第10話トラブルはつきものです

「ポポル隊長っ! 準備完了で~す!」


「同じく準備完了です。ふふふ、楽しみですね」


 日が昇る前の早朝に家の前で整列している二人、返事は良いのだが格好はいつもの軽装だ。えるしぃちゃんは色違いのパステルグリーンのパーカーだしルールンちゃんも凛々しい男装姿でパンツルックでキメていた。ブーツにグローブを装着しているのは怪我防止の為なのだが――もっと、こう。わかるだろ? おまえら……。とポポル君は溜息を吐いていた。


 ポポル君は黒髪天パのくるくる頭にヘルメットを被り、照明の魔道具を装着している。武装は巨大なレンチを背中に装備していた。なんでも魔力をレンチに通すとギリギリと狭まっていき圧壊させるという恐ろしい武器だ。魔道具の調整に普段でも愛用している両親の形見なんだそうな。


 身長がえるしぃちゃんとそこまで変わらないためレンチが物凄く巨大に見えてしょうがない。


「うっし、いくぞー」


「「おー!!」」


「いってらっしゃ~い! 金目の物を回収してきてね~!!」


 欲望全開のピピルちゃんのお見送りで地下都市へ探索へ向かう。


 排水溝の蓋を開けた際に物凄い悪臭に女二人は盛大に浄化の術式を使用する。スラム街の異臭の三割が消え去ったことにちょっとだけ騒動になった。こっそりと行動するそ! と意気込んだ瞬間に騒動を起こすこの二人に先行きに不安を抱いたポポル君であった。







 地表部にある排水溝を辿っていくと地下方面に伸びる大きな空洞に到着する、どうやら地表から流れ込む雨水や汚水をまとめてバイオプラントに送り込む巨大なダクトらしい。確かに壁面に『E-34 BIO PLANT』と彫り込まれている。異世界文字で書き込まれているのだが大体そんなニュアンスだろう。


:すげえ……異世界なのに地球よりすげぇ

:もうSF世界なんじゃないの? オービタルリングあったし

:もっと、牧歌的な異世界生活かと思った

:宇宙要塞とか出て来るんじゃねえの?


 ポポル君が背中に色々背負っていた物を降ろすと魔導浮遊ボードを渡してきた。


「これを使ってこのダクトをゆっくりと下降していくんだ。このダクトはセキュリティが甘いから感知されないんだが……なるべく中心部に寄るんだぞ? 魔力量が俺みたいに少なくても減速しながら降下することぐらいできるんだからな!」


「は~い! 隊長」


 壁面などは長い年月で苔や土砂などが堆積しておりカビ臭い匂いが漂っていた。ダクトには特殊な資材を使っているのか経年劣化が余り見られない。灰色のコンクリートのように見えるが光沢があり不思議な素材のようだ。


 二台のボードをロープでつなぐとポポル君を先頭に二人も着いて行く、えるしぃちゃんとルールンちゃんは二人乗りで窮屈だが、しっかりと背中からルールンちゃんが抱き着いているので問題ないようだ。


 数十メートルものダクトの中心に辿り着くとゆっくりと降下していく。


 かなりの距離を降下しているがポポル君曰く、階層ごとの高さが異常に長く五階層と言えどかなりの深さになるそうだ。


「う~ん。おっかしいな? こんなに寒かったっけ?」


 ぶるりとポポル君が自身の身体を抱くように震えた。ダクト内部には冷たい空気が降下先から吹いてきているようだ。地上では春の季節なので少々、肌寒いのは分かるが現状あまりにも寒すぎる。


 えるしぃちゃんの超視力が何かが点灯しているのを見つける。


「隊長~! 奥の方にある看板が光っていますよ~?」


「――――は? なんて書いてあるか分かるか? 恐らく作業員に警告する為のなにかがかかれていると思うんだが……」


「え~と『第一級警戒警報発令。迎撃体制へ移行。作業員は指定のシェルターへ避難せよ』だね! ――大丈夫なの? これ」


:何かが始まる序章であった……

:トラブルが起きないといけないお約束でもあるんですかぁ!?

:バリバリ警戒されてますやん

:大丈夫です!(じゃないです)


「!! 離れないようにしっかりとボードに捕まっていろ!! ――落ちるぞ」


 カクン――突如、乗っているボードの浮力が消失した。ふわりと内臓が浮く感覚。安全帯を付けずにバンジージャンプをするとこのような感覚になるだろうなぁ。とえるしぃちゃんは考えていた。


「魔力消失フィールドが展開されてやがるッ!! どこかの誰かわからねえが地下都市の警備網を刺激しやがったんだ!」


:たまひゅん

:ひぃえぇぇえぇぇぇ!!

:えるしぃちゃん楽しそうに笑ってる

:あ、大丈夫そうだね


「ほぉぉぉぉおおぉぉぉっ!! 古代都市探索はワクワクが一杯だねぇ!」


「ふふふ、エルシィ様が楽しんでおられるようでルールンも幸せですよ?」


「おまえらぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!! 随分、余裕、あんじゃねぇかっ!!」


 銀髪と金髪の髪の毛が逆さまにパタパタと揺らめきながらも楽しむ余裕があるようだ。ポポル君はこんな状況でもツッコミを入れているので案外大丈夫なのでは? とえるしぃちゃんは思っている。


 探索予定だった五階層を過ぎ、七階層、十階層、と壁面に表記されている階層を通過していく。現在下降、いや、落下しているダクトはバイオプラント直通のとなっておりこのままではエネルギー転換炉に落下してしまう。おそらく普通の人間では生きていられない環境だろう。


「ポポル君どこで止まればいいのかな?」


「――は!? できるなら今すぐにでも止まりてぇよっ!! できるならやってくれよぉぉぉおおぉぉ!!」


「は~い! しっかりボードに掴まっててね? じゃなきゃ――――死んじゃうよ?」


 えるしぃちゃんはボードをゆっくりと傾ける。するとボードが受けた空気抵抗により壁に近寄っていく。何をするのか理解しているルールンちゃんはしっかりとえるしぃちゃんを抱き締めた。


「そぉい!」


 貫き手の形に手先を構えると勢いよく壁へ優しく突き立てた。ギャリギャリギャリ、と壁材を削り取りながら速度を落としていく。貫き手を奥深くまで突き込まないように絶妙に調整しているのは急停止の反動でルールンちゃんとポポル君がボードから落下しないように気を付けているからである。


 ガリガリ削れていく壁材が通り過ぎた地点に粉塵を巻き起こし石礫がコンコンとポポル君の頭に落ちて行く。そして、ようやく停止する事が出来た。ポポル君はボードに巻き付けたロープで辛うじて落下を免れており根性でボードにしがみ付いていた。


「ぜひっ、ぜひっ、ぜひゅっ、ぜひゅっ…………た、助かった……」


 壁材が削れ発生した粉塵により粉塗れになった顔には涙と鼻水でぐちゃぐちゃのドロドロになっていたポポル君。それに対してえるしぃちゃんとルールンちゃんは涼しい表情で壁の縁に座りながら用意して置いたお茶を飲んでいた。


「お、お前ら……早く引き上げてくれると嬉しいんだが……」


 片手でポポル君が掴んでいるロープを引き上げると疲れ果てたのか壁の縁に座り込んでしまう。ほいっ、とペットボトルの飲み物を手渡すと勢いよく飲み干してしまう。飲み物のラベルには地球の有名なメーカーのロゴが入っている。


:予想通り平気なえるしぃちゃん

:ポポル君悲惨やな……

:いよいよ冒険らしくなってきたぞ

:地球産のスポーツドリンクは優秀

:【慈愛】広告の案件を後から受注するから好きなだけ物資を利用しなさい。異空庫に試供品がたっぷり入っているハズよ


 抜け目のない慈愛の女神は【えるしぃちゃんねる】でプロダクションに提供された地球の飲食物の試供品を魔導デバイスの異空庫に入れていたのだ。もちろん企業からたんまりと広告費を頂く計画を立てていた。さすがは腹グロ女神。


「それで。ここはどこなんだろう?」


「ちょっと待ってろ…………嘘だろ? 『第二兵器工廠』……ヤバイぞ。ここは」


 セキュリティが特に厳重な区画に落下してしまったようだ。







 慎重に魔導ドローンの警戒を潜り抜けていく三人。悟りを開きやけくそになったポポル君は『どうせなら魔導ゴーレムのパーツや高性能なチップぶんどって帰ろうぜ!?』と焦点の定まらな瞳で言ってきた。えるしぃちゃん達と行動する上で必要な境地に辿り着いたのであろう。もうどうにでもな~れ、と。


 両親の教えの賜物なのか幼い頃から遺跡に侵入を繰り返していたのか、セキュリティの合間を潜り抜けたり、ポポル君の適確な誘導で重要施設へドンドン近づいて行っているようだ。


「次は空調のダクトを辿って行けば恐らく工廠内部に侵入する事が出来るはずだ。それ以上はセキュリティが強固だからおまえらにどうにかしてもらわないといけないんだが……」


:ポポル君……いや、『さん』付けをしなくては

:かっけぇぞポポル君。見た目は小学生なのに

:ポポル君さんかっけー

:えるしぃちゃん何をしているの……?

:たいしたもんだ……だが、ハイなエルフさんは……


「だよね? おこちゃまなポポル君がここまで優秀なんて……わたしは大人だから後方師匠ヅラをしていればいいんだからね!?」


「リスナーの皆様方、エルシィ様を侮辱したらラーハン家に伝わる勃起不全になる呪いの儀式を行いますから……ね?」


:ひぃっ! すいませんルールン様! 

:それだけは! それだけはご勘弁を!


「おい、グズグズしてないで行くぞ!」


 所持していた工具で空調のダクトの蓋をこじ開けた。子供サイズでは余裕で通り抜けられるダクトなのだが、ルールンちゃんのおっきなお胸に二人の視線が向いた。


「ポポル君って……スケベだったんですね……メルシーちゃんに報告しますね」


「ばっ……ちげぇって! 辞めろよな? ほんっとうに報告するなよ!?」


 ポポル君いじめはとっても楽しいのだがこれ以上すると泣きだしそうなので話を切り上げる。ルールンちゃんを先頭にダクト内部を突き進んで行く。


「あんっ――エルシィ様ったら大胆ですね。お尻ならいつでもお触りになってよろしいですのに……」


「…………え? わたしじゃないよ?」


「――わざとじゃねぇ……さっきの分岐でエルシィと前後が入れ替わってしまったんだよ……ほ、ほんとうだって! そんな殺気を俺に向けるなよ! 頼むから!」


 ルールンちゃんのぷりぷりオケツに頭をダイヴさせたのはポポル君であった。


:ポポル……許すまじ

:絶許ポポル

:これ、この撮影しているスマホを先行させればいいんじゃね?

:それだ! えるしぃちゃん偵察して来るよ?


「ほほう! リスナー達も役に立つ提案をするじゃん! ――コメントをしてくれた君にはえるしぃポイント追加だよ! ちなみに、ポイントとえるしぃちゃんオリジナルグッズと交換できるからね? 頑張ってわたしをサポートしてね?」


 さっそく撮影しているスマホを遠隔操作してダクト内部を先行させていく。


:お、そこから周囲を見渡せるぞ?

:うわぁ……ダクトの位置がかなり高いな

:配管を伝えば降りれそうだな

:待て、魔導ドローンが徘徊しているぞ

:迎撃用のタレットが配置されているな

:一、二、三……十台以上あるぞ……


 さっそく偵察の結果をリスナー達が三人に伝えた。兵器工廠に辿り着いたのは良かったのだが複数設置されているタレットが問題だ。


「これ、すげえ便利だな……リスナー? という人間達を会話できるんだろ? すごいもの持ってるなあ……後で分析してもいいか? ――いや、辞めておこう」


 スマホを触りながら興奮するポポル君。ルールンちゃんに睨みを効かされると大人しくなった。タレットを強引に破壊する事も可能なのだがどうせなら資材として確保したいのも事実。えるしぃちゃんの戦力を当てにしなければならない為決定権はを持っているのは彼女だけだ。


「大人で賢く可愛いえるしぃちゃんにドンとまかせないっ!!」


 ドヤ顔で自信満々に言い放った。







 スマホをこっそりとタレットに近づけると集積回路にハッキング術式を発動させ無力化していく。アドミンから学び様々な技術を会得した慈愛の女神による作業が坦々と行われていく。


「よし、これで最後だね。このタレットは異空庫に収納しておくから、後でわたしたち用の魔道具を何か作ってね?」


:ドヤ顔の結果=慈愛のママさん

:大人って汚い

:えるしぃちゃんなにかしました?


「あ、ああ。わかっている――うっひょお! これだけでも結構な金額で売れるぞ……? でも、足が付きそうだから改造用にパーツ取りしかできないんだよなぁ……」


 ブツブツいいながら工廠の作業員用入り口のパネルを解体していく。そこにあるコードにスマホを接触させてセキュリティパスワードの解析を行うからだ。


 超高度魔導文明と言えど仕組みはシステムやプログラムなどは地球の技術と似通っている部分が多い。どこの世界の人間の技術が発展しても大本の動力が違うだけで技術ツリーは似たようなものだ。


 数分程パスワード解析に時間が掛かったが、カシュッ。と空気の圧搾音を立てて金属の扉が開閉された。


:【慈愛】最重要施設は無理だけれど、汎用のパスコードを入手したから一定の施設には侵入できるようにしているわ。ホストコンピュータがあったら必ずデータ収集をすること? いいわね?


「はぁーい、慈愛ママ」


:慈愛ママ大活躍

:俺らは技術が無いから攻略のヒントを見出せばいいのさ

:んだんだ

:お宝とご対面じゃあ!


 兵器が製造されている工廠へ歩を進めていく三人。ホコリが積もっている事から長い間誰の侵入も許していなかったようだ。

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