第9話 マサトとの出逢い
小さい頃から、大人になった今も、私はずっと考えていてわからないことがある。
果たして本当に『 善 』の反対は『 悪 』なのだろうか?ということ。
人間は物事を『 善悪 』で判断する。
『 善 』であれば称賛されるし『 悪 』であれば酷評されて叩きのめされる。
けれどその善悪の判断は、本当に正しいといえるのだろうか?
この国では罪人は法律によって裁かれる。
けれど、そもそもその法律を作ったのは人間だ。
強く完璧な人間など、どこにもいない。
人は、儚くて脆い。
欲なんて、本当は誰にでもあるものではないだろうか?
そんな脆くて、不完全な人間の作った法律で、同じ人間が裁かれるのはどうしてなんだろう?
一体誰が、何のためにそんな権限を人間なんかに与えたんだろう?
教えて欲しい…本当の正義とは一体なんだろう?
あの日、13歳の誕生日の夜、私は完全に崩壊した。
それまでずっと心の奥に抱えてきた『 私は悪くない! 』という思い。
駐車場で暴れたあと私は行く宛てもなく夜の街をフラフラとさまよっていた。
橋の上で立ち止まり、その下に流れる川を見ていた。
このまま、この川に飛び込んでしまおうか…??
そうすれば、もう2度とあんな家に帰らなくていい。
理不尽に、殴られることも蹴られることも叩きつけられることも罵倒されることもない。
空腹に耐えることもないのだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、私の横にスーッと車が1台止まった。
助手席の窓が開き、中から声をかけられる。
『 ねぇ?そこ、危ないよ?何やってるの? 』
その声の方に視線を向けると、髪の毛の茶色い若い男の人だった。
何も答えない私を見て彼は言った。
『 とりあえず、車に乗りなよ?マジでそこ、危ないって! 』
助手席のドアを開け、私の方へ歩いて来た彼は一瞬驚いた様子で目を見開いた。
『 どうしたの?なんでこんなにケガしてるの?服もボロボロじゃん! 』
そう言った彼は、私のボロボロの服の上に自分の着ていたジャケットを脱いでかけてくれた。
『 言いたくないなら言わなくていいけど、マジでこんな所にいたら危ないって!しかもそんな格好してたら風邪ひくよ? 』
そう言うと、彼は私の手を引いて車の後部座席のドアを開けた。
私はその車の後部座席に乗り込んだ。
運転していたのは彼と同じ歳くらいの男の人で、私と彼が後部座席に乗り込むと、静かに車を発進させた。
どこに連れて行かれるんだろう…私。
ぼんやりと後部座席の窓から外の景色を見ながら考えていたけど、不思議と怖さはなかった。
どうせなら、このまま誰も知らないどこか遠くに連れて行って欲しかった。
後部座席の隣に座った彼が
『 俺はトモヤ、17歳。運転してるのはマサト、18歳。君は名前は? 』
『 まい、13歳に…今日なった… 』
『 えええええ!まい今日誕生日なの!?ってか…身体痛そうなんだけど大丈夫!? 』
『 全然平気。こんなの慣れっこだし痛くない… 』
私はそう答えると、また走る車の中から窓の外に流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
それまで黙って車を走らせていたマサトが私の方を振り返ると
『 まい、とりあえず俺ん家来る?姉貴の服とかあるからなんか探せば着れるのあんだろ 』
そう言って笑った。
その場所はどこなのか、全くわからないけど、私にとったら別に着く先なんてどこでも良かった。
ただ、もうあの家から、彼らから離れたい…それだけだった。
しばらく(かなり長い時間だけど、その時の私には感覚さえなかった)走ると1軒の家の前で車は止まった。
トモヤが先に車から降りて私の方のドアを開けてくれた。
マサトも車のエンジンを切ると車から降りて家の玄関の鍵を開ける。
私はマサトとトモヤの後に続いて、その家の玄関に入った。
『 まい、ちょっと待ってね? 』
マサトがそう言って家の中へ入っていき洗面器とタオルを持って戻ってくる。
それを見たトモヤが
『 あー!まい、靴履いてないもんな?洗面器の中のお湯で足とその傷、少し洗ってタオルで拭こう? 』
そう言って私の足を優しく拭いてくれた。
家の中のドアが開いて、そこから1人の髪の長い女の人が顔を出すと私に話しかける。
『 足拭いたらこっちにおいで?ケガの消毒するから。終わったら私の服着たらいいよ 』
この人がマサトのお姉さんらしい。
茶色ががったふわふわの長い髪で、名前は美月さん。
綺麗なお姉さんっていう感じの人。
私はその美月さんの部屋に通されると、手や足のケガの消毒をしてもらい彼女が差し出すトレーナーとショートパンツに着替えた。
着替えが終わるとトモヤが美月さんの部屋に顔を出して、2人でリビングに来るように言われた。
私がリビングに行くと、美月さんはキッチンに行き何かを作り始めたようだった。
しばらくして買い物袋を持ったマサトがリビングに入ってくる。
トモヤが買い物袋から取り出した、ちらし寿司とサンドイッチをテーブルの上に並べる。
美月さんは、出来たばかりの具だくさんの豚汁とポテトサラダを並べる。
『 まい、今日誕生日なんだろ?誕生日おめでとう!これしかないけど俺らもメシまだだから一緒に食おうぜ! 』
マサトがそう私に言うと、トモヤと美月さんもにっこり笑って
『 おめでとう! 』
そう言ってくれた。
ちらし寿司にサンドイッチ、手作りのポテトサラダ、手作りの具だくさんの豚汁…。
こんな豪華な食事を見たのも食べたのも、私は初めてだった。
そして
『 誕生日おめでとう! 』
そんな言葉を言われたのも、学校以外では初めてだった。
『 まいちゃん、ケーキなくてごめんね!夜だからケーキ売ってなくて。その代わりアイスあるから今日はそれで我慢してね? 』
美月さんはそう言って優しく笑った。
私は、言葉なんてものが全く出てこなかった。
見ず知らずの
ボロボロだった私を見つけて、理由は何も聞かずに家に入れてくれた。
怪我の手当てをし洋服も貸してくれ、誕生日おめでとうと言ってくれた。
こんな私に、温かい食事やデザートも用意してくれて………。
ねぇ、これは現実なの?
ねぇ、これはもしかしたら夢かな?
ねぇ、目が覚めたら消えてなくなる?
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