第8話 私が壊れた日
私と妹の置かれた環境がいくら理不尽であったとしても、まだ子供だった私たちは、そこから抜け出す術など持ってはいない。
殴る・蹴る・叩きつけられる…身体的暴力。
消えてしまえ・見たくもない・早く死ね…などの言葉による暴力。
1日1回だけ与えられる菓子パンやカップ麺とポットのお湯…という育児放棄。
学校の給食がある平日は、まだ合計で2食になるから救いだった。
学校を休むなんて絶対に出来ない。
休んでしまうと給食がないので、1日1回しか食べることが出来ないから。
最悪なのが土日祝日と、夏休みや冬休みや大型連休だった。
世間では、GWやお盆休み・年末年始に家族でお出かけという楽しみな時期なんだろうが、私や妹にとってはもう地獄でしかない。
家族でお出かけなんて連れて行ってもらったこともないし、長期連休だろうが年末年始だろうが私たちに与えられる食事は変わらないのだから。
彼らからの暴力は毎日のように繰り返されるのだ。
それでもまだ何とか耐えられた。
泣くことはできなくなってしまったけど…。
笑うことも上手く言葉にして伝えることもできなくなってしまったけど…。
それは仕方のないことだと諦めて心を閉ざしてしまったけど…。
それでもそうする事で耐えられたんだ、あの日までは。
あの日、私の13歳の誕生日。
私はきっと生涯その日を忘れることはないだろう。
私の13歳の誕生日は金曜日だった。
その頃には電気のスイッチには手が届くし、時計も読める年齢なので時間の感覚だけはわかる。
私と妹の過ごす部屋の場所は変わらなかったし食事も変わらなかったが、テレビが1台と敷き布団と掛け布団だけは与えてもらっていた。
私と妹の誕生日なんてものは…彼らにとっては迷惑極まりない日であり、お祝いの言葉なんて彼らから聞いたこともない。
それが当たり前。
もう慣れたし期待なんてなにもしない。
いつもと何も変わらない。
私と妹は、学校から帰ると廊下の奥にあるその部屋へ入る。
金曜日だったので彼らは18時過ぎに弟の剣道教室に出かけた。
前に…彼らが不在の時間リビングにあったみかんを食べてしまって殴られて以来、私も妹も彼らの不在の時間でも部屋から出ることはしなくなった。
何もしなくても、彼らの気分や機嫌で殴られるのだから、何かをして機嫌を損ねる火種を増やすほどバカではない。
夜になり、部屋のテーブルに置かれていた菓子パンとポットのお湯で私たちは食事を終えた。
パンを食べる前に妹が
『 お姉ちゃん、お誕生日おめでとう 』
小さな声でそう言ってくれた。
『 うん、ありがとう 』
私は妹にそう言うと、私の分の菓子パンを半分妹に分けた。
いくら学校の給食があるからといっても…夜に菓子パン1個では本当は足りない。
それでも、妹からのおめでとうの言葉がものすごく嬉しくてその時に私が出来る精一杯の気持ちだった。
『 お姉ちゃん…だめだよ、明日は土曜日だから給食ないもん… 』
妹もその状況は理解しているので遠慮をする。
『 大丈夫だよ?お姉ちゃん、今日給食たくさん食べたから大丈夫だよ 』
もちろん嘘だ。
嘘はついてはいけません…と学校の先生は言うけど、そうでも言わないと妹は遠慮して食べないのを私は知っている。
菓子パンを食べてから、妹と少しテレビを見ていた。
いつも彼らがいる時は、なるべく小さな音量で音が部屋から漏れないようにしていたが、その日は彼らが不在だったのでいつもよりほんの少しだけ音量を上げて見ていた。
21時を過ぎた頃、いきなり部屋のドアが開いたかと思うと私の身体がものすごい力で引っ張りあげられた。
『 てめぇ!人が呼んでるっていうのに返事もできねぇのかっ!』
その大きな怒鳴り声と同時に、私は廊下を引きずられて玄関の外のコンクリートの駐車場に叩きつけられた。
全身にものすごい衝撃と痛みが走る。
そして私の頭の中はパニック状態だ。
弟の剣道教室に出かけて帰りに外食をして帰宅する彼らが、21時なんていう時間に帰ってくるはずがない。
頭の中で状況がわからないままの私の上に、今度は同じく部屋から引きずられてきた妹が投げ飛ばされた。
コンクリートの駐車場に叩きつけられた妹は、痛みと恐怖からか激しく泣いた。
すると今度は私と妹の上に何かが投げつけられた。
それはお寿司の入ったパックだった。
投げつけられたパックは蓋が外れて、コンクリートの駐車場と私と妹の周りには中に入っていたお寿司がばら撒かれた。
『 てめぇのめでたくもねぇ誕生日にわざわざ買ってきてやったのに返事もできねぇのかっ!このクソガキがっ!! 』
怒りの鎮まらない彼らが地面に散らばったお寿司を足で踏みつけ、さらに私と妹を何度も蹴飛ばす。
『 ほら!拾って食えよっ!!買ってきてやったんだからよっ!!』
妹は激しく泣いている。
その時……私の中の何かがプツッと切れた感じがして、身体の体温が一気に上がるような感覚に襲われた。
私は地面に散らばって踏みつけられたお寿司とパックを掴むと、それを彼らに向かって投げつけながら大声で叫んだ。
『 私は悪くないっ!!私が悪いんじゃないっ!! 』
妹が私のその声に驚いてピタリと泣くのをやめた。
私はもうその後に何を叫んだのかは覚えていない。
覚えていないけれどずっと大声で叫びながら地面に散らばったお寿司やパック、駐車場に置いてあった弟の自転車や遊び道具、とにかく手当たり次第彼らに向かって投げつけた。
一番驚いたのはおそらく彼らだったんだろう。
それまでは泣くこともしない、口答えもしなかった私が、初めて自分の感情を爆発させた。
私の13歳の誕生日は、私自身が壊れた日だ。
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