第11話逃走すんべ

 工廠内部を歩いて行くと『第二十六区画・都市戦用兵器製作部署』と書かれた研究所に到着した。魔導都市で見かけた無骨な大型ゴーレムではなく五メートルほどの警備用として製作されている魔導ゴーレムが作業用アームにぶら下げられていた。


 他にも予備パーツや武装と思われるものが箱型の何かに入っているようだ。箱型のケースに付いていた金属のタグには『対魔物殲滅用グレネード』や『対人スタンバトン』と書かれている。


:ぜひ、我が国に売って頂きたい

:いや、日本に数機ほど……

:我が国は一機で五億ドル出すぞ!

:これは地球世界の軍事産業が一変する技術だなぁ

:ロボットバトルでスポーツが出来たら楽しそう

:軍人さんもこれを見たら目の色を変えるわな


 しばらくするとコメント欄には慈愛の女神が警告を出した。『いずれ、この異世界技術をローカライズして発表するから軍人の方々は大人しく待っていなさい……でなければ“私達と”戦争の意思有りとみなし、即時殲滅を開始します』と。


「よしっ! 俺が作業用ゴーレムを何とか起動させてデカブツを持ってくるからエルシィは異空庫を開いて色々な物を回収して行ってくれ! 魔導ドローンが来ないとも限らないしな」


「了解~ボスっ!」


 えるしぃちゃんは慈愛の女神に頼まれていた研究用のコンピューターへスマホを接続するとデータの吸い出しと雑多な物の回収に走る。人間には持ち上げることが出来ない武装のコンテナなどをホイホイ持ち上げて回収する姿に――作業用ゴーレムいらねえんじゃねえか……? とポポル君が呟いている。







 地下都市の兵器工廠の面積は意外と広く、大型から小型の魔導ゴーレムや武器弾薬をドンドン回収しているのにも関わらず全くなくならない。後半になって来ると重要な兵器設計図や貴重そうな鉱物を優先して回収していく。


 貴族が所属している異空庫の容量は屋敷にある倉庫程度の容量しか入らないはずなのだが、えるしぃちゃんの所持している異空庫の収納量に驚くポポル君。その話に触れないことが賢く生きる秘訣だと今回の件で学んでいるのでツッコミを入れたりはしない。


「うし、めぼしい物は回収したな……汎用セキュリティパスワードがあるだけでこんなにも簡単に貴重な物を手に入れられるとは思わなかったぜ……。エルシィ……そのパスコードを持っていることを絶対に都市の連中に言わない方がいいぞ? 通常の探索では迎撃用のゴーレムが数百機も押し寄せて来るんだからな……」


「言わないよう~。血みどろ争いが起きそうだもん」


 慈愛の女神も有用な兵器の設計図や複雑な術式データが得られて満足している。


「ん? 何か地響きのような音が聞こえて来るよ?」


「は? 巡回しているゴーレムか……? あっちに隠れるぞ!  見つかるとめんどくさい事になる」


 作業用ゴーレムの背部にマウントされているコンテナの中に隠れる。子供二人と少女が乗るのには少し狭いようだ。


 ゴォンゴォン。と接近して来る地響き。進行方向は現在地である工廠へ向かって来ている。コンテナの蓋を少し開いて確認を行う。


 どうやら魔導都市で製造されたらしき十メートル台の魔導ゴーレムが三機確認できた。随伴するスカベンジャーも数十名程存在しており作業用のゴーレムがコンテナを背負って来ていた。


『あんた達! 兵器工廠はこっちであってるのかい!? もし間違ってたら、ただじゃおかないよっ!』


『へいっ! アズエラ司祭様に嘘は吐きませんぜッ! ガーディアン守護者を回収したのは良いんですが、使用する武器弾薬が無いと締まりが悪いからですね』


『そうそう、お美しいアズエラ様に嘘などとてもとても……おや? 格納庫のセキュリティが解除されています……誰かここに来て貴重な宝を漁りでもしましたか? スカベンジャー共よ』


 ヒステリックな女性のキンキン声が拡声器越しに聞こえてきた。アズエラ司祭……という事は聖神教の関係者なのかもしれない。


 巨大なゴーレムに睨みつけられているスカベンジャーたちは全くのとばっちりなのだが一生懸命に来てない旨を伝えているようだ。


『まぁ、いいでしょう。――あなた達はすぐさま兵器や弾薬の回収作業に入りなさい。アズエラ様はこちらでお待ちくださいませ』


『わかったよ。――ほら、さっさと回収してきなスカベンジャー共っ! 高い金払って雇ってるんだ。給料泥棒は許さないよ!』


 スカベンジャーや作業用ゴーレムが兵器工場へ散らばっていき回収作業を始めた。しかし、大型魔導ゴーレムや予備パーツを欲張りえるしぃちゃんが回収しきっているのでもぬけの殻になっている工場に彼らには失望感が待っている。


「やつらが地下都市のセキュリティレベルを上げやがったんだな……でも、たんまりとお宝を回収した後で良かったぜ……。早くどこかに行ってくれないと逃げることができないな……」


「私を生贄にしようとする聖神教のクズ共が……」


「あのおばさんの声キーキーうるさいよね。ねぇ、ポポル君――わたし達が隠れている場所って作業用ゴーレムのコンテナだよね?」


「ああ、そうだけど……ヤバイ。これ、回収されるんじゃねえか?」


:聖神教の司祭か……なんかヒステリックな声だな

:許すまじ聖神教。ルールンちゃんを生贄にするなんて……

:あ、スカベンジャー達の足音が聞こえるよ!?


「おーい。こっちの作業用ゴーレム持って行くぞー! ――んだよ。司祭様、司祭様って……金払いが良いと思って着いて来てみりゃ危険な事ばっかしやがって――ケッ! それにしてもあの恐ろしいガーディアンの制御装置なんて怪しい物、信用できんのかねぇ……」


 作業用ゴーレムはコクピットブロックが剥き出しになっており、備え付けられている梯子に男性が登ると操作盤の起動キーを回した。ゴォン。とエンジン機関が起動した振動がコンテナにも響いてきた。


「(マズイな……聖神教のやつらタチが悪いからエルシィの異空庫の存在がバレたら奪われるかもしれねえぞ!?)」


「(聖神教なら殲滅するのも手だけど……目撃者になるスカベンジャー達も始末しないとポポル君やわたし達もこの都市で指名手配されるんじゃないかな?)」


「(物騒だな!? コンテナを開かれずに撤退する事を祈るしかないか……)」


 工廠内の設備以外のお宝が存在しておらず聖神教の女性司祭の怒鳴り声が響いてきた。


『――工廠内の武器弾薬やゴーレムが全て持ち出しされている、だって? 古代遺跡の探索認可を得ているスカベンジャーは私達以外にいないはずだよっ!? となると、盗掘じゃないか……スマイラッ! 周辺に誰かいないか探し出せ! 私のお宝を奪った奴らを生かしちゃおけないよ』


『へ、へいっ! 殺っちまっても……いいので?』


『ああ、一人ぐらい生きてりゃかまわないよ、こんな大量にお宝を持ち出せる奴はバックに大貴族が付いているかもしれないね……かなりの数の異空庫が使われているに違いない。けれど探索の申請は出ていないのさ…………と、言う事は盗賊認定しても問題は無い。そして、殺してしまえば盗賊が持っている異空庫は私達が頂くのさ……とびっきりの美味しい獲物だ……そうだろう?』


:ミッション発動:見つからないように逃げろッ!

:見つかったら……あれ? 司祭の方が命の危険では?

:なぁんだ。見つかったら死亡(相手が)じゃないか……

:どうか見つからないように(相手の命の為に)


「(覚えていろよ……リスナー共……)」


「(おい、どうするんだ!? 犯人捜しをされているぞ!?)


「(見つからないように慈愛の女神に祈るのです……ッペ!)」


 結局大人しくコンテナの内部に隠れるしか方法はなかった。しかし、慈愛の女神に祈りが届いたのかコンテナを探索されることはなかった。まさに灯台下暗しである。


『アズエラ司祭様! どうやら撤退しているようで大規模な部隊は見当たりませんですっもしかしたら大型資材を運ぶための停止しているエレベーターシャフトを利用しているかもしれやせんぜ?』


『すぐに向かうよ! さっさと仕度しなッ!』


 慌ただしくえるしぃちゃん達を乗せたコンテナごと移動を開始する。必死になって探そうとしても見つかる事は無い。犯人はすぐそばにいるのだから。







 コンテナ内ではポポル君が顔を覆うヘルメットを製作しながらルールンちゃんが黒地の布をマントの形に急拵えで縫い合わせている。ヘルメットの接合が甘かったりマントの縫い目が雑であったり出来はお世辞にも良いとはいえない。揺れているコンテナ内にも関わらず作業を行う二人の苦労が偲ばれる。


 三人で脱出計画を話し合っていたところリスナーに一人が『怪盗団のように変身して華麗に逃走したらカッコ良くね?』と余計な事を言ったので変身グッズが製作されることになってしまう。


 変装したのち連中の隙を見計らい魔導浮遊ボードに三人で搭乗。華麗に脱走する計画を立てられた。


 顔や服装で捜索されては困るので身を隠すものを急遽製作する事になってしまったのだが、幸いなことに変装グッズを製作する資材は異空庫内にたんまりと収納されている。スマホの画面をスクロールさせていくと収納している物資の詳細を調べることが出来るハイテクなプログラムをアドミンと慈愛の女神の協力のもと組み込んでくれていたのでえるしぃちゃんはとても助かっている。


「どうだい? エレベーターシャフトの使用した形跡はあったのかい?」


「いえ、ありませんぜ……おかしい……。この二十六区画に来るにはルートが限定されているハズですぜ?」


「そんなこと言ったって現に持ち出されているじゃないかッ! まったく役立たずだね!!」


 アネゴ肌なアズエラ司祭が魔導ゴーレムの上に立って下っ端を叱り飛ばしている。部下である二人も魔導ゴーレムを降りてアズエラ司教に頭を何度も下げているようだ。


 コクピットブロックは通気性があまり良くなかったのか汗でアズエラの顔面の化粧が崩れてきている。 


 年齢は……お肌の曲がり角のようでファンデーションが結構濃く塗られている。見た目は美人なのだが口がかなり悪いようだ。赤髪のツインドリルのような髪型のテールが年齢に対して痛々しい。


 バイオプラント直通のダクトより狭くはなるが地上へ伸びているエレベーターシャフト内で騒いでいる連中。墜落の原因となった魔力消失フィールドは現在展開されていないようだ。聖神教の連中がガーディアン守護者とやらを持ち出す際に誤動作かなにかがあったのだろうとポポル君が推測する。  


「(良し……リーダー格が魔導ゴーレムを降りている。そろそろ抜け出すチャンスだぞ? エレベーターシャフトを辿って上昇して行けば元居た区画へ案内できると……思う)」


「(ふひひひ、小声で喋っていると悪の秘密結社が悪だくみを考えているみたいで面白いよね!)」


「(ああ、エルシィ様が……)可愛い……」


「(おい! 声が出ているぞ! ルールン――の姉ちゃん……)」


 呼び捨ては許した覚えはないぞ? とルールンちゃんがポポル君を睨みつける。魔導浮遊ボードはすでに出して魔力をゆっくりと込め始めている。三人の腰元にはロープが巻き付けられており、後は出るタイミングを見計らうだけだ。


「まったくっ! なんでこんな狭っ苦しい魔導ゴーレムなんて用意したんだい!? 私の化粧が落ちちまったじゃないか! ――これだから……私の美しさを分からない連中は――」


 アズエラ司教の長い説教が始まったのを見計らいコンテナの蓋をえるしぃちゃんが蹴り上げた。バァンッ、と大きな音がたったことに膠着している連中。フォンッとボードが粒子を吐き出しながら飛行する。進行方向は――アズエラ司祭。


「なっ! あんたたちが――――ぷぎゅるっ!!」


 えるしぃちゃんの空中キックがアズエラ司祭の顔面を捉え蹴り飛ばした。魔導ゴーレムの高さは十メートル程あり下手をしなくても大怪我である。


「呼ばれなくても【怪盗えるしぃ仮面】参上!! ふぅ~ははははっ! お宝はいただいたなりぃ! 化粧が濃いおばさんはお呼びじゃないんだよ! とっととくたばっちまいなぁ~。――んじゃ、ばっはは~い!!」


 落下したアズエラ司祭を助け出すためにスマイラと呼ばれた身体のデカい悪人面の男と、二―ニックと言う名の線の細い神経質な男がアズエラ司教へ駆け寄っていく。


「「アズエラ様ぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」」


:や・り・や・が・っ・た

:えるしぃちゃん……本名名乗っちゃ駄目だよ……

:でもなんかスカッとしたわ

:聖神教にヘイト溜まってたんだろうな


「全力前進ッ! あんた達ぃ! 着いてきなぁ!!」


:えるしぃちゃんアズエラ司祭の口調うつってるよ

:でもなんか楽しそうだからいいや

:かわちい

:ボス! ついて行きやす!


 グングンとエレベーターシャフトを登って行った。遅れて起動した魔導ゴーレムが三機発進する音が聞こえてきた。

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