第2話おっと、サブクエストが発生したようだ

 ずぞぞぞぞ、と渦の中から這い出てきたえるしいちゃん。ぺっと吐き出されると森の中の地面に顔を打ち付けてしまった。


 鬱蒼とした森の中の空気は澄んでおり太陽の光が細々と地を照らしている。


 ぶつけた顔を撫でながら愚痴を吐く涙目のえるしぃちゃん。


「痛ったたた……。なんだよもぅ! 渦の出現位置が高い場所なんて不親切だなぁ……。でも、こういう雰囲気の森は久しぶりだなぁ空気が美味しいや!」


 地面に座り込みながら胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。都会に住んでいたえるしぃちゃんは久々の深緑の空気に感動している。エルフと言う種族は本来森を好み原始的な生活を行っているためだ。


「バカンスバカンス……って、どうしようこれから。国に帰ったら大騒ぎになりそうだなぁ……こっそり観光でもしようかな?」


 このちっさいエルフはこう見えても神聖エルシィ帝国の最上位者であり『超』が付くほどの重要人物である。そのエルフが帝国を脱走して地球へ行っていたのだから彼女の側近達の怒りはカンカンを通り越して尻叩き百発では済まない状態であった。


 気にしてもしょうがないか。と気を取り直すと森の中の木々を足場にぴょんぴょん飛び交いながら街道を目指していく。


「そういえば【えるしぃちゃんねる】の配信も頑張りなさいって言ってたような?」


 慈愛から渡されたアイテム・魔導デバイスを起動させる。起動させると粒子状に解けて手元にはスマホが現れた。


 ポチポチ押して操作してみるが普段使っていたスマホと遜色ないようだ。試しに慈愛へ連絡を入れようと通話のボタンをタップする。


 しかし、アンテナの表示は圏外表示されており通話が繋がらない。時々、アンテナが立ったり消えたりしているが不安定な状態だ。


「う~ん。なんでだろう? まぁ、しばらくしたら慈愛が何とかしてくれるっしょ」


 分からないことは全て慈愛の女神に任せる。『ずのー担当』は伊達じゃない。他人任せとも言うが。


 魔導デバイスをバングルへ戻すと再び街道を目指す。慈愛の女神が苦労しながら異世界への通信ラインを繋ごうとしている事など知らずに。







 森を抜けると一台の馬車が帯剣している男達の馬に追っかけられていた。――むむむ、これは異世界転移した最初に起きる定番の『お助けクエスト』ですなっ! とウキウキさせながらどう助けようか悩む。ちなみにどちらが悪いのか分からないのでどっちも倒してしまえばいいじゃないか? と言う本末転倒な結論になった。


 シュババっと、華麗に馬車の前へえるしぃちゃんが飛び出した。


「あいや、待たれいっ! お助けをご所望かの!?」


 どこかで見た事のあるテレビ番組のセリフをパクったエルフ。なんとなく言ってみたいセリフだったそうな。


 逃げる馬車が止まるはずもなく道の真ん中にいるえるしぃちゃんを弾き飛ばそうと御者が馬に鞭を強く入れた。


「ふぇ? わたし轢かれちゃう?」


 すでに目の前まで迫って来ているお馬さん。目が血走っており『避けてーっ!』と言っているように感じた。その気持ちを汲み取るとえるしぃちゃんは軽く跳躍。足の甲が御者の顎にクリーンヒットして馬車の中へ叩き込んだ。


 木製の馬車の破片が飛び散り中から男の叫び声が聞こえた。


 ヒヒィン!(ざまぁっ!!) とお馬さんは嘶くと足を止める。追いかけていた男達はえるしぃちゃんへ目礼をしてそ側を通り過ぎて行った。そして馬車の近くで馬から降りると剣を抜き放ち馬車のドアを蹴り開けた。中から男の断末魔が数回ほど聞こえると血飛沫の掛かったドレスを纏った令嬢らしき人物が出て来る。


 その様子に追っていた男達を倒さなくてよかったと思うえるしぃちゃん。結果的に馬車の前へ飛び出して良かったと思っている。しかし、もし馬車側が良い人でも自身が轢かれていた可能性が高い事を失念しているようだ。


 無事令嬢を助け出した男達は剣を納めてはいるが警戒したままえるしぃちゃんへ接近してくる。


 ちなみにえるしぃちゃんの格好はエル・メシア・プロダクションが販売している【えるしぃちゃんロゴ入りきらきらパーカーフリーサイズ(ピンク)七千九百八十円税別】と愛用の短パンに黒のニーソックス、動きやすいハイカットのスニーカーと異世界的にかなり異質であった。


 そんなハイカラなパーカーを目深に被りお腹のおっきなポッケに手を入れたままでは刺客と思われてもしょうがないだろう。


 そこでこのエルフは失念していた。自身の中には慈愛の女神も殺戮の闘神も存在しておらず地球に置いてきてしまっていたことを……。


 男が声をかけて来た。その事にえるしぃちゃんは冷や汗を掻き始め俯くと自身の中にいるはずの慈愛と闘神に助けをお願いする――――あ゛っ!?


 ハイなエルフは気付いた。気づいてしまった。無二の理解者であった女神二人がここにいないことに……。


 このエルフクソ雑魚ナメクジのコミュ障なのである。プロダクションの人間や親しい者とはコミュニケーションは問題ないのだがそのことをすっかり失念していた。


 普段から外部の者と極力接触しない事がここにきて仇となってしまった。コミュ障は少しづつ改善はされているものの治っているわけではなかったのだ。


 手に汗を握り視線を逸らす。貧乏ゆすりをしている踵が地面を抉り取っていく。


 その様子に思わず男達は剣に手を掛けてしまっている。助けてもらったかと思えば怒っている……何か不都合な事があったのだろうか? と。


「もし! そこの面妖な御仁……助けて下さった……のですかな? 何やらご立腹の様子。我らに不手際があったのでございますかな?」


 そう聞かれるとえるしぃちゃんは急いで顔を横に振った。久々の他人との会話は難易度が高かったようだ。ジェスチャーで乗り切るしかない。口の前に手をやるとクワックワッと緊張して喋れない事を必死にアピールする。その姿は怪しいアヒルさんにしかみえないのだが……。


「――ふむ。なにか重要な経緯があるようですな……。お嬢様に聞いてみましょう」


 なにかうまく勘違いしてくれてラッキーと思っているエルフ。えるしぃちゃんの目元は見えないが、自然と美しいオーラが溢れ出しているので刺客の可能性が男性から少しは減っているようだ。どの時代や世界でもわたしの溢れ出る美人オーラの前に慄いているようだねっ! と思っているがなまじ勘違いでもないのが質が悪い。


 男達と令嬢の話し合いが終わったのか、少し疲れた様子の令嬢が男の一歩後ろから話しかけてきた。


「どこかの高貴なお方のご様子(格好は面妖でキラキラしていますが……)助けてくれたお礼をしなければこのラーハン一族の名折れ――よろしければ屋敷に招待したいのですが……顔を見せて欲しいのです。ご迷惑とは思いますが……刺客ではないと我々も確証が欲しいのです」

 

 ほうほうほほう! わたしの顔を見たいとな!? 魅せて進ぜよう! とシュババッとパーカーを捲った。このエルフ。コミュ障ではあるが自己顕示欲の塊であり、自らの美しさには絶大な自信を誇っている。


 キラキラパーカーを捲り上げた時に銀髪がふわりと解放される。顔を左右に振ると絡まった髪の毛が太陽の光を受けて輝いている。頭頂部にはエンジェルリングができており、両目の銀眼が見る者を魅了させる。――そしてハイエルフ特有の長いお耳。


「なッ!! ――――早く! その衣服を頭に被ってくださいっ!! あなたの……貴女様のお覚悟は分かりましたッ! 大変申し訳ない事をッ……すぐさまお屋敷へ案内させて頂きます! ――これは……我が一族の運命なのですか……?」


 んにゅ? 何やら慌ただしいなぁ? そんなにわたし美人だったかな? えへへ。 と勘違いをしているえるしぃちゃん、どうやら重大な事が判明しているようなのだが全く気付いていない。


「このことはこの場限りの秘密です……もし漏らせばラーハン一族の使命としてあなた達を討たねばなりませんッ! ――いいですね?」


「ハッ! この命お嬢様の如何様にもお使い下さい!」


 なんか忠誠心が天元突破している使命ガンギマリなセリフが出ているが気にしていない。えるしぃちゃんは、お礼って何貰えるのかな~ぐらいしか思っていないようだ。

 

 えるしぃちゃんは乗馬スキルを闘神に持っていかれてしまっているのでお馬さんに乗れないし、馬の上で男の背に引っ付く趣味は無いのでお屋敷とやらの場所までご令嬢の部下っぽい人が馬車を取りに行く事となった。


 ご令嬢は岩の上に敷物を引いて休憩をしているが血飛沫を被った衣服のままでは見栄えが悪い。気を効かせた積りで異空庫を開こうとするも手元に魔素が集まらない。


「およ? おかしいなぁ……」


 いつもの感覚では火種も水気も出すことが出来ないどころか簡単な術式すら展開できない始末だ。術式は決められたパターンが存在しており自然魔素を利用しているので術者的にも魔力を自然魔素を誘引する程度の負担しかかからず省エネなのだ。


 ならば、と体内魔力を引っ張り出して概念魔法・精霊術を使用すると――


 ボォッン!


 爆発した。衝撃が木々を揺らし砂埃が舞う。その後に周囲の精霊が歓喜するとともにえるしぃちゃんを包み込むを眩いほどに輝いた。キラキラと全ての元素の精霊が集いその光景は神聖なものを感じさせた。


 爆発に驚いた男達は剣を構え爆発の瞬間を見ていたご令嬢は驚愕の表情でえるしぃちゃんを見る。


「それは――かつて、ハイエルフ族が使役していたという精霊術そのもの……。そして今では禁忌、異端とされている『魔法』……貴女様は……」

 

 禁忌。異端。


 ご令嬢が発したワードには不穏な言葉が含まれている。


「ぐぇっ……土が口に入っちゃった! ぺっぺっ。まともに魔法が発動しないなぁ……どうしよ……」


 そんな事は知った事かと数回程爆発を起こし穴ぼこを量産していく。身体の強化や飛行なども試していくが安定していたのは自己治癒と身体強化のみであった。ちなみに木の棒に属性を付与する事は出来たが燃え尽きたり凍って砕けてしまったために検証は後回しにしている。


「何かに邪魔されているなぁ……。放出系が駄目っぽいけれど強化や付与ならいけそうだな……でも、色々な術式がなぁ……慈愛に知識を持っていかれていたのは今回は本当に痛い……」


 えるしぃちゃんは女神としての膨大な力を所持しているので、テキトーな術式でもゴリ押しで身体強化や付与エンチャントはできるが効率が最悪な上に安定していない。


 そういえばと思い出し、慈愛の女神から貰ったバングルの補佐を通して術式を発動させる。すると、ようやく安定して身体強化の体内術式が発動した。試しに炎弾を発動させるが空中に術式や疎か魔術すら発動すらしない。概念魔法――精霊術のみが暴発という形だが放出系は発動しているようだ。


「お。――電池切れかな? この魔導デバイスは戦闘特化しているわけじゃなさそうだし仕方がないのかな?」


 何度も魔導デバイスを使用していると発熱し始め自己保存の為に機能を停止してしまった。真の女神であるえるしぃちゃんバカみたいな力を変換し術式に落とし込むには処理能力が足りていないらしい。


 試行錯誤をしているといつの間にか馬車が到着していたようだ。ご令嬢はえるしぃちゃんに対して恭しく馬車へと案内する。その際に会話は発生していないのだが丁寧に扱われていることにえるしぃちゃんは満足している。こういう貴族関係で過去に嫌な思いをした事が何度かあったからだ。


 女性二人を乗せた馬車の中では重たい沈黙が続いている。コミュ障エルフは会話の切っ掛けを掴めずに俯いているだけだ。するとご令嬢が閉じたままの口を開いた。


「――貴女様は……私を生贄と言う運命から解き放つ為に来られたのですか?」


 生贄と言う言葉を聞き目をパチクリさせるえるしぃちゃん。何それ? どんなサブクエスト? 首を傾げてしまう。するとご令嬢の碧眼から涙が溢れ始める。


「違うのです……か?」


 目の端から涙をポロポロと流し始めるご令嬢に向かって否とは言えずに。首をブンブン振ってそんな事ないヨッ! と肯定する。


 そんな重要な出来事に気軽に返事をしてしまった駄エルフ。どこかの女神共が『あーあーしーらなーい』と言っている気がするがきっと気のせいだろうと思う。

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