魔導都市マキナス 古代遺跡は危険な香り

第8話魔導都市マキナスへ

 虫達の羽音がりぃんりぃんと鳴り響き賢い夜行性の魔物も人の多い野営地には近づかない。カサリと草を踏みしめる足音が数人分えるしぃちゃん達の野営場所へ近づいている。


「おい、他の商人の護衛のランディ達が手を出すなって言ってたんだろ、本当に大丈夫なのか?」


「ああ、ガキが二人に護衛が一人だから問題ねぇ。ちと、結界の魔道具の処理が手間だがご禁制の異空庫を所持してやがる。裏に流せばちょっとした大金持ちだぜ? メリットの方がでけえぞ? ウチの商人様が裏にルートを持っていてな……ノリノリで賛成してくれたぜ?」


「まじか? なんでそんな貴重品を見せびらかすのに護衛が一人なんだ? バカなお嬢様ご一行ってか? はははっ」


「馬鹿野郎……声がでけぇよっ。ウチの盗賊職シーフが結界破りの魔道具を持ってんだ。今、作業してっから出番まで大人しくしておけ」


「へいへい。ガキを含むたった三人の雑魚相手に緊張する方がおかし――」


 背後から伸びてきた手で口を塞がれると首筋を何かで掻き切られた。口さがない男の命が潰えた。


 ぴちゃり。何か生暖かい液体が指示を出していた男の頬に掛かった。


「んだよ。きったねえなっ! ジョーンズ! しょんべんでもして――んの……かはぁっ」 


 眼球から脳髄まで刺し込まれた先端が細い暗殺用ナイフがトドメにぐるり一回転する。ナイフをそのままに結界を破壊しようとしている盗賊職の男の頭頂部から抜き放った剣で唐竹割りにした。


 殺害した時に剣に付着した血液を振るい落とし暗殺ナイフを死体から回収する。指示を出した商人の所に残っている人間は四人。うち二人は護衛だったはず。


「――まったく。いつから商人が盗賊家業に手を染めているんだ? 我々ラーハン家に手を出すという事は命は惜しくないようだな……エルシィ様とルールン様が起きられる前に処理せねばな……」


 手首に付いているバングルがキラリと光る。夕飯の後に隠蔽の術式を発動させたままえるしぃちゃんがダインに預けている魔導デバイスだ。そのおかげで足音や臭いなどが盗賊職でも感知できなくなっている。あと、えるしぃちゃんが異空庫の使い方を説明しながら“盗賊の戦利品”を回収して置いて欲しいなぁ……と上目遣いでおねだりをされている。


 売り払ってルールンちゃんとの旅の資金にすると言われればダインは否とは言えなかった。


 騎士団長であるダインの技量は並大抵のものではない暗殺術や格闘術、剣技に指揮など様々な技術を習得している。そこら辺のピンチラや護衛程度数十人いても余裕で相手にすることが出来る。


 断末魔が多少上がる誰も“気にしない”。護衛の人間は何が起きているか分かっているし商人達も口に出す事は無い。夕方に感じた威圧感に尋常ではない子供の実力。“手を出すな”と護衛の誼で忠告はしているのだ、義理は果たしている。


 朝日が昇る頃に一組ほどの商人や護衛、馬車が消え失せていようとも何も言わないし聞かない。えるしぃちゃん一行の馬がやけに増えている気がするがきっと気のせいだ。


 商人だろうが護衛だろうが盗賊行為をした瞬間から彼らの処遇は生死不問デッド・オア・アライブの常識なのだから。


 えるしぃちゃんは商人の馬車に積んであった珍しい食材をふんだんに使った豪華な朝食をパクパク美味しそうに食べている。


 ちょっと血生臭い空気が漂っているが異世界では日常茶飯事だから気にしない。







 馬車数台分の戦利品を手に入れて懐がホクホクのえるしぃちゃん。ルンルン気分で魔導都市マキナスが見える位置まで到着した。【えるしぃちゃんねる】でも旅気分を味わってもらうために配信を行いながら異世界の風景を撮影している。


「ふおぉっ!! なんか――――飛んでる?」


「あれは魔導ゴーレムの試験飛行の様子ですね。近々魔道具のコンテストが行われるようで研究者は発明家たちが魔道具の仕上げに追い込まれている時期ですね。私も何度かコンテストを見に来たことがあるんですよ?」


「ほぇえ~。かっちょいい……」


 ゴーレムと聞いて鈍重な岩の巨人を想像していたのだが思ったよりも近代的なフォルムとなっており背部のブースターから蒼色の炎が激しく噴き出している。右手には巨大な戦斧バトルアックスが装備されており、反対の腕に大盾ラージシールドが固定されていた。


 試験機プロトタイプらしく装甲材は鈍色の金属そのままで味気は無いがそこがロマンを感じさせる。


:しゅんごい……ギャンダムです……

:異世界でもロマンが分かる奴がいるんだな……

:二本角は基本です

:バッカ! モノアイに一本角の方が至高だるぉ?


「あれ一機貰えないかな……欲しい……」


「国家予算クラスの予算が掛かっていますし製造されても国に納品されるだけで一般に市販されていませんよ? 貴族でも所持するには台数が決められていますし戦功を立てている家系でないと手に入れるのは難しいらしいです――ですが、抜け道があってパーツごとにバラして販売をしていたり……と、お爺様から伺っています」


 何処にでも裏の道というものがあるらしい。えるしぃちゃんの生活していた時代にはあんなロボットは存在しておらず超魔導文明を経験している今の時代だからこそ開発されたのだろう。おそらく魔導文明時代から発掘される遺物にも存在するのかもしれない。――後でアドミンに聞いてみよう……。


 都市へ入場する前に馬車を降りて徒歩で移動しなければならない。ダインさんと一緒に行動している所をあまり見られてはラーハン家にとって良くないことになるからである。


「お嬢様。ラーハン家一同無事のご帰還を祈っております……」


「封印の件で何度か戻ることがあると思いますが……ありがとう。いってくるねっ!」


 そう言って馬車を降りるえるしぃちゃんとルールンちゃん二人。そしてラーハン領へ帰還していくダインさんに向けてばいば~い、と手を振って見送る。


 馬車が見えなくなるまで見送ると二人は手を繋いで魔導都市へ向かう。


:ダインさんカッコ良かったな

:忠義の騎士っぽかったよな

:俺もああいうシブイ大人になりたい……


「ほらほらリスナー達。観光にいくぞー? ギャンダムを買えるなら買っちゃうんだもんねっ!!」


:え、アレ高いから無理じゃないの?

:めっ! ですよ? お菓子にしときなさい

:いや、まぁ、欲しいのはわかるよ? うん


「う~ん。作るか……?」


 不穏な言葉を残しつつ入場口へ進んで行く。きょろきょろと視線を彷徨わせるお上りさん状態のえるしぃちゃんの手をルールンちゃんがお姉ちゃんのように引っ張っていった。


 入場税を二人分支払い開かれた門をくぐるとトンテンカンテンなにかの金属を加工する音があちらこちらから聞こえてくる。建物と建物の間はとても狭くぎゅうぎゅうに敷き詰められているようだ。


 増築を何度も繰り返されているのか乱雑に積み上げられた積み木のようだ。


:ロゴブロックで作った城砦みたいだな

:どこかで見た事あると思ったらそれだ!!

:異世界文字の看板が味を出してるね

:スラム街っぽい


「登っちゃう? 登っちゃう?」


「駄目ですよ~? その気持ちはわかりますがまずは……どうしましょう? ご飯でも食べます?」


 ラメ入りキラキラパーカーを目深に被りながらぴょこぴょこジャンプしているえるしぃちゃん。エルフであることに後ろ暗い事など無いが封印の情報を探すために長いお耳を隠している。


「ちぇっ。ルールンちゃんのおすすめのお店でご飯をたべたら露天巡りしよーよ!」


「はいはい。では、こちらに美味しいと評判の薄い小麦の生地で包んだ肉野菜巻きがありますよ~。手頃な値段でボリュームがあるので二人で食べましょう?」


 ルールンちゃんが購入してきた肉野菜巻き、見た目はまんまトルティーヤであるが肉汁が野菜に染み込んでいてとってもジューシーで美味しかったようだ。


 雑多な街並みにベンチなど存在せずに行儀は悪いが立ちながら食事を終わらせる。気の向くままに露店をフラフラと物色しているとリスナーが何かに気付いた。


:あ! えるしぃちゃんあれあれ! 右奥の通路の方だけどキックボードみたいなものが浮いていたよ? 見てみたらどうかな?

:なにぃ? 飛行板ってやつか? 

:マジ? お土産よろしく!


「んむむ? ちょっと見ていこうか~」


 裏路地に入ると地面にシートを敷いて商品を並べている露店がちらほらと店を開いていた。ガラクタのような商品が多いがキックボードようなものを発見した。


 店番をしている少女が行儀よく座っているが背後にいる少年はボードの整備を行っているようだ。


 子供と老人にはコミュ強さを発揮するえるしぃちゃんは彼女達に声を掛ける。


「ねぇねぇ、この浮いている板はなんなの? 超かっちょいいんだけど!」


 ハイテンションエルフの態度に若干引きながらも店番をしている少女が健気にも説明を始める。


「これはですね、えっとえっと。――そう、魔導浮遊ボード・MK-25です!! このハンドルに魔力を込めると浮遊できるのですが……」


「おおっ、まーくにじゅうご……。ん? ――ですが?」


 ちょっと気まずそうな顔をすると魔導浮遊ボード・MK-25を渡してきた。


「ハンドルを掴んでボードに乗って頂くと分かると思いますが……人の体重を支えて飛行するには魔力の消費が凄くて……常人では耐えきれなくなり気絶します――――はぁっ!?」


 渡されたボードで狭い裏路地をビュンビュン飛び交うえるしぃちゃん。『ひゃほおぉぉぉおおぉぉぉぉおっ!』と声が遠ざかったり近寄ったりと楽しそうに遊んでいた。


「え、えぇ? なんで……? 誰も乗れなかったハズなのに……――お兄ちゃんっ!! 見て!! お兄ちゃんの作ったボードを操作できる人がいたよ!?」


「――んあ? そんなわけねーだろ……あのボードにどれだけ緻密な術式回路積み込んだと思ってるんだよ……あんなの理論上、魔導ゴーレムをバッテリー無しで運用できるぐらいの魔力保有者しか………………………はぁッ!? ま、まじか……飛んでる…………飛んでるぞ!? はははは! す、すっげぇ!! すっげぇぞ! ピピル!!」


 ボードを操縦して遊んでいるえるしぃちゃんを微笑ましく眺めているルールンちゃん、彼女は好きな子をとことん甘やかすタイプでありダメ人間製造機の素質があった。つまり、暴走機関車はどこかへ飛んで行ってしまった。


「お、おい。連れのお、お姉さん? ちっこいガキが飛んで行っちまったけど戻って来るよな? あれの製造費結構するんだが……金はあんのか?」


「――あ゛? ガキとは誰の事いっとるんじゃわれぇッ!? ブチ転がすぞ……? ――おほほほ、もちろん金銭はしっかりと持っていますし私は貴族ですので支払いも身元も問題ありませんよ? 大人しくエルシィ様が遊び疲れるまでお待ちなさいな……」


 ルールンちゃんはここまで沸点の低い少女ではなかったのだがえるしぃちゃんに執着をし始めてから枷が外れかけてきているようだ。かつてのリーリンちゃんも冷酷撲殺エルフという通り名が付いていた。もしくはエルシィ狂とも。


 リーリンちゃんの遺伝子がルールンちゃんに濃く出過ぎているようだ。


「…………は、はぃ……。(ピピル……このねーちゃんマジ怖えぞ……)」


「(質素な格好に見えるけどこの服装有名なブランドものだよ……? きっと、お忍びで散策しているお貴族様だよ! 失礼な事言っちゃうと隠れた護衛さんにバッサリ切られちゃうよ! 言葉に気を付けてねお兄ちゃん! お兄ちゃんが死んだらへそくりをもって私逃げるからね!)」


「(ひ、酷い……妹が冷たい……)」


「(研究費や製造費に生活費をじゃぶじゃぶ注ぎ込んで、おまんま食い上げにする極潰しのお兄ちゃんなんて一緒にいるの私くらいだよ!? もし、私のへそくりに手を出したら……こっそり※※※している事、お兄ちゃんの好きな近所のメルシーちゃんにバラすんだからね!!)


「え、なんで知ってるの……ウチの妹怖い……」


 お兄さんの背後にルールンちゃんが回り込んで座っていた。兄妹の会話に混ざるように耳元で囁く。


「――仲のいい兄妹ですね。私、ひとりっ子なんで羨ましいです」


「ひぃっ……急に話に入ってこないでぇっ!!


 ゾクリと背筋に寒気と変な快感が走るお兄ちゃん。魔性の女へと覚醒し始めるルールンちゃんは年若い少年の性癖を無自覚に歪めていく。


 えるしぃちゃんが満足して帰ってくるまで兄妹が少し引きながらも会話を続けていくう。なんとなく仲良くなったえるしぃちゃん達は兄弟のお家へお邪魔する事となった。

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