第12話やっと帰れる……
魔導浮遊ボードMK-25改(長い)のハンドルを捻ろうとも三人が乗っていれば重量オーバーだ。ボードの下部から噴出する謎の粒子がプスンプスンと悲鳴を上げ始めている。
つまり――
『あ゛あ゛あ゛ぁぁんた達ぃぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃっ!! ずぇぇぇぇえええぇぇったいブッコロォォォォォオオオォォォォスッ!! ぐっちょぐっちょの! ぎったぎったの! ぼっこぼっこにしてっ家の軒先に吊るしながら※※※※してっ※※※※してから※※※※※してやるんだからなっ!!!!』
こわいおばさんが外部スピーカーで放送禁止用語を連発しながら追って来ていた。
「ひぃぃぃぃいいぃぃぃっ! エルシィ! 何とかしろよ!? おまえがあいつの顔面蹴っ飛ばすから!! ひぇっ、ルールン姉ちゃん俺を落そうとしないで! ごめん! 謝るからさぁっ!」
「――言葉には気を付けろよ小僧……次は命が無いと思え」
ドスの効いた声でポポル君を脅しているルールンちゃん。えるしぃちゃんは魔導ゴーレムが搭載している大型弾頭を回避する事に集中している。背部ブースターを吹かしながらかなり距離を詰められており後数秒経てば魔導ゴーレムの近接武器の射程距離に入るだろう。
これもエレベーターシャフトが崩落によって途中から塞がっており、仕方なく地下都市の居住区画へ逃走ルートを変更してしまったのだ。古代の都市では地下に人工太陽が設置されていたのだが現在は薄暗く自然発光している壁面の明かりを頼りに飛んでいる。
『そぉら、そぉら、そぉら、そぉらっ!! 当たっちゃうぞぉ~ぐちゃっといっちゃうぞぉ~プチっと潰しちゃうぞぉ~っ! だから――早く死ねぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっ!!』
ブンブンと巨大なバトルアックスを振り回しながら接近して来ている。
外部スピーカーから聞こえるアズエラ司祭の声は嗜虐的な感情が溢れる声で煽っている。風圧でボードが煽られ大きく揺られながらも辛うじて撃墜を免れている。
恐怖心の余りポポル君は顔面涙と鼻水で溢れているがルールンちゃんは嫌そうな顔をしながら回避していた。
:来てる来てる来てる
:あわわわ
:とんでもねえな……
:アニメのワンシーンみたい
:これはブルーレイディスク化待ったなし
「んにゅ~どうする隊長~? バシッと解決策提示しておくれ~」
回避するのも限界が来ている。ボードのスロットを全開にしているので粒子の噴出口から煙が出始めてきている。
「んなこと言ったってぇっ! クソッ――わかったよ!? やってやんよぉ! さっきコンピューターサーバーから抽出した居住区の地図のデータを出してくれ!!」
撮影しながら追従しているスマホをポポル君が掴むとパパッと居住区の地図データが表示される。慈愛の女神が遠隔操作でデータを表示してくれたようだ。
ヒュゴォッ。追従するアスエラ機の他の二機の振り下ろしたバトルアックスがボードギリギリの位置を通過するとポポル君のロープが解けて身体が宙に放り出された。
:あっ
:あ゛!
:あ……
:あぁ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!! ママァァァァァアアァァァァァッ!!」」
えるしぃちゃんは素早くボードの後部を軽く蹴る。上空へクイックターンを華麗に決めると直角に降下する。アズエラ機の襲い掛かるバトルアックスの攻撃をギリギリで回避しつつポポル君の救出に向かった。
「――ルールンちゃん!」
「はいっ!」
地表に激突するスレスレでルールンちゃんがキャッチして方向転換するも降下する際の加速とポポル君の重量でボードが浮上しきれていない。ガリガリと土煙を上げながらボードが地面を削っていく。
「ふんぬぅっ! 踏・ん・張・れぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇっ! ――あっ」
最後の力を振り絞らせるようにボードへ魔力を注いでいく。しかし、ハンドルが過剰な魔力供給に耐え切れなかったのか回路がオーバーロードして爆発した。
コントロールを失ったボードは地下都市内を流れている用水路の表面に激突すると、えるしぃちゃん達三人はくるくると水面を弾かれて回転すると間もなく水中へ沈んでいった。
用水路上空を魔導ゴーレムが徘徊するも三人は浮上してこない。
『――あの速度で落下すれば……死んでいる……のかい? クソッ! 私の手で磨り潰してやりたかったのにっ……』
『アズエラ司祭様ッ!? 都市内の警備警報が出てますぜ!? さすがに、魔導ゴーレムでの飛行はマズイですぜ!!』
『アズエラ様。恐らく奴らは無事ではないでしょう。体格を見るに子供の様でしたし……撤退を進言致します』
名残惜しそうに用水路をアズエラ機が見つめるも……
『チッ――撤退だ。今回の収穫は
『『あいさーッ!』』
余り綺麗ではない水面には波紋が立っていたがやがて消え静まり返った。薄暗い都市内では水中の様子など視認する事は難しい。三機の魔導ゴーレムが去った後は地下都市内の警報が鳴り続け魔導ドローンが数百機も出動してきている。
かっぽ~ん。(お風呂桶の音)
「は~い。エルシィ様~目を瞑りましょうね~頭をごしごししちゃいますよ~? お耳もかきかきしましょうね~」
「んぅ~くすぐったいぞ~」
「ふふふ、用水路の水があまり清潔ではなかったので身体の隅々まで洗ってあげますからね~」
背後からおっぱいをえるしぃちゃんに押し付けながら銀色の髪の毛をクシクシと泡立てている。背中に感じる至高の感触が鼻から血を噴き出させている。シャワーを顔に浴びせながら誤魔化しているが興奮していることにルールンちゃんには気づかれているようだ。
こうしてのんびりとポポル君家のお風呂に入っている事から三人は地下都市を脱出する事に成功した。
用水路に落下した三人は水流に流されながらも、えるしぃちゃんがすぐさま障壁を展開する。スマホの居住区画の地図を頼りにポポル君の案内で水路を移動してなんとか地下都市からの脱出する事ができたのだ。
もちろんポポル君の入浴は後回しにされており、女性二人がゆったりとお風呂を楽しんだ後に一人寂しく入浴している。お風呂上がりのホカホカしている身体はどこか艶っぽい雰囲気を出している。
ルールンちゃんの湿った金髪が頬に張り付き謎の未亡人感を醸し出していた。キャッキャと仲良くドライヤーっぽいもので髪を乾かした後にパジャマに着替えっこを行っていた。
「ふぅ……びちょびちょになったあとのお風呂は最高に気持ち良かったねぇ~」
「ほら、エルシィ様~手を上げてくださいね~? 上からパジャマを着ましょうね~」
初めてのえるしぃちゃんとの洗いっこを経験する事ができたルールンちゃんはとってもゴキゲンである。ちなみにピピルちゃんは大儲けできたとポポル君から聞いたのでちょっとお高めのお肉を購入してきて張り切って鍋料理の準備をしていた。
鼻歌がキッチンから聞こえてくるあたり贅沢な生活をしている自身を想像し夢を馳せているようだ。
美味しいご飯を食べる時の作法をえるしぃちゃんから学んだ三人は手を合わせて一緒に日本の食事の挨拶を一緒に復唱する。
「「「「いただきまぁ~す」」」」
日本円に換算して百グラム千円もする謎の高級お肉を奮発して買って来たピピルちゃん。古代から存在する『ショウ・ユ』と『砂糖』で『スキ・ヤキ』という伝統料理を調理している。もちろん、その伝統料理の起源は料理神たるエルシィと言う名のどこかの誰かなのだが……。
舌鼓を打ちながらパクパクお肉を集中的に掻き込んで行くポポル君、白米を大量に食べながらお肉を味わうえるしぃちゃんと違って贅沢な食べ方をしている。
「お兄ちゃん~大儲けできたって聞いたけどお金はいつ入って来るの?」
「ん? ああ、研究開発に回せる素材が大量に手に入ったけど換金できないぞ? 盗掘なんだからバレたら一発で捕まっちまうよ?」
ピシリ。室内の空気がピピルちゃんを中心に固まった。えるしぃちゃんとルールンちゃんは我関せずとスキ・ヤキを黙々と食べ続けている。
すすす、とポポル君の食べているお肉のお皿の没収するピピルちゃん、 『何すんだよっ!』と声がでそうになるポポル君だが虚無の瞳をしたピピルちゃんには通用しないと理解する。
「換金できないお兄ちゃんにとってのお宝を回収してきた……と?」
「お、おお。でも、装甲材とかチップなら何でも屋の爺さんなら売りさばいてくれるかも……な? それなりに安く買い叩かれてしまうけどよ……」
「なぁんだっ! それなら…………――――早く売ってこい、明日にでもな……生活費が……カツカツなんじゃ――ワレぇッ!!」
ポコスカ叩き合いながらじゃれ合っている兄妹をみながら――仲いいですねぇ~そうだねぇ~。と微笑ましそうに見つめる二人。
ポポル君とピピルちゃん達『アガシオン家』台所事情は常にカツカツの貧乏状態なのだ。
次の日スラムの奥まった場所にある倉庫へ案内される二人、ポポル君が錆び付いて軋んでいるシャッターをガラガラと持ち上げると中からホコリがボフンと漂ってきた。
「けほっけほっ。ポポル君なにこの廃墟~、周囲に人の気配も少ないし……もしかしてその年齢で――」
「ちげぇっつの!! ここは俺達の両親が経営していた『アガシオン工房』だっ!! まぁ、立地も悪いから売ろうとしても逆に解体費が掛かるからそのままにしていたんだけど……戦利品デカブツが多いだろ? ここで解体して何でも屋の爺さんに売りさばくんだよ。ちゃんと、売却した金銭は渡すから心配すんな。お前らのおかげでお宝を回収できたんだからな」
:一国一城の主なのか……寂れたシャッター街のお店みたいだけど
:なんかロマンあるねっ! ここから成り上がり物語が始まるんだ! みたいな
:闇のブローカーが密売の現場に使いそう
がちゃがちゃと大まかな機材の移動をポポル君が始めたので二人も手伝う事に。重機並みの怪力を発揮するえるしぃちゃんのパワーで数十分もすれば一通り片付いた工房内。小さなボールやお人形が落ちていたのはあの兄妹がここで遊んでいた名残だろう。寂しそうにテーブルの上で佇んでいた。
:そうか……あの兄妹にとっては両親が残した場所なんだな……
:ドヴィン工房の奴らめ……
:お人形さんが……ピピルちゃんの物なのかな?
:借金まみれなのに健気に頑張ってるポポルきゅん……
リスナー達はこういう子供たちが健気に頑張っている物語が好きなようだ。
「出して欲しい物を指定していくから順番に資材や工作機器を並べて行ってくれ。作業用のゴーレムはここに頼む――ああ、それから大型魔導ゴーレムは出さないでくれよ? メインに売却する物は小型の魔導ゴーレムの制御チップだな。あれは汎用性が高い割に市場に出ていないからかなりの高値で引き取ってくれる。貴重なんだけどすげぇ珍しいってわけでもないんで売るなら狙い目の品物だな」
「ほ~い! ――ほいっほいっほいっと!」
「うわっ、あぶねぇぞ!? それ、精密機器なんだから丁重に扱ってくれよ? 売ったら昨日の肉が毎日食えるんだからな!?」
「む? ならば気を付けなければ!!」
「では私は清掃作業を続けていますね~」
各々が作業を行い工房内は地下都市の工廠で回収したお宝まみれになった。ポポル君が初めに行い始めたのはこの『アガシオン工房』セキュリティの強化。異空庫に収納できるものの解体作業や、改造作業で置いておかなければいいけない貴重なものも存在する。ボロイシャッターの裏側にセキュリティーコードを新設したタレットを数台設置していく。
あとは周辺を監視できるシステムをえるしぃちゃんの協力の元、カメラやトラップを仕込んで行く。
:うわぁ……見事な即死トラップ
:これ、地球じゃできないよね
:さすが異世界。強盗に容赦がない
:えるしぃちゃん楽しそう
「だって異世界では盗まれたら泣き寝入りなんてざらだよ? 司法がまっとうに働いているとは考えない方がいいよ? お貴族様が機嫌を損ねれば被害者が有罪になるなんて当たり前の社会だしね?」
:俺、異世界に行ったら生きていけなさそう
:暴力がまかり通る世界って怖い……
民主主義ではなく貴族制がとられている社会では明確な身分階層が存在しており民衆の立場は低くなっている。貴族と言う人種には関わらないことが民衆の共通認識とされているのだ。
中にはラーハン家などまっとうな貴族も存在しているが『貴き存在、高貴なる血脈』と豪語し本当に民衆とは違う血が流れていると信じている貴族もいる。
高度魔導文明が存在し生活水準が現代と遜色ないとしても『民主主義』などこの世界には存在していないのだ。統治形態としてどちらが優れているかと一概に言えないが、平和な世界である地球では受け入れられない社会であろう。
「結構変わった種族も多いし魔術や魔導具など存在する世界だとね、どうしても戦争が多くなる……のかな? 実際、エルフ種族も滅ぼされてしまっているしね……力を持たない者は淘汰され、力持つ者はそれを誇示し国を作っていった。――だから今、平和な地球の社会は割と好きだよ? 歪な社会構造をしているけど『血が流れない』んだから……ごめんね……なんだか湿っぽくなっちゃった……」
:野蛮だと思ってしまって申し訳ないな……エルフって滅ぼされているんだったな……
:今ある平和って大事なものなんだな
:耳が痛い……
:こういう配信を楽しめるのも平和だからか
「こうしてみんなとわちゃわちゃするのって大好きだよ?」
うふふ、と儚げな微笑みを見せるえるしぃちゃん。見た目は幼いが実年齢は三百三十六歳と結構なご高齢である。ハイエルフの種族であるので加齢が極端に遅い。女神化しているせいもあり寿命は気が遠くなるほどの年月を過ごさなければいけない運命であろう。
「さて、アガシオン家のお台所事情の為に解体作業を手伝ってこようかな? みんなも作業配信で暇だろうけど――ゆっくりしていってね?」
先程の憂いを無くした笑顔を見せる。こういう切り替えが早く人を幸せにできるような笑顔のできる人間はそうそういないだろう。えるしぃちゃんの魅力にやられたリスナー達はもれなく【えるしぃちゃんファンクラブ会員】への沼へと浸かっていくのだ。
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