第16話ガーディアンの目覚め

 アガシオン工房内にはボロボロになった魔導飛空艇を複雑な感情を抱きながら修理しているポポル君がいた。新品同様の機体が一回の試験飛行でここまでズタボロになった事は設計と製造を請け負った魔導具職人としてのプライドはズタズタだ。しかし、全員では無いが委員会の奴らとドヴィン工房の幹部を敵討ちしてくれたことに心から喜び、飛空艇を修理する熱意に溢れていた。


 魔導都市ではテロリストが出現したことにより都市の警備部隊や軍関係者がピリピリしており普段よりも巡回する兵士が倍増していた。しかし、変装していたルールンちゃんとパーカーを深く被っていたため犯人の人相が割れていない。辛うじて女性であることと若い貴族関係者であることが情報として出回っている。


 えるしぃちゃんのキラキラのラメ入りパーカーは特に目立っていたために外出すれば一発で警備兵に御用になるだろう。


「ふ~ん。聖神教がご神体を発掘、テロリスト被害に心を痛める民衆の為に展示を開始する――と。お披露目の日時は明日かぁ…………調査したいけど、あのドンパチのせいで警備が厳重になっているんだよね……」


 街頭で配られていたチラシを読みながら気分転換に纏めているツインテールの毛先を指でくるくるする。


「それは計算外でしたね。聖神教の所持している重武装した魔導ゴーレムが数機警備していましたね」


 そう、えるしぃちゃんの背後から抱き締めて体温を感じながらだらしない顔をしているルールンちゃんが返事をする。


 なにか引っ掛かりを感じた聖神教の展示品の調査はストップしていた。人相は割れてはいないが警備が厳重になっており街への被害を考えるとなかなか手を出せない。


 使う機会があるかもしれないのでえるしぃちゃんのビビットピンクの専用機を複座式に変更するようにポポル君にお願いをしている。何でも屋の爺さんもコキ使ってはいるがポポル君は飛空艇の修理に魔導ゴーレムの整備と大忙しだ。


 声を掛けるのを躊躇する程の真剣さに『いつできあがるの?』などと口を裂けても聞けない。


「よし。取り敢えず明日の展示の様子を窺おうか。ちょ~っと嫌な予感がするんだよね……」


 唇に人差し指を当てながら難しい顔をする。えるしぃちゃんの女神的予感の的中率はかなり高い。忙しそうにしているポポル君と爺さんに声を掛ける。


「忙しい所悪いんだけど……明日なんだけど都市外に避難できる?」


「あ? なんでじゃ? こんな忙しい時に……」


「――――どうしたんだ? エルシィ程の人間が避難なんて……まさか、コンテストの時のような事態になんのか?」


「いや、わたしはするつもりはないんだけど……荒れる気がする」


 やけに真剣な顔をするえるしぃに二人はごくりと唾を飲み込んだ。彼女の実力を目撃した二人はその真剣な表情に危機感を覚えた。


「わかった……ピピルと一緒に避難する。爺さんセーフハウスあったよな? ピピルとメルシーも一緒で大丈夫だよな?」


「ああ、問題ない。整備もキリがいいところで異空庫に収納してもらうかの。大型の魔導ゴーレムも稼働はできるが複座式への変更はできておらぬぞ?」


「うん、動けば問題ないよ~。飛空艇は……無理だね……」


「しょうがねーだろ、あんだけボロボロなんだ。一から作り直した方が早いぞ? まぁ、チューンナップしているし時間が掛かるのは諦めてくれ」


 そうして打ち合わせを行っていく。『嫌な予感』それだけで避難する人間はポポル君を信用しているデイジーちゃんやピピルちゃんだけであろう。爺さんも半信半疑だが石橋を叩いて渡る程の慎重な性格と過去の経験からくる勘が全力で避難した方がいいと警告を出している。


 紛失したら困る加工機器や重要素材を異空庫へ収納していく。残りは替えが効くものが多いので放置だ。







 布を掛けられたご神体とやらが魔導都市の中央広場へ搬入されている。この国での宗教は聖神教一色であり民衆から信仰されている。『聖人』という生贄のような制度には魔力の素質の低い一般人にとって関心が低く認知もあまりされていない。


 ただ、聖人に選ばれれば聖神教から莫大な報奨金と継続的な支援が得られる。所得の低い一般人にとって『お金』と言う目先の利益はありがたがれ、どれだけの人間が生贄として消えて行ったのか分からない。


 聖人と言う名は子を売り飛ばす親にとっての罪悪感を抱かせない免罪符だ。


「ただいまよりこの魔導都市の遺跡から発見、発掘されたご神体のお披露目を行うっ!! 民衆よ! 膝を突き頭を垂れるが良い!!」


 覆われていた幕を取り払うと二十メートル程の巨人が現れた。四肢には鎖のような術式の文様が刻み込まれ黒銀の重厚な装甲は威圧感を感じさせる。


 特に目を引くのが胸部に埋め込まれている胎動する結晶。――この巨人は生きているかのように見えた。


 一斉に跪く民衆たち。――それを高所から蔑む瞳で見つめるえるしぃちゃん。


「これは――――エクシア……の。エクシアの魔力反応はあそこから感じる。胸を焦がすような激しい怒りと憎しみ――一体、貴女になにがあった?」


 エクシアの反応に応答するようにえるしぃちゃんは指向性の魔力を胸部の結晶に向けて放つ。

   

 すると呼応するかのように巨人の顎部がギチギチと開き――咆哮する。


『ヴォォォォオオオォォォォォオオォォッ!!』


 鎖の術式を施してある装甲がひび割れていき刻印が崩れていく。その様子に慌てた聖神教の魔導ゴーレムが周囲から抑えにかかる。


 胸部の結晶に人の形に浮かび上がって来る。その姿は長い特徴的な耳が生えておりえるしぃちゃんの知っている顔でもあった。


「エクシア……そこにいたんだ……」


 結晶体となったエクシアノの目元から黒い涙が流れており何かを叫んでいる。


『ユルサヌユルサヌユルサヌッ!! ヨグモッヨグモッエルジィザマヲオオォォォォオオオォォ!!』


 慌てふためく集団の中に巨人が両腕を振り下ろす。巻き込まれた民衆のパーツがバラバラに飛び散り広場が半壊する。振りほどかれた魔導ゴーレムも押さえていた腕部が破損し暴れる巨人の攻撃に巻き込まれた。


 開いた顎部にエネルギーが集中していく。何かを強力な攻撃の前触れだ。その姿を悲しそうに見つめるえるしぃちゃんは民衆を助けようともしない。


『ジネッ!!』


 収束されたエネルギーは熱線となり魔導都市の防壁まで届き、巨人は首を横に捻る。高層ビル群が真っ二つに焼き切れていく。今の巨人の一撃で数千人もの命が消し飛んだ。


『話が違うじゃないかッ!? ガーディアンの封印が解けるとは聞いていない!!』


 片腕を喪失した魔導ゴーレムの外部スピーカーからどこかで聞いたことのある女の声が聞こえて来る。恐らくガーディアンの周辺で待機していたアズエラ司祭だろう、側近の二人が乗るゴーレムが盾を掲げ護衛に回っている。

 

 彼女の言うガーディアンとは破壊神封印を守る為の防衛装置なのだろう。見るからに取り込まれているエクシアにガーディアンである巨人の制御を乗っ取られているのだが……。――自業自得か。


「愚かにも破壊神の封印を守る古代の防衛装置がエクシアに乗っ取られるとは本末転倒……。そのまま滅びよ――人類よ。我が親愛なる友人の上で安穏と暮らしてきたツケを清算せよ」


 冷酷な一面を見せるえるしぃちゃん――いや、女神エルシィ。


 都市で中の良くなったアガシオン家の兄妹に爺さんは都市外へ避難している。この魔導都市に縁のある人物はいないし、破壊神を崇める聖神教に傾倒している人類など守るに値しないのだ。――自らが崇めている神の封印が解き放たれ、それを守る守護者に殺されるなら本望であろう。と、人間が焼かれ潰され殺されていく様を笑顔で見つめている。


「……ひゃは。人が死ぬ、死んでいく。コレがエルフ種族に人類が石を投げつけ踏みにじって来た報い……ひぃ、ひぃっ! ひぃひぃっ! ――ウケりゅッ!」


 幼い子供も老人も等しく磨り潰され、死んでいく様を直視していたルールンちゃんの倫理観が狂っていく。しゃがみ込んで膝に腕の乗せる女性にとっては行儀の悪いポーズで眼下の地獄絵図を眺めながらケタケタと嗤う。


 その表情は直視できない程崩れ、世の男性に見せられないほど邪悪な笑みをしていた。口の端から涎を垂らし小刻みに身体が震えている。えるしぃちゃんと出会いてからというもの簡単に人が死んでいく様子を間近で見てきている。ラーハン家と言う貴族家で大切に育てられていた令嬢の一般的な価値観や倫理観を磨り潰すには十分だった。


 巨人の内部にはどのような動力炉が搭載されているのか分からないがガーディアンと呼ばれるだけのシロモノだろう。あれから何度か熱線を放っているが停止する様子が見られない。


『早くガーディアンに設置しいる装置へ緊急停止コードを送りなッ!! このままでは……このままでは魔導都市が壊滅しちまう……ッ!』


 焦っている声が漏れ出しているアズエラ司祭。冷酷で傲慢な態度に部下の扱いがとっても悪い彼女でも、これほどの人間が虐殺される様子を見て人間らしい感性が垣間見えた。


 聖神教の魔導ゴーレムが民衆の避難誘導をしながらガーディアンへ牽制の射撃を断続的に行っている。珍しく人類の為、民衆の為に働いている連中を見ていると失笑が漏れてしまう。


 なにかの抑止装置が作動したのだろう、ガーディアンの動きが鈍ると魔導ゴーレムが周囲を取り囲み封印の術式を作動させた。


 その間、えるしぃちゃんは新たに製作されたガスマスクを被る。


『全機! タイミングを合わせなッ! 一斉に封印術式を展開するよッ!! スマイラッ、二―ニックッしくじるんじゃないよ!』


『ヘイ! 気張りますぜ!』


『お任せを! アズエラ様!』


 なにかの魔道具である巨大なアンカーをガーディアンの周囲に打ち込んだ。アンカー同士が術式陣で繋がりガーディアンの身体が震え仰け反っている。


『ギギギギギギィッ――――オ、ノ、レェ……エルジィ……ザマ……ヲ……カイホウセ……ネバ……』


 何かを訴えるエクシア。――解放もなにもエルシィ本人はここに――まさか。


「慈愛――解析している、よね?」


 腕の魔導デバイスへ話しかけるえるしぃちゃん、すぐさま慈愛の女神からの応答がある。


『もちろんよ。ガーディアン……いえ、エクシアをこのままにしていいとは……思わないわよね?』


 チャキリと腰元の軍刀を構える事が慈愛への返答、そして。――抜刀。


 ガーディアンの足元に打ち込まれたアンカーを寸分の狂いもなく破壊していく。


『なッ!? なにが起きた!!』


『アズエラ様ッ! アンカーが破壊されています! すぐさま撤退を!』


『――誰が……ッ。貴様かぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁ!』 


 攻撃の位置を確認しようとゴーレム内のモニターに目を走らせるアズエラ司祭、するとガーディアンの頭部にどこかで見た事のあるキラキラのパーカーにマスクを被った小柄な姿。


 周辺の景色は消し炭となっており火の粉が舞う。肩に軍刀を乗せたえるしぃちゃんは頭部からアズエラ司教を見下ろしている。刀を持つ反対の手で握りしめた拳を逆さにして親指を立てていた。いわゆる『地獄へ落ちろ』のハンドサインだ。


 アズエラ司祭の機体がブースターを吹かしながらガーディアンへ吶喊するも、再起動していた巨人は彼女の機体を横殴りする。吹き飛ばされた機体は近くのビルの壁面へ激突し崩れ落ちた。コクピットブロックの損傷に頭部から出血、意識が朦朧としていたアズエラ司祭は生きているのが不思議な状態に陥っていた。


『アズエラ様ぁあぁぁぁああぁぁぁ!!』


『二―ニック! 俺が機体を担いでいく! 撤退しろぉっ!』


 ガーディアンの封印に失敗し撤退を始めたアズエラの部隊。それを眺めながらガーディアンの頭部に魔導デバイスのモニターには膨大な術式の羅列が流れて行っている。


「慈愛――時間はかかりそう?」


『なんとかしたい、けれど。エクシアの反応が薄いわ。魂の抽出術式がうまく作動していない……ガーディアンと同化しすぎているのよ……』


「エクシア……戻って来てくれないの……?」


 未だにガーディアンは暴走を辞めない。えるしぃちゃんが声を掛けるも反応せずに人類の殲滅だけを最優先目的として行動している。


 魔導都市はすでに三分の一ほどが焼き尽くされていた。破壊神の封印解除を目的としていた聖神教はガーディアンが暴走した際に展開した封印術式でコントロールするつもりだったのだろうか? そう考えるとエクシアを奪われるようで胸の中がモヤモヤする。

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