第5話むむむ。あやしい……

 お屋敷の裏手にある山を掘り進んだ先に古代の祠『生命の揺り籠』が存在しているらしい。二千年以上も昔に崩れ去ったのだがラーハン一族が永い時を掛けて発掘。代々守り続けているという話だ。


 その暗い坑道をラーハン一族とえるしぃちゃんが魔道具の光を頼りに進んで行く。魔法が禁忌とされている割には“魔導具”は人類に普及しているらしい。


:こういう古代の遺跡とかドキドキするよね

:お宝があるのかな?

:もう、配信と言うよりえるしぃちゃんの冒険みたいだな

:そりゃ、あんだけシリアスな話じゃねぇ……


「ちゃんとコメント見てるよ……ちょっと元気ないけど……」


 エルフ的超感覚でコメント欄をキチンと把握しているえるしぃちゃん、今はちょっと気持ちに余裕が無いようだ。


:そうだよな……

:すまん

:なにかリーリンちゃんの情報が掴めると良いね

:だよな。なにか分かるかもしれないし……元気出して?

:応援してる……リーリンちゃんの最後があんななんて信じたくない!

:うんうん、バットエンドはえるしぃちゃんに似合わないよ!


 リスナー達の暖かいコメントに少しだけ笑みが戻って来るえるしぃちゃん。その儚くも力ない笑みにかなりの数のリスナーの胸がトュンクとときめいた。


 いつもはアホアホなコミュ障エルフだが見た目が超絶美少女だからタチが悪い。


 恥ずかしそうにボソリと美少女エルフが呟いた。


「――ありがと……リスナー達」


:……デレ期がきちゃ

:我々にフラグ立ちました

:俺に対してだよ! えるしぃちゃんは俺の嫁!

:これは破壊力高いですわ

:REC●


 ローレンツが歩みを止めるとえるしぃちゃんへ祠の概要を説明する。


「これが我が一族に伝わる古代遺跡でございます。これより先は破壊不可能な物質で構成されており進めないのです。我々も『生命の揺り籠』と言い伝えられているだけで何もわかっていないのです――ですが、エルシィ様なら何かお分かりにならないかと思い立ち御案内をいたしました……」


 磨き上げられた黒曜石の様な鈍い輝きを放つ壁に操作盤と思われる何かが壁の前に存在していた。操作盤は淡く点滅を繰り返し存在感を示していた。その点滅している記号は解読不能と説明をするローレンツ。えるしぃちゃんは操作盤に近寄って点滅する記号を確認する。


「――これはッ!」

 

 操作盤を読み解いて行くえるしぃちゃん。その記号に見覚えがあったようだ。


:わかるのかっ!?

:【慈愛】精鋭騎士団内で使用されていた暗号ですね……なつかしい……

:【闘神】あんまり使う機会はなかったのぅ

:古代ミステリーとは身内の暗号で書かれている事がざらにありそう……

:ワクワクする


[神聖エルシィ帝国所属・エルフ特務部隊戦略研究所]


・この操作盤に刻まれた内容を読み解ける者に告ぐ。エルシィ閣下に忠誠を尽くす者ならば生涯守り通し、口を噤め。あのお方を煩わせる事など罷りならぬ。


・特にラーハン一族の出自の秘中あり。忠誠を誓えぬのならば潔く去れ。知る必要のない秘密だ。


・それでもなお知りたいのなら進め。進めるものならな。


・ここは通る者は我ら精鋭騎士団の者とエルシィ様のみ。もし……もし、エルシィ様がいらっしゃれたのならば我らの恥をお許しください。生きてあなたに仕えられぬことが我々の生涯の汚点でございます……。どうか……どうか……お許しを……。


「――――と。…………そうか」


 操作盤に刻まれた内容をラーハン一族へ語って聞かせたえるしぃちゃん。


 ローレンツはラーハン一族ですら伝えられなかった内容と一族の出自の秘密に嫌な予感がしていた。だがここまで来て知らないままでは居られない。


 どうかこの先へ我々と共にお進み下さいと言う意思をえるしぃちゃんを見つめながら伝えるローレンツ。その決意の籠ったローレンツの表情にえるしぃちゃんは返答としてコクリと頷いた。


 ――だが、操作盤の前で固まってしまったえるしぃちゃん。


:これ、あれじゃね。開け方わかんないんじゃないの?

:キリッ! ラーハン一族の決意を受け取ったッ! あれ、開け方分かんない? だろうか?

:【慈愛】操作盤に一定時間触れなさい。まったく、締まりが悪いわね

:プークスクス。えるしぃちゃんカッコ悪い

:シリアスブレイカーだよな。えるしぃちゃん


 そっと操作盤へ手を当てる。ちょっと頬が赤くなっているけどラーハン一族はそこには触れず気を使える人間のようだ。特にローレンツの指示をルールンちゃんの両親は大人しく聞いている。名前すらえるしぃちゃんは聞いていないのだが爺さんには頭が上がらないようだ。


 操作盤の輝きが強くなると蛍光色のグリーンのラインが壁面に走った。そして操作盤から電子音声が発せられる。


[――固有魔力反応を検知・エルシィ・エル・エーテリア様のDNAマップとの照合――完全一致しました。――施設内の全ロック解除。登録された音声を再生します『おかえりなさいませエルシィ様……お待ちしておりました……どうぞ中へお進み下さい……』]


 遥か昔に登録された音声。それはリーリンちゃんが残した記録であった。


 ゴゴゴゴ、と長い間開くことのなかった壁面が左右に開いて行く。えるしぃちゃんを先頭にラーハン一族も続く。ローレンツや両親は開かずの間として伝承に残ってはいたがそれを本当に開けるとは思っていなかったのだ。その心の内は複雑だ。かつての始祖が神と仰いだエルシィ様。子孫までも崇拝する必要は無いし大切にこそは思われても忠誠を誓う対象ではない。


 しかし、ルールンちゃんは伝説の始祖様の崇めるエルシィ様が目の前にいる上に身体を張って助けられている。すでに恋する乙女――かつてリーリンちゃんが抱いていた崇拝に近い感情を抱きつつあったのだ。


 えるしぃちゃんがリーリンちゃんの面影をルールンちゃんに見出す程顔の造形が似ているのだ。始祖の執念……呪いと言っていい程の精神性すらも……。かつて、リーリンちゃんは教団内でこう言われていた――『超絶ヤンデレエルシィ狂』と。


 研究所の内部は驚くほど清潔で近未来的だった。一面白い物質で構成されルート案内が空間投影されたホログラムで表示されてる。


:しゅんごい……

:ここ、異世界だよね? 中世ヨーロッパ風な異世界だよね?

:ある意味異世界……

:カッコいい……


 施設は超高度魔導文明そのものが残されておりその重要性は言わずとも分かるはずだ。そして、エレベータールームと表示された場所へ辿り着くと部屋自体が自動的に地下へ潜行し始める。


「うおっ、なんじゃ? これは――部屋が動いておる……」


「すごいです……さすがエルシィ様……」


「あなた……怖いわ……」


「大丈夫だよ……僕が君の側にいるッ!」


 急に存在感を出し始めた両親がいちゃつき始めている。リスナー達は内心舌打ちをしながらコメントでも罵詈雑言の嵐であった。なまじ、エルフの血筋が混じっている事で美男美女なのが嫉妬をさらに煽っていた。


:こいつら……ラーハン一族の出自の秘密に対して危機感ねぇぞ……

:ルールンちゃんの目の中にハートが浮かんでるよ


 体感的に数分程降下した頃にエレベーターが停止する。プシュッと擦過音を鳴らして自動で開いたゲートを潜り歩を進める。


 部屋の中央には入り口にあった操作盤と同様のものが設置されており、同じ要領でえるしぃちゃんが起動させた。すると――


「な――んだ、と……。エルフが……いや、リーリン様が沢山いる……」


 ローレンツが驚くのも無理はないだろう。だって――リーリンの肉体が水槽の様なものの中で沢山浮かんでいるのだから。水槽の上部にはこう書いてあった。


 ――人工培養槽クローン、と。


『――リーリン様は直系の子孫を残すために自らの肉体を複製しラーハン家の後継としました』


 電子音声が聞こえて来る。誰かが声を掛けてきたようだが……声のする方向へ視線を向けるとホログラム体のリーリンらしき人物がいた。


『――私は施設の管理AI。アドミンと申します。ネーミングセンスの無いリーリン様に変わって状況の説明をおこないます』


:もう、お腹一杯です

:リーリンちゃんマッドォッサイエンティストォ!

:これ、おめでとうエンドになったりしないよね?

:アドミンちゃんすっぱだか

:REC●……できないだとぉ!? PCがクラッシュするうぅぅ


 クローンを生成した理由は複数あった。子孫繁栄の為。死んだときのスペアの為。人格と言う名の魂を移植しエルシィ様の帰還を待つ為。リーリンのクローン以外にも側近中の側近であった五大賢者のエルフのクローンも他の培養層に存在していた。


 そして一番重要な事の説明を受けた。こうして重要な施設を強固に封印した理由があった。


 破壊神の封印に使用された肉体は滅んではいるが魂は封印されているだけであった。五大賢者の魂さえ存在していればクローンへの移植を行い――――現世に復活できると。


 破壊神をどうする事も出来なかった五大賢者――特務部隊であったエルフたちはこう考えた。人類の尻拭いで終わるのだけは嫌だ――せめてもう一度エルシィ様にお仕えしたい、と。


 ならば、恥を忍んでこの状況を知ったエルシィ様に何とかして頂けないだろうか?  それはもう自害を選択したくなるほどの屈辱を感じたがお仕えできなくなることの方がもっと怖かった。そして、狂気に捕らわれたリーリンは超魔導技術を習得し、当時の超大国でも禁忌であった人体の複製――そして魂の移植という錬金術に手を出してしまった。


:もう神の領域やん……疑似的な不老不死……

:これ地球人に知られちゃったけど……ヤバイよヤバイよ……

:リーリンちゃんぶっ飛んでるよ

:ひえぇぇぇぇええぇぇえ!


『――そして、ようやく待ち人が訪れました。この身はAIと言えど二千年以上もの時は永かったですよ……エルシィ・エル・エーテリア様? もちろん可愛い部下の為に否とは言わないでしょう? リーリン様の復活の為に……』


 リーリンとその側近である五大賢者の復活。魂の移植と言う禁忌の術を行えとAIは提案してきているのだ。しかし、その提案にえるしぃちゃんは――


「――すぴぃ……」


 寝ていた。えるしぃちゃんは取り敢えずリーリンちゃんがなんか、えいやっ!! とわたしが頑張ったら助かると聞くと安心しておねんねしてしまっていた。ご丁寧に鼻提灯はなちょうちんがプカプカと浮いている。


:おおおおおおおい!! 大事なグランドミッションが発動したシリアスシーンだよぉ!! えるしぃちゃん! なんで寝ちゃってるのっ!?

:ぺろり……こいつぁ大物だぜ!

:すげえ大物……いや、怪物だぜぇ……

:【慈愛】はぁ……。データをAIから貰いましょうかね

:【闘神】あほじゃのぅ。あとは慈愛に任せたわい


『なんて、なんて大物何ですか……エルシィ様とは……ん? これは――エルシィ……様? ――――はい、データの送受信ですね……はい。はい……承りました。魔導デバイスを介して重要データから送信致します。量が膨大ですので二、三日程かかりますが……はい。かしこまりました』


 話が進まない事に高度AIであるアドミンは頭を抱えていたが慈愛の女神であるもう一人のエルシィと魔導デバイスを介して連絡を取り合っていた。


 まったく話についていけていないラーハン一族はリーリンの複製体と聞いてもよくわかっていなかった。取り敢えず血筋に間違いないとAIに太鼓判を押されて安心できたようでホッと一息ついていた。


 おねんねしているえるしぃちゃんに関しては施設内の仮眠室を清掃して寝かせるのでラーハン一族は一先ず屋敷に戻るよう指示を出される。リーリン様直轄の部下であるアドミンからの命令なので大人しく引き下がったようだ。けれど、ルールンちゃんがえるしぃちゃんと添い寝しますと豪語し、テコでも動かなかったのでローレンツと両親は渋々承諾した。


:これは……キマシタワー?

:キマシ?

:てぇてぇ……

:えるしぃちゃんの貞操が……危ない!?

:【慈愛】……私じゃないですし


 えるしぃちゃんは てぇてぇな だきまくらをかくとくした。


 あやしいきょてんを しゅとく しました。


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