第15話殲滅すっぞ

 観客席の前面に障壁が展開される。発射された質量弾や飛び散る瓦礫が観客席に飛ぶことで起こる事故を防止するためらしい。突然のコロシアム形式の模擬戦に戸惑う魔導ゴーレムの操縦者達。


 脚部のキャタピラーを激しく回転させながら魔導ゴーレムの集団へ突撃して来る機体が存在している。委員会に賄賂と言う名の根回しを行い、魔導都市で頭角を現し始めているメナス工房やオルクス企業連合の新型ゴーレムや新機軸の兵器の破壊を目論んでいた。


 ドヴィン工房製の鈍重で破壊力のあるハルバートがメナス工房製の電磁加速砲に振り下ろされる。移動砲台を目的とされ近接能力を持たない多脚ゴーレムがあっさりと破壊された。コクピットブロック付近に狙いを定め優秀なパイロットごと事故として処理する算段なのだろう。


 もちろん観客には新しい催しとしか認識されておらず激しいゴーレム同士の激突に歓声を上げた。パイロットとして優秀なものが多いのかメナス工房のゴーレムは大破してしまったが事前に打ち合わせたような陣形を取りドヴィン工房のゴーレムを囲み始めた。


 その頃えるしぃちゃんは機体のエンジンをアイドリング状態でスススーと後方へ避難していた。


「いや、魔導ゴーレム同士の戦闘でなんで飛空艇の私達が混ざらなければいけないの? またクソ運営の仕業なわけぇ~?」


「もういっそ事故を装って殺してしまえばいいのでは?」


「う~ん。一応委員会の席を確認して置いてね? うっかり誤射は一発なら許されるよね」


:これはひどい

:委員会クソだな

:レギュレーション自体が破綻しているな

:もう、コンテストの体を成していない

:一発なら許される……


「でもバルカン砲じゃ障壁抜けなさそうなんだよね……。お金掛かってるね~あの設備」


 魔導ゴーレム同士が射撃戦に入っているが観客席に展開されている障壁に弾丸が弾かれている。

 

 卑怯な手をガンガン使ってくる割には観客席に対する安全措置は抜かりない、貴族や王族関係者、他国の軍関係者にまで喧嘩を売りたくないのだろう。


 数機のゴーレムを相手にドヴィン工房のゴーレムが無双をしている、恐らくジェネレーターの出力を制限されていたり術式のロックを掛けられていたりと妨害行為されていることが安易に思い浮かぶ。


「!! 出力全開ッ! ルールンちゃん何かに掴まっててっ!」


 何かに気付いたえるしぃちゃんが魔導飛空艇のスロットルを全開にする。魔導ジェネレータが唸りを上げ、ブースターへエネルギーが供給されていく。機体後方にブースターの叩きつけるような空気圧が解放される。それは衝撃波を伴い飛空艇がいた場所に円環状の塵を大気の残していた。


 暴力的な加速の重圧が艦内の人員に襲い掛かる、フルスロットルで魔導飛空艇の試運転をしていなかった為機関が過剰にエネルギーを供給して暴走しているのだ。


 しかし、緊急加速を行った甲斐があったのか数瞬後に機体がいた場所には魔導ゴーレムの装備しているガトリングから放たれた弾丸の雨が叩きつけられていた。


:あっぶねぇっ! ナイス判断! 

:ひぃぁぁぁぁぁああぁぁぁ

:障壁が近づいて来てるよ! 

:上空に回避する方が安全かも!


 とんでもない加速にさすがに慌てているえるしぃちゃん、リスナーの迅速なコメントに反応をすると頭の中で試算する。


「上空ねっ!?」


 コクピット内部が瞬間加速による空気を切り裂く圧力でガタガタ震え操縦桿が重たく強引に飛行するルートを変更させている。


「障壁にぶつかりますよ!?」


「わかって、る、よぉぉぉぉっ! こんのぉ!! ――ルールンちゃん! 補助スラスターを下方だけに集中させて! 上空に、回避する、よっ!! タイミングを合わせて!」


「了解。姿勢制御用スラスターを全解除、エネルギーを下部へ集中させますっ………――――行きますよ? 下部スラスター全開ッ!!」 


 えるしぃちゃんが上空に機首を向けるために操縦桿を手前に引く、それと同時にルールンちゃんが操作する下部の補助スラスタから勢いよく粒子が噴出した。


 スロットル全開。障壁ギリギリレで直角に上昇していく魔導飛空艇に観客は口を開けながら驚愕する。その中にいたアガシオン家の兄妹も飛び上がりながら歓声を上げている。


 あれほどの超加速に急制動ができる空を飛ぶ魔導具見た事がないからだ。陸戦メインの兵器群の中に高速飛行のできる空戦魔導具が誕生した瞬間であった。

 

:よっしゃぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!

:すっげぇぇぇぇぇ!!

:えるしぃ艦長最高っス


「リスナー達もセンキュッ。反転攻勢に移るよッ!!」


 機体内部には急制動によるG(重力)が掛かっているえるしぃちゃんは平気だがルールンちゃんは苦しそうな表情をしている。


「このまま反転しながらバルカン砲を叩き込むよ!! ――ルールンちゃん、イケる……よね?」


「も、ち、ろん――こんなところでラーハン家長女はへこたれません、よッ!! 照準――――審査員席も含めますが……よろしいですね?」


「もちろんッ! 高度上空より叩き込むバルカン砲の質量弾で障壁を破壊するよぉ~」


:ひぃ、神の槍みたいになりそう

:高高度からの質量弾……恐ろしい……

:木っ端みじんになるんじゃない?

:【慈愛】デバイスを照準システムに繋げなさい、あなた達が撃ったらとんでもない事になりますので


 配信中のスマホをコクピットモニターに接続すると様々な術式が組み込まれていく、慈愛の女神が簡易的な射撃管制システムとなったのだ。


 ふわり、加速を停止させた魔導飛空艇は成層圏手前でゆっくり回転する、異世界の果てまで球形状に見え綺麗な風景がモニターに映し出されている。


「これが……私達が住んでいる世界……綺麗ですね……」


「そうだよぉ~人間とは世界に比べたらちっぽけで儚い存在、驕り高ぶらず隣人と慎ましやかに生活すればいいんだけど――ほんと、傲慢だよね」


 舌打ちをしながら超視力を持つえるしぃちゃんは審査員席にいる委員会の連中を捕捉していた。


『目標捕捉、最高速度に到達と同時に発砲します』


 望遠レンズが目標を捕捉、簡素なレティクルが複数展開していく。――こういうターゲティング演出カッコいいよね?


:目標! センサー内に捕捉!

:あわわわわわ

:お祈り申し上げますわ……


 電子音でモニターから慈愛の女神の音声が聞こえてきた。音声システム等組み込んでいなかったのだが器用なものだ、とえるしぃちゃんは思う。


「よろしくぅ~! ルールンちゃんもちょっときついと思うけど、もう一回協力して欲しいな」


「ご随意に」


「いっくよ~!」


 降下開始――地表に向けて弾丸のように加速する。空気圧との摩擦熱で機体が赤熱する。頑丈に設計はされているがまさか大気圏ギリギリの高度からの超加速に装甲が耐え切れない。熱で融解していき飛空艇が軋みを上げる。


「ヤバそう……。強化術式付与――」


 前方に展開された術式陣を機体が潜り抜けると崩壊がいったん収まっていく。


「ふぅ……機内温度も不味そうだね……冷却術式付与っと。慈愛~どう? そろそろいける?」


 室内灯が明暗しながらグラグラと揺れている。この高高度からの攻撃が終われば即座にオーバーホールであろう。


『――――照準固定。――いつでもいけるわ』


「了解っ! 発射と同時に減速開始。ルールンちゃん一発かましてねッ!!』


「照準確認――――――――撃てぇッ!!」


 バッバッバッバッ――とバルカン砲の重心が回転し唸りを上げる。秒間数百発もの弾丸が地表に解き放たれた。数秒ほど斉射するとガキンッとロールマガジンが音を立てて止まり弾が切れた事を知らせる。


 地球の弾丸と違い火薬を内包していない弾は重く頑丈だ。加速術式や空力を裂く特殊な術式を刻まれた弾頭なので加速した飛空艇の速度がそのまま破壊力へと変換されるのだ。その結果はまもなく着弾する地表の惨状が証明してくれる。

 

「斉射終了!」


「――ブースタ停止。機首反転ッ! 反動来るよっ! スラスター調整よろ~」


 ぐんっと身体が持っていかれるような横殴りの重圧がルールンちゃんに襲い掛かる。歯を食いしばり一生懸命耐える。


 一方、吐き出されたバルカン砲の弾丸は音速を超え加速しながら委員会本部に降り注いでいく。その様は観客席から視認できており“神罰”を体現したかのような光景であった。


 ポポル君は唖然としながらも委員会の全滅に仄暗い喜びを抱き、ピピルちゃんは恐怖から震えるばかり。何でも屋の爺さんは『やりおったわい……』と頭を抱える。


 もちろん、ドヴィン工房の魔導ゴーレムも粉々に粉砕され。パイロットと共に瓦礫となった。


 赤熱した飛空艇の装甲を冷却術式が急速に冷やしていく。所々にヒビが入りこのまま飛行でもすれば空中分解するだろう。


 委員会本部が設営されていた場所の障壁が崩壊し死傷者多数の状況にコンテストはもちろん中止になり警備員や救護班が駆け付けて行く。


:ああ、やっちまったなぁ……

:ノリノリで見ていたけどあれを見たら……

:数百は逝ってるな……

:モザイク助かる……


 エル・メシア・プロダクションを通して配信を行っているので不都合なシーンにはモザイク処理が掛けられる。バラバラにされた魔導ゴーレムや数百人の人間が待機していた委員会本部などはとてもみられるような状況ではない。


 魔導飛空艇の温度が低下した事を見計らうと機体から降りる二人。その顔は清々しい表情をしておりやり切った感が半端ない。えるしぃちゃんはローブを被って表情を伺う事はできないがスキップをしているので大層満足しているのだろう。


 そこへ、警備兵や軍関係者の人間が走ってやって来る。銃器や剣を所持している人間が武器を構ええるしぃちゃんとルールンちゃんを取り囲んだ。


「貴様たちにはテロリストの疑いが掛けられている。大人しく捕まるんだな」


:そうなるよなぁ……

:ん? 閲覧注意のテロップがでているぞ?

:あ……えるしぃちゃんが刀を取り出してるよ

:なるほど……


「リスナー達へ警告、未成年は視聴注意。わたしのオリジナルPVでも眺めながら待ってて――ねッ!」


 異空庫に収納していた軍刀を手に携え抜刀の構えから――飛ぶ斬撃を放つ。ルールンちゃんを射殺しようとしていた遠方の狙撃手の首が飛び絶命した。


 すでにルールンちゃんはホーリーグレイヴに魔力を注ぎ込み軍人が固まっている位置を薙ぎ払う。高級な装甲を伴った軍用鎧がバターのように切り裂かれた。術式を弄り高度に圧縮された光の刃は鉄を容易く溶断する。


 乱戦。混乱した警備員や軍人が放った弾丸がフレンドリーファイアを誘発する。えるしぃちゃんはルールンちゃんを狙う弾丸を容易き切り裂いて行く。


 内心、警備員からの質疑応答くらいなら対応したのだが高圧的な態度に穏便に物事を運ぶことを諦めていた。武器を抜いたのなら死ぬ覚悟はできているはずだ。


 ルールンちゃんのホーリーグレイヴが敵を切り裂いて行く、即席の連携なのだが息が合う。そろそろ敵が魔導ゴーレムを起動させて向かい始めてきたので煩わしく感じてきた。


 えるしぃちゃんが軍刀を納刀して抜刀の構えをとる。それは闘神が習得し好んで使っていた抜刀術。――ルールンちゃん。と視線を向け合図をした。阿吽の呼吸で理解したルールンちゃんは一度兵士を薙ぎ払うと後方へ飛びあがる。


「闘神流抜刀術――未完・空間断ち」


 ズ、ズ、ズ、と緩やかに刀身が横一文字に薙ぎ払われる。拙い技術だが振るわれる力は人間を超越している。後方から接近して来る魔導ゴーレムの胴体が走行する勢いで上半身と下半身に分かたれた。


 空間を荒く分断したことによりそこに存在する人間諸共吸い込み始めて行く。


「ルールンちゃん逃げるよ~」


「はいっ!!」 


 ぴょんっとえるしぃっちゃんの背中に抱き着くと幸せそうな顔をする。そのままえるしぃちゃんは地を駆け抜け逃走を開始した。直後、地表を引きはがしながらあらゆる物質がブラックホールのようなものに飲み込まれていく。


 それは物質を飲み込み拡大していく。観客もその異常に気が付くと慌てて避難を開始していく。

 

 重力異常が収まった頃には演習場には抉られたクレーターしか残っていなかった。

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