えた。取り残された里穂は同じように困った顔のナギと顔を見合わせた。
「何でこんなことに……」
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