第5話 泣かない


私は人前で絶対に泣かない。



正確に言うと、『 泣かない 』のではなく『 泣けない 』の方が近いのだと思う。



保育園の先生が言っていた『 神様 』なるものに何度祈っても、私の願いは届かなかった。




彼らの優しい眼差しと、穏やかな笑顔は、全て弟だけに向けられていた。

私と妹を見る彼らの目は、氷のように冷たくてその表情は常に険しかった。




薄暗い奥の部屋から理由なく出ると、彼らは私と妹を殴りつけ蹴り上げる。

理由がなくても彼らの機嫌が悪い時などは、わざわざ部屋に殴りに来る。



『 ごめんなさい!』



何が悪いのかなんてわからない。

わからないけど、彼らの怒りが鎮まるまで、とにかく謝る。



『 パパ…痛いよぉ…!』



まだ4歳の妹がそう言って泣きじゃくる。




『 うるさいっ!黙れよ!泣くんじゃねぇよ!』



私達の発する言葉に激怒して、また殴られる…。



『 〇〇(妹の名前)を叩かないで…!ごめんなさい!もう泣かないから…!』



必死で泣くのを我慢した。


妹はまだ我慢出来ないから、なるべく殴られないように…私に怒りの矛先が向くように私が声を出して謝る。




『 泣けよっ!可愛げのないガキだなっ!だからムカつくんだよっ!!』



泣くのを我慢すれば泣くまで殴られる。


その痛みに耐えかねて泣くと、今度はうるさいから黙れと言って殴られる。


何をしても、何もしなくても、彼らにとっては、私たちの存在自体が悪(罪)なのだから仕方がない。



そんな毎日が繰り返されていくうちに、殴られても蹴られても痛みをあまり感じなくなった。


妹は、まだ泣くから痛みを感じている。


それならば、痛みを感じない私を殴ればいい…。じゃないと妹が可哀想だ。


そんな風に当時の私は考えたんだろうと思う。私は殴られる妹を自分の身体で庇うようになった。



その頃からかな?

私が泣かなくなったのは…。

絶対に泣かない。

泣いたら負けだ。

泣かないと殴られて、泣けばもっと殴られる。

だから絶対に泣かない…。

そんな風に強がることで、逆らうことで、自分という存在を示したかったのかも知れない。




悲しいんだ…ものすごく。


泣きたいんだ…本当は。


痛いんだ…身体中が。


抱きしめて欲しいんだ…ずっと。


温めて欲しいんだ…この心を。





やっぱり『 神様 』なんていないんだよねって思った。



もしも神様がいるのなら、こんな事にはなっていないでしょう?



もしも神様がいるのなら、私の願いを少しは聞いてくれたでしょう?




それとも、足りない?



まだまだ、私の祈りが足りないのですか?




私の心は、矛盾している。



『 神様 』なんて信じない。そんなものはいないと、精一杯強がってみる。



それでもまだ…心のどこかで、見えない『 何か 』にすがろうと、私はまた祈っていた。




私を見つけて?



この暗い部屋から私を連れ出して?



じゃないと今にも私が消えてしまいそう…。



当時まだ6歳の私は


きっと全てに絶望していた。


生きる意味なんてわかってない。




だけど私は『 痛み(傷) 』にも『 泣かないこと 』にも慣れてしまった。



本当は『 痛み(傷) 』になんて慣れちゃいけなかったのにね…。



『 痛み(傷)に慣れる 』ということは、

裏を返せば『 痛み(傷)を恐れ 』その『 痛み(傷)から逃げた』ということ。



本当に大事なことはその『 痛み(傷)』に慣れてしまうのではなく、その『 痛み(傷)』を決して忘れないことだったのに。












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