第4話フィギュアは歴史の証明

 慈愛の女神が浄化の術式を掛けているおしゃれなえるしぃちゃんパーカー(きらきらラメ入りピンク)は体内魔力を吸収して強固な障壁と浄化が施されている為一切の汚れを許さない。


 僧兵や司祭の死体はご令嬢の関係者が隠蔽処理をすぐさま行うとえるしぃちゃんはお屋敷の中へと案内された。護衛と思しき男達からは何とも言えない表情でお礼を言われたがいちいち状況が飲み込めていないえるしぃちゃん。


 その間にも配信は行われているがそういう貴重な異世界の生中継はレア中のレアでそういうコンテンツとして何千万人もの視聴者が継続して見ていた。


 ちょこちょこコメントに反応するえるしぃちゃんはリスナー達にどうすればいいか答えを求めていた。


「マジやばたん。なんか勢いで偉い人ブッコロしたけどどうしよう? このお家の危機なん?」


 ちょ~と、不味かったかな? と涙目のえるしぃちゃん。リスナー達に助けを求めるも。


:事情を聞かない事には何とも……

:奴らを制圧しても、ブッコロコロでも同じ結末と思われ

:しゃーないから話聞いとこ?

:涙目えるしぃちゃんきゃわわ

 

 リスナー達の意見も話を聞かねばわからんとの回答一致。まったく役に立たない奴らめっ! と言うも、そりゃないですぜ? と無為な時間が過ぎていく。


 赤い絨毯が敷かれた廊下をポテポテと案内され応接室らしき扉を開かれると中へどうぞ、と入室を促された。室内には先にいたのかご令嬢と顔がどこか似ている親族らしき人物が数名いた。


 パーカーのフードを深く被りなおすと案内されたソファーの隅っこに座りなるべく距離を置いた。


 えるしぃちゃんの無礼な態度にもかかわらず何も言わない室内の人間達。すると険しい表情をした老齢の男が口を開いた。


「私はこの子の祖父であるローレンツ・ロル・ラーハンと申します。まずは我が孫を救って頂き感謝致します……。――しかし、我が一族にとってかなり不味い事になったのも事実……。ひとつ確認したいことがあるのですが……あなたはハイエルフという種族――ですかな?」


 そう問われたので素直に頷いて置いた。すると室内は『まさか……』『本当に……』『伝承の通りなのか……』と位置的にご令嬢の両親とお爺ちゃんが話し合っていた。


 ご令嬢の両親や祖父は目元を手で覆い沈痛な雰囲気が流れている。そんな気まずい空気にそんなに悪い事したのかな? と先程の事を合わせてちょっとは罪悪感を感じているえるしぃちゃん。そのえるしぃちゃんの表情を見たリスナー達はまったく理解していねぇッ! 俺らが責任もって話を聞いておこうぜと画面の前でお菓子を頬張りながら視聴していた。


 祖父であるローレンツが顔を横に振りながらえるしぃちゃんに告げた。


「ハイエルフと言う種族はですな……古代の時代に滅んでいるのです……。しかしながら我が一族は始祖たるリーリン・ロル・ラーハンの血脈――エルフの血が古くに流れているのです」


「ッ!! どういう……事!?」


 思わず声を上げて問いかけるえるしぃちゃん。その名に聞き覚え、いや、なじみがあり過ぎたのだ。


 リーリン・ロル・ラーハン。


 異世界で生活をしていた時の側近中の側近であるハーフエルフの女性の名前。それが出てきたとならばテキトーに話を聞いていたえるしぃちゃんも黙っていられなくなった。


 異世界渡航術式は異世界に里帰りならぬちょっとした帰還のつもりで発動した――ハズだ。不可解な事象により帰還は不可能となっているがそこまでの障害ではないと認識している。


:どゆこと?

:【慈愛】異世界にいた頃のハーフエルフの側近です……。彼女が子を産むなんて考えられませんし、ハイエルフが滅んでいる……?

:あ、ママさんちーっす

:おい、シリアスなんだからママさんそっとしておこうぜ!

:ママみ……


 コメント欄もドシリアスな空気に静まり返っている。慈愛の女神はその包み込むような母性的な雰囲気からママさんとよくリスナー達から呼ばれている。


 話にもあったように存命であるハズの側近がすでに亡くなっているとなると辻褄が合わなくなってくる。


「古代には超文明が存在し自らが生み出した破壊神によって滅ぼされました……しかし、我が祖であるリーリン様含む五大賢者によって儀式封印。つまり自ら生贄になり破壊神を封印された……と言い伝えが残っております。――そしてそれは二千年以上も昔の事です……」


「――え?」


 固まる。


 そんなハズはない――リーリンは、彼女は生きている。それに、おかしいじゃないかっ!! ――まるで遥か未来に来てしまったような。


:どういうことだ? 

:えるしぃちゃんの反応からすると里帰りのつもりが遥か未来だったって事じゃないかな?

:リーリンちゃん? が、すっごい人で子孫さんが助けたお嬢ちゃんって事かな?

:それって……ヤバくない?


 えるしぃちゃんが硬直するも残酷な話は続けられた。


 その滅んだ文明は古代の超魔導文明時代と呼ばれ天空を超えた場所にも進出し、人類は傲慢にも神すら創造しようとしていた。その事に消極的であったとある宗教の教皇であったリーリン・ロル・ラーハンは当時の超大国であった国の大臣に神の創造計画に強く反対した。すると周辺国と共謀した大臣の手によって宗教弾圧やエルフ狩りが行われ始めるととある宗教は衰退していった。


 執拗な狩りに莫大な懸賞金が掛けられたエルフ種族は徐々に数をすり減らしていき見る影もなくなってしまう。


 そして、強行された神造計画ゴッド・クリエイトプラン。全長数キロにも及ぶ超大型魔導機械たる破壊神シドゥルユグゥは完成した。その数百門にも及ぶ魔導光学兵装とナノテクノロジーを組み合わせた超再生能力に自己進化能力。エンジン部には次元相転移機関を搭載され無限稼働可能な継戦能力と拠点攻撃能力。どこにも隙が見当たらない超技術の結晶であった。


 だが、制御プログラムに問題があったのか他国のスパイ工作なのかは分からないが破壊神はすぐに暴走を開始。五日間という短期間で人類の半分以上が殺戮された。


 チラリと窓の外を見るローレンツ。その視線の先には空に残っているオービタルリングの残骸。えるしぃちゃんはよく見ていないので気付かなかったが確かに古代に超文明があったという紛れもない証拠が浮かんでいた。


:マジかよ……異世界すげえ……地球の文明超えていたんじゃないか……

:あれがオービタルリング。宇宙開発の肝となるハズだった残滓か……

:発展しすぎた文明は自らの手で滅ぶってわかんだね

:なんか地球の未来でもありそうな現実感だよな……

:技術が進歩すればいいってもんじゃないな……心を育てないといけないな……


 しかし、細々と生きながらえていたラーハン一族が破壊神への対抗措置として開発していたアンチ魔導術式を発動させ五大賢者と呼ばれていたリーリンとその側近たちが自らの命を犠牲に術式を発動させた。破壊神は次元の狭間に封印されることとなった。


 だが自らの命を犠牲にした五大賢者たちは民衆から謂れのない誹りを受ける事となった。いつからか人類は魔法、そしてハイエルフと言う種族を人類最大の禁忌として扱い始めた。その時、エルフ狩りが直前に行われたのも時期が悪かった。時の権力者がエルフやハイエルフを邪悪な存在と民衆に流布し始めたのだ。


 ――あの大災厄の原因はエルフにある。殺せ殺せ殺せ。草の根分けても殺し尽くせ。


 調査の結果、五大賢者が発動した儀式魔術は強大で世界中の自然魔素を急激に消費していくと判明。人類の魔術が自然と使用できなくなったのもエルフに対する弾圧に拍車をかけた。


 だが、それでもなお細々と生きていたエルフという種族は人間と血が混じり合いながらも段々と特徴的な長い耳を失っていき、いつしか人類と遜色がないまでに血が薄まってしまった。そして、始祖であるリーリンを仰ぎながらもラーハン一族は伝承としての歴史の守り人となった。それが――


「――この事は我が一族の秘中の秘……。かの破壊神を信奉する聖神教の人間に聞かれてしまっては我が一族は討滅対象とされてしまいますゆえ……ご内密に。――とは言いますがあなた自身も他人事ではいられないかと……それほどハイエルフという種族と魔法という禁忌を使役することは危険な立場なのです」


「…………」


 沈黙しか返せない。それほど親しかったハーフエルフのリーリンの死が信じられないからだ。


:リーリンちゃん……

:めちゃくちゃじゃねぇか……

:人類って……愚かなんだ……な……

:悲しくなってしまう

:そりゃえるしぃちゃんの表情も曇るよ……


 それから聖神教が神の復活の為に捧げられる『聖人』という名の生贄が名誉であること。体内魔力量が世代ごとに調べられ今回は孫である『ルールン・ロル・ラーハン』が選定されてしまった事。


 古代の伝承を知っているラーハン一族にとっては破壊神の復活の為に捧げられる孫の命が名誉のハズが無いと言わずとも聖神教の『聖人』認定をのらりくらりと回避していたそうな。だが、過去に類を見ない程の魔力適性に業を煮やした司教が族滅をチラつかせ強硬手段に出たところでえるしぃちゃんがやって来てブッコロしちまった――と。


:聖神教は邪教とハッキリわかるねぇ

:生贄はなんで必要なんだろ?

:あれだろあれ、術式をオーバーロードさせんじゃね?

:まぁ、一方の話だけじゃ聞いてもって思うけど生贄はやっちゃいけねえよな

:それにしてもえるしぃちゃん、リーリンちゃんの子孫を助けるなんて運命的だよな


 一通りの説明が終わるも部屋の中は沈黙で満たされている。


 えるしぃちゃんの頬には涙の筋が出来ていた。膝の上に乗せた拳にポタリと涙が落ちる。


「わたしの……わたしの友達……でしゅ――リーリンちゃん……」


「は? ……――とても……そう、とても、大事な事なので聞かせて頂きたい……あなたのお名前を聞かせて欲しい」


 額に汗を流しながら鬼気迫る顔をしているローレンツ。始祖であるリーリンの事を友達と呼ぶ存在に心当たりがあったようだ。


「――エルシィ・エル・エーテリア…………でしゅ……ぐしゅっ――ずびびび」


 鼻水をパーカーの袖でずびびびと鼻をかむえるしぃちゃん。ちょっとシリアスが台無しである。


「な、なんと……そんなことがあろうとは…………これは、我が孫の事といい運命なのかもしれぬ……」


 両親や祖父が深刻な顔をしているのにも関わらずルールンちゃんの目はきらっきらしており、えるしぃちゃんを見つめる目が恋する乙女になってしまっている。


「伝承に残っております内容にはこうも書かれておりました――我らが神であるエルシィ・エル・エーテリア様がいつの日か訪れる日が来る。しかし、我らの事で煩わせることは成らぬ。人類の業は止められなかった我らにもある。丁重にもてなしたのち告げよ……――我らの死は、我らの事はお忘れ下さい……ただ、愛していました、と」


 えるしぃちゃんは涙が止まらなくなった。ボタボタと大きな雫が零れ落ちて行く。ずっと、ずっとえるしぃちゃんの事を待っていたのだ。永い時を生き。語り継ぐために子孫を残し。人類の過ちを自らの命を使ってもなお。えるしぃちゃんの事を案じていたのだ。


:そんな事ってねぇよ……

:あんまりだ

:【慈愛】…………そう、ですか

:【闘神】その世界の人類滅ぼしていいかの?

:ぴぃっ! 寒気が……


「…………リーリンちゃん」


 グシグシと顔の涙を拭っているとフードがはらりと取れてしまい特徴的な長いお耳と綺麗な銀髪が露になった。その容姿にラーハン一族は再び驚くと執務室にある机の中をガサゴソと漁り始め、一つの小さな彫刻を取り出した。


 その彫刻はえるしぃちゃんファンクラブ公式グッズであった精巧な色彩のフィギュアだ。超文明時代でも長らく生きていたリーリンちゃんが製作し教団内で販売したファン限定フィギュアのナンバーゼロゼロワンと彫られたプレミアグッズであった。


「ま、間違いない! エルシィ様は存在していたのだ……ッ!」


 何度も精巧なフィギュアと見比べてもそっくりな容姿に神々しいまでの後光が差しているえるしぃちゃん。フードに隠されていた圧倒的存在感を前に平伏しそうになるラーハン一族。ルールンちゃんなんて頬を赤らめイヤンイヤンと顔をフリフリしている。


:何あのフィギュア超欲しい

:あの爺さんなんだかんだと余裕ありそうじゃね?

:いい歳して握りしめる美少女フィギュア……ギャップが凄いよね

:そこはなんていうの? 石碑とかさ羊皮紙とかなんじゃないの?

:伝承の証明がフィギュアwww新しいwww


 場のシリアスな空気に反しておじいちゃんが美少女フィギュアを握りしめている事にリスナー達のコメント欄がドッカンドッカン湧いていた。


 慈愛と闘神はもうちょっと空気読めよと爺さんに対して言いようのない感情をぶつけていた。


 そこでローレンツが頼み事をし始めた。


「エルシィ……様に見て欲しい物がございます……伝承で語られている秘宝。生命の揺り籠を……」

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