第3話やっちまったよぉ……

 馬車の中でご令嬢にうっかり生贄から解放する約束をしちゃったえるしぃちゃん。でもでも、生贄って悪い事だし約束しちゃっても大丈夫だよねと気を保とうとする。


 横目に見えるのは金髪に碧眼と美人なご令嬢。異世界人ではそこまで珍しい容姿ではないがどこかで見た事がある様な……耳もほんのり尖っているようだ。


 うんうんと唸っていると馬車が停車した。


「私が先に行って家族に説明をしてきますので不便と思いますがこのまま馬車でお待ち下さいませ」


 コクリと頷くとご令嬢は馬車を降りて行ってしまい室内に一人になってしまった。


 やることもなくなったのでバングルを魔導デバイスに変化させ色々弄っていると通信のアンテナが回復しており間もなく通信が入って来た。


 空間に投影された映像には慈愛の安心した表情と背後にはエル・メシア・プロダクションの重要メンバーが集まっていた。


『――聞こえる? 聞こえているようね……全く……。今の状況を説明するからしっかりと聞きなさい。い・い・わ・ね?』


「うん? うん……」


 とにかく聞かなければ話が進まないので質問はしない。ちょっと慈愛が怒っていそうなのでしおらしくしているエルフ。しばらく話を聞いていると異世界間の渡航が不可能となった事。自然魔素が皆無と言っていいほど潜在しておらず術式が展開できない事。時間が掛かるが攻勢術式を使えるように魔導デバイスを慈愛の女神がアップデートをする事を説明してくれた。


『それと――何かを世界単位で強力に封印している感覚がするわ。封印自体は悪性を感じないのだけれど何かしらの要因で歪んだ結果、使われていた術式が安定しなくなったことが分かっているわ。私がそちらに行けない以上、原因を貴女が調べるしか方法が無いわ』


「う~ん。わかったっ! もう通信は安定しているのなら配信も行っていいんだよね?」


『攻勢の術式がうまく使えないだけで配信自体には問題ないわ。問題点は貴女が戻ってこれない、それだけね。異世界間渡航術式を解析しているからいずれ戻ってこれるだろうけど……時間かどれだけかかるか分からないわね』


「早く戻るには調査をしなさいっ! て事だね~。リスナー達と異世界バカンスを楽しんでくるよ」


 それから魔導デバイスのスペックの説明書をデータで送られて来たり。通信で現在の魔力や自然魔素の運用データを収集していく。


 試験的に異世界間の配信を開始させると配信開始の通知を受け取ったリスナー達が次々とコメント欄に書き込んで行った。


:おっ! 久しぶりな気がする……待ってたよ!

:キター! えるしぃちゃん人気者だから配信減ってて心配してたんだよお

:かわいいっ! そのパーカー私も持ってるよ!

:ん? 室内なのかな?

:えるしぃちゃーん!


「ふっふっふ、えるしぃちゃんはなんと! 異世界にやってきておりま~す!」


 ドヤ顔で自慢を始めたえるしぃちゃんは馬車の窓の外を映して見せる。


 お屋敷には整えられた庭園や噴水、外壁に施された彫刻や花壇が綺麗に整備されている。庭師のおじさんがちょきちょきと剪定をしていたり甲冑をきた兵士が巡回していた。


「ほれほれ、わたしが異世界出身って事は前から言っていたでしょ? 仕事が忙しかったから慈愛と闘神がバカンスに行ってきたら? って送ってくれたの」


 その他に訓練を行なっている兵士達がいたのでその様子も映し出した。


:え~うっそだ――マジじゃん

:撮影スタジオ……じゃないね……

:真剣じゃね? ガチの切り合いじゃん……

:えるしぃちゃんが言うならマジなんだろうな

:あれ、なんか可愛い子が無理やり連れていかれていない?


「マジだよ~。――ん? あれ? あの子は――」


 馬車の外を映し出していると屋敷内から神官と思しきローブを来た爺さんがご令嬢の腕を無理やり引っ張って連れ去ろうとしている様子が見えた。護衛をしていたはずの男達は悔しそうに拳を握りしめ手から血が流れだしている。


 爺さん神官には護衛の僧兵が数名程付いており豪華な馬車に押し込もうとしていた。


:許せぬ! 可憐な少女に無体な事を……

:えるしぃちゃんあれってヤバくない!?

:どこの時代でも世界でも、ああいう老害はいるんだな……


 すぐさまフードを被り馬車を飛び出したえるしぃちゃんは僧兵の前へ走り出した。こちらに気付いた僧兵は白い杖を掲げ警戒している。


「――貴様ッ! 聖神教のドンドルブ司祭様の前へ出て来るとは無礼な奴めッ! すぐさま頭を垂れ地に這いつくばれぇッ!」


 ガンッガンッと杖で地を叩き威嚇して来る。するとご令嬢が悲壮な表情で声をかけてきた。


「――もう……いいのです……私が……私がついて行けば……生贄の運命を――受け入れましょう」


 どうやら先ほど言っていた生贄なる運命とはこの事なのだろう。なぜ宗教の司祭とやらが彼女を生贄として連れて行っているのかは分からないが……。


 えるしぃちゃんは慈愛の女神と記憶や感覚を共有していた。慈愛の女神は『運命』と言う言葉、名が大っ嫌いだった。そしてそれを良しとする人間達も。反吐が出るほど大嫌いだった。――だから。


:あ、キレてる

:えるしぃちゃんキレさせるとは大した野郎どもよ

:こいつらマジうぜえ

:来るぞ来るぞ……


 回せ回せ。えるしぃちゃんの身体の中にある魔力が意思に呼応し細胞が強化されていく。猛れ猛れ。拙い術式のせいか身体が赤熱化してシュウシュウと蒸気を発し始めた。殺せ殺せ。拳は握りしめられ攻撃の意思を示す。


 闘神の残滓が残っているのかえるしぃちゃんの銀眼は真紅の色に点滅し目尻が吊り上がる。技術や精神性は殲滅の闘神へ分化したが元々はえるしぃちゃん自身の側面なのだ。


「貴様ッ! 命令を聞かないという事は――命が惜しくないようだな……死ねッ!!」


 キラリと僧兵の持つ杖が光ると先端に光の刃が展開された。その凶刃はえるしぃちゃんの頭上へ振り下ろされ――――ない。


 手刀を繰り出したえるしぃちゃんが手を振り上げたままの姿勢で停止している。次の瞬間、僧兵の利き腕は切り飛ばされて宙を舞っており、手刀の攻撃の余波は庭園の地面すら切り裂いていた。


「へ? ほ、あぇ? ――――う、腕がッ! お、俺の腕がぁぁぁぁぁっ!!」


 自身の腕が無い事にようやく気付いた僧兵は噴き出す血液に体温が急激に低下している事実に混乱した。鋭く研ぎ澄まされた手刀は切られた事に気付かせなかったのだ。


 闘神ほどの出力の制御技術は持たない為立派な庭園に被害が出ているが。


 叫び散らす僧兵の運命は次の瞬間に終わっていた――胴体に添えられた小さな拳によって。


「――――闘神流戦闘術・偽・螺旋撃らせんげき


 キュルリ。接触の瞬間に視認不可能な捻りを入れた拳がピタリと添えられた。その回転を伴った衝撃は僧兵の立派な鎧を削り取り肉体すら巻き込んで行く。放たれた打撃は胴部に大穴を開け庭園を巨大なドリルが通過したような爪痕を残す。

 

 闘神に言わせれば収束が甘いわっ! と怒られそうな出来の功夫クンフーだが基準が神視点なので一般人には全く通じていない。


「か、か――ぺぇ」


 断末魔を上げながらどちゃりと僧兵の死体が崩れ落ちた。周囲の僧兵も司祭もご令嬢すらえるしぃちゃんの凶行に唖然としていた。


 安心安全なコンテンツの提供を目指しているエル・メシア・プロダクション。魔導デバイスにはセーフティが仕込まれており出血や肉体欠損などには確りと強めのモザイクが掛けられている。だからと言ってブッコロしていいわけではないのだが頭に血が上っているえるしぃちゃんには通用しない。


:ヒュウッ! 痺れるゥ!

:ヒィッ! 憧れ……る?

:うわぁ……正当防衛とはいえ……いや、異世界的にはオッケーなのか?

:モザイク助かる……

:キレさせたらあかん人ナンバーワンやな

:そういえばえるしぃちゃんキレたら怖いんだったね……


 今でこそ三女神であるえるしぃちゃんはクリーンなイメージだが、過去には山をぶった切ったり軍隊を壊滅させたりヤンキーをボッコボッコにしたりしている事があった。


 裏の世界でも何十億もの莫大な懸賞金が掛けられてはいるが、彼女や彼女の周辺に手を出したら来世まで追いかけられて消滅させられると理解しているのか手を出す人間は存在していない。


 このことは【えるしぃちゃんねる】で配信していいのか物議を醸す事になるが異世界だし法律通用しないよね? の一言で終わってしまう。もちろん女神としてのイメージダウンに繋がるも異世界の治安が悪すぎるために黙殺されてしまう。


「キ、サマ――早くそいつを殺せぇっ! 司祭様をお守りするんだ!!」


 僧兵たちが光の刃を杖に展開していく。えるしぃちゃんの周囲を囲んで一気に攻め込んでくるつもりだ。だが、光の刃が届く事は無く驚異的な身体能力によって回避されていく。


 そして、小さなお手々がブレる度に一人、また一人と僧兵の命が散っていった。


「きゃああああっ! やめてっ!」


 ご令嬢の叫び声に気付きそちらへ振り向くと首元に光の刃を突きつけて人質にしている司祭がいた。えるしぃちゃんが攻撃の手をピタリと止めるとニチャリと醜悪に笑う司祭。


「ぐふっ。貴様――我が聖神教の司祭である儂に手を出すとは良い度胸だな? もちろんラーハン家にも討滅命令が下されると知っての事だな?」


 そもそも、聖神教などの存在を知らないえるしぃちゃんは首を傾げながら早くこのジジイをどうやってぶっ殺そうかと考えていた。


「ぐふふ。どうやら小娘は状況を理解していないようだな……。その類まれな戦闘能力に小娘の身体……今なら儂に全てを捧げればラーハン家の存続だけは許してやらん事も無いゾ……ぐふっ……ぐふふふ」


 自身の命が風前の灯であろう事が理解できていない司祭。悪党がご令嬢を連れ去ろうとしている事をえるしぃちゃんが許すはずも無いし生理的に受け付けないジジイのいう事など聞くはずもない。


:ああ、終わったな

:うん、終わったね

:悪党はどうしてこうワンパターンなんだろうね

:腐敗した宗教組織www

:陳腐だなぁ……

:ひゃっはぁ!! 悪党の末路は決まってるぜぇ!


「そのまま頭を垂れよ。さすれば――ん? どこいった?」


 悪党構文を続けていた司祭の爺さんはえるしぃちゃんが消えている事にようやく気付いた。彼女はすでに爺さんの背後に存在しており光の刃を発生させている杖を掴み取っていた。


「は? ――――は?」


 イマイチ事態を理解できていない爺さん。護衛の僧兵は全員息絶えて屍を晒しており、司祭を救う者など一人もいない。


「――死ね。ジジイ」


 杖を奪い取ると発生した光の刃で司祭の首を切り取った。発生させた光の刃は出力が高すぎて血液が蒸発し出血を許さない。だらりと弛緩した肉体は後ろに倒れて行きご令嬢は解放された。


:ミッションコンプリートッ!

:これ、どうするんだろう?

:なんか、やっちゃったけどお嬢さんを救ったしオッケー……だよな?

:戦争勃発www

:やべえよやべえよ


 思わず『運命』と言う言葉に激高してしまったえるしぃちゃん。あ、やっべやり過ぎた。と冷静になった時には『時、既にお寿司だ……これ』と間違った語録が脳内にリフレインしていた。


 えるしぃちゃんを高揚した顔で見つめるご令嬢に駆け付けて来る青ざめた顔の男性達。死屍累々の荒れ果てた庭園に佇むエルフ。とってもカオスであった。

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