第15話 さよなら




美月さんが高校生、マサトが中学生の時にご両親が事故で亡くなり、その後3年間、美月さんとマサトは一緒に児童養護施設で過ごしていた。





美月さんが18歳で児童養護施設を出てパチンコ店で働くようになったのをきっかけに、マサトも施設を退所した。





マサトも児童養護施設に行ってから、かなりヤンチャをしていて高校へは行かずガソリンスタンドでアルバイトをしていた。





美月さんが20歳の時に付き合い始めた人が裏社会の人で妻子持ち…いわゆる”愛人”という立場になる。





その人から一軒家を渡された美月さんは、パチンコ店を辞め運送会社の事務員に転職した。





マサトも18歳になり、ガソリンスタンドのアルバイトよりも高額を稼げる(美月さんが辞めた)パチンコ店で働くようになった。





それ以外にも期間中だけのバイトをしたり、遊ぶお金は自分で稼ぐ人だった。




期間中の仕事からの帰り道で、13歳の誕生日に初めて家出をした私を見つけ、拾ってくれたのがマサトと初めて出会った夜。







私が14歳になった秋からマサトと付き合い始めて…16歳になった冬、私達は悲しいサヨナラをした。





付き合って2年経った頃くらいから、マサトの様子が少しずつ変わってきていることにはなんとなく気付いていた。





でも私は、あえてそれに気付かないフリをした。




いや…正確にいうと、変わってしまうことを恐れて見えないフリをしたんだと思う。




まだ幼稚だった当時の私は、それが後に取り返しのつかない別れになるとは思わなかったから。






まず、私の交友関係の細かい内容まで知りたがり、口出しをするようになった。




『 仲間は大事にしろよー。もちろん俺の次だけどなー?笑』




って、笑いながら言うのが口癖だったのに…いつの間にか




『 今日は、誰とどこで何をしていた?何を食べて何を話した?俺の知らない仲間とは、俺が一緒の時以外遊びに行くなよ?』




と言うようになった。




次に、マサトは遊びにも行くけれどその為のお金はちゃんと働いて稼ぐというタイプの人だったのに…いつの間にか仕事を休む日が増えていった。




そして、遊びに行く時はほとんど私も一緒に連れて行ってくれていたのに…いつの間にか私の知らない仲間と一緒に出かけることが増えていった。




マサトが私の知らない仲間と遊びに行くと…たいてい次の日は仕事には行かなかった。




何でなんだろう?と少し違和感は感じていたが、女の子と遊んでる感じはしなかったし、マサトにはマサトの付き合いがあるからとあまり深く聞くことはしなかった。




他に好きな人ができたわけじゃないんならそれでいい…マサトの交友関係に深く口出しをして、疎ましく思われるのが何よりも怖かった。





女性関係以外のことなら後からどうにかなる、どうにでもする、そんなよくわからない不確かな自信から些細な変化を置き去りにした結果が…別れを選ぶことになったのにね。







私はマサトに




『 必要な物は、言えば俺や姉貴が買うから盗むのはやめるようにしなよ?』




と言われていた。




私からしたら、妹に渡す食べ物や生活必需品までマサトや美月さんに買ってもらうのは申し訳ないと思っていて…。




盗んでしまうのが1番手っ取り早い手段ではあったのだが…捕まる度に迎えにきてもらうことを考えると、それもまた疎ましく思われそうで怖かった。




だから、私もマサトが働いているパチンコ店でアルバイトをさせて貰うことにした。




15歳だった私は、アルバイトは出来る年齢ではないし、パチンコ店等の遊技場へ出入りすることも本当は禁止だった。




それでも




”お金が欲しい”という私の事情を知った経営者さんは




”換金所での換金だけでお店に出なければ顔も見えないから”と考慮してくれ、夕方から4~5時間、マサトが出勤している日だけという条件でアルバイトをさせて貰えることになった。





そうやって2人で一緒に過ごすことが当たり前になっていた毎日の日常の中で、ほんの少しずつ…それぞれが変化していっていた。




それは目に見えるほど大きな変化ではなくて、小さなもの。





小さなものがほんの少しずつ変化していったから…私はそれに気付かないフリをした。





小さな変化くらいなら…やがて来る未来の中で取り戻せると思いたかったのかも知れない。





最初はほんのわずかだったはずの変化は、やがてどんどん積み重なって、気付いた頃には取り戻せない程の大きな変化になっていた。





例えるならそれはまるで…1段ずつズレていく掛け間違えてしまった洋服のボタンみたいだ。





それがもしも洋服のボタンであったなら、掛け間違えたボタンを外してまた初めからきちんと掛け直せば元に戻ったはずなのに…人間の気持ちは洋服なんかではない。





ほんの少しだったはずの変化やズレや溝は、気付いた時に対応しなければどんどん深みにハマり止まらなくなっていく。






16歳になった冬の日の夜に、私は美月さんに呼ばれて告げられた。





『 もうマサトに会わないで?マサトと一緒にいたらまいちゃんが壊れてしまうから…もう家に来たらだめだよ。』




『 なんで?美月さんなんでそんな事…』




『 まいちゃん気付いてるでしょう?最近マサトの束縛が激しいこととか。前みたく仕事に行かなくなったこととか。最近付き合ってる仲間とシンナー吸ってるからだよ…。』




『 そんなの…私がやめてって言う…!』




『 何度も私も止めたのよ。でもマサトは聞かないの。だからまいちゃんがあの子や仲間に傷付けられたらって…』





美月さんの言葉を最後まで聞かずに…私はマサトの家に向かった。





マサトに会いたかった。




マサトと話したかった。




もしも美月さんの話が事実なら、私がマサトを止めたかった。





【大丈夫!私がやめてって言えば大丈夫!】





なんの根拠もない”大丈夫”を、何度も心の中で繰り返しながらマサトの部屋の扉を開ける。





『 お、まいじゃん…。バイトもう終わった?なら、こっちにおいで?』





部屋の扉を開けた私に気づくと、気怠そうな雰囲気のマサトが私を手招きする。





部屋の中にはマサトと私の知らない男の人が2人いた。





3人とも表情は虚ろで、部屋のあちこちに飲んだお酒の空き缶や空き瓶が転がっている。





一見するとお酒に酔ったようにも見えるが、部屋に漂っている空気がそれとは明らかに違っていて…危険だということを私に知らせる。





私は美月さんから聞いた話はせずに、あえて平静を装ったまま部屋の扉と全ての窓を開けて換気する。





『 マサト…今日皆でお酒飲んでたの?仕事来なかったね?店長も無断で休んでるって心配してたよ…?』





そう言うと私はマサトの隣に座った。





その瞬間、マサトが私の問いかけに答えるよりも早く部屋の中にいた別の男の人が私の腕を掴む。





『 ねー?何しに来たの?誰に頼まれたの?偵察でしょー?』





そう言いながら、ものすごい力で私の両腕を掴み引っ張り上げる。




顔は笑っているけどその目は鋭く、全く笑ってはいない。




『 違うっ…!頼まれてません…!』




掴まれた腕の痛みと、なんともいえない恐怖で私の身体が強ばる。




『 まいは俺の女だよ?ナオキ、その手さっさと離せよっ!』




マサトが私の両腕を掴んでいるその人に殴りかかろうとする。




『 ふぅーん…マサトの女なんだ?なら…はい、これやるでしょ?』




そう言って差し出されたのはビニール袋。





『 まい、今日はもう帰りな。俺が仕事休んだ日はここへはもう来るなよ。』




私に差し出されたビニール袋を、代わりにマサトが受け取った。






その時初めて…私はさっき美月さんに言われた言葉の意味を理解した。





もうマサトと会わないで?





まいちゃんが壊れてしまうから。





マサトや仲間に傷付けられる前にもう別れて…?





美月さんはきっと…こう言いたかったんだね。





その美月さんの言葉を最後まで聞かずに、根拠のない”大丈夫”を心の中で繰り返していた私。





でも、その時はもう既に”大丈夫”なんかじゃなかったんだということを思い知らされたような気がした。






この日、私達はサヨナラをした。




マサトと別れて家を出てもどこにも行く宛てのない私は…海に行った。




マサトと付き合うって2年3ヶ月前に決めたあの海。




暗い夜の海で、1人で泣いた。




マサトと付き合い始めてから、私が泣けたのはマサトの前だけだった。




こんなに好きなのに…。




まだこんなに好きなんだよ…。




それでも離れてしまうの?私たち…。




ねぇ?



私たちはお互い何の為に出逢って、何の為にこうやって傷つけあったの?




涙と一緒に悲しみが溢れ出す。




ねぇ?




こんなに傷つくんなら最初から出逢わなければ良かったのかな?





出逢った頃のままではなくて





出逢った頃よりもっと好きで





それなのに離れてしまうんだね?




もう2度と抜け出せない迷路に迷い込んでしまったみたいに…私の心は暗闇だった。











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