第6話昨晩はお楽しみでしたね?

 地下深くに存在する研究所とは思えない程の広々とした室内には疑似的な植物が飾られており中央には大きな天蓋付きベットが据え置かれている。この部屋はえるしぃちゃんが帰還する事を想定して側近達が用意していた寝室であった。


 二千年もの時を超えてもなお室内は清潔に保たれているのだがそこは過去に存在した超魔導技術の賜物。物質の状態保護程度の技術は一般的である。慈愛の女神すら知り得ない術式など山ほど存在する。


 地下には自然な太陽光が存在しない為、設定された時刻になると室内には穏やかな光が点灯して日の出を再現する。ふかふかのベットに眠るえるしぃちゃんは眩しそうな顔をすると布団に潜り込んでしまった。


「そろそろ起きなければいけませんよ? アドミンさんがお待ちになっていますよ?」


 一緒に寝ていたルールンちゃんがゆさゆさと優しく起こしてあげる。


「――ふぇ? う~ん。………………ひょえっ! な、なななななななななんでぇ!?」


 女の子特有の甘い香りに抱き枕のように抱き着いたえるしぃちゃんは思考が戻って来ると飛び上がって驚いてしまった。金髪碧眼の美少女がベットに同衾しているとは思いもよらなかったのだ。


 柔らかい触感に頬を擽るサラサラの髪の毛の感触は筋金入りの童貞処女には刺激が強かったようだ。(三百三十六年のビンテージ物)


「昨日エルシィ様は話の途中で寝てしまったのですよ? 私がこの部屋に運んで一緒に同衾させて頂きました…………ふふふ」


「――――ヘブゥン!」


 プシッと勢いよく着替えさせられた白のブラウスに鼻血が掛かる。


 プロダクションで親しい女性である凜ちゃんやきららちゃん、鈴ちゃんとの接触は大分慣れていたので問題は無かったのだが、ほぼ初対面の美少女との同衾という事実に興奮してしまったえるしぃちゃんは鼻血を噴き出してしまった。


「え、えるしぃさまああああっ!!」


 慌ただしい目覚めになってしまったが室内に備えられたお風呂でルールンちゃんに隅々まで身体を洗われてしまう。タオルで水滴を拭いた後に髪を丁寧に乾かされてしまったえるしぃちゃんは『お嫁に行けない……』と寝ぼけた事を言っていた。


 もちろん『私が貰ってあげますね? ふふふ』と返答されてしまうとアホなエルフは沈黙を貫くしかなかった。







『昨晩はお楽しみでしたね? ――お泊りをした男女に言う古典的な挨拶だと窺いましたが間違っていますか?』


 培養室へルールンちゃんを連れて訪れると開口一番に古典ジョークを言わて噴き出してしまう。


 どこからか仕入れたのか分からないが随分とフランクになった高度AIであるアドミン。出所は恐らく慈愛の女神による情報交換だろうと当たりを付ける。


「間違いではないけど……言われる立場になるとこそばゆい気持ちになるなぁ~。――で? 慈愛との話は進んだの? わたしはリーリンちゃんや側近のみんなが復活できるなら力を惜しむつもりはないんだけど」


『――まずはこちらを受け取ってください』


 アドミンが操作しているであろう多脚のマニュピレーターが歩いて来るとえるしぃちゃんが装着していた魔導デバイスを渡された。手に取ってみるとバングルには小さな紫色の宝石が埋め込まれていた。


『――慈愛の女神であるエルシィ様と相談して現環境でも使用できる改良した術式をプログラムしています。それと、その宝石は情報生命体――魂を保管する為のものです。過去に劣化した肉体から複製体への移植技術は成功しておりますので安全性については問題ありません。――ですので、エルシィ様には彼女達を破壊神の封印から解き放ち救って欲しいのです』


 彼女達というワードに――リーリンちゃんは極度な男嫌いだったな。とクスリと笑う。実際に五大賢者は全て女性で固められている。伴侶を持たずに子孫を増やすための方法がクローンの生成などの突飛な行動に出たことも納得できてしまう。


「そっか。彼女達の儀式封印を解除して救い出し――破壊神をぶっ壊せばいいんだね?」


『――ええ、破壊神はそのままでも問題ありませんよ? 人類など救うに値しませんので。それと、現在の地上の環境は変わり過ぎていて当てになるか分かりませんが儀式封印の地点が記された地図も魔導デバイスから閲覧できるようになっています。観測衛星などは破壊神の攻撃で全滅している為、座標間の空間転移や現在地の特定は不可能です……申し訳ございません』


「いいよ~。そういえば魔術が使えないんだよね? なんでだろう」


『――推測になりますが……破壊神の儀式封印が異常な程に出力が増加しています。ラーハン一族からの情報によると聖神教なる組織が生贄の儀式を行い封印を強引に解除しようとしていることが原因です。正式な手順で封印を解除しなければ彼女達の魂が崩壊してしまうのに……クズ共人間が……』


 先程からアドミンの人類に対する嫌悪感が感じられる。えるしぃちゃん自身も人類に対して思う所がある。同族であるエルフという種族に対して苛烈な迫害を行ったのだ。ラーハン一族さえいなければえるしぃちゃんもとっとと封印を解除してリーリンちゃん達と共に地球にでも避難したであろう。


 慈愛、闘神、そして中庸の女神であるエルシィ。彼女達はとっても独善的な思考でとってもわがままなのだ。


 二千年以上経過したこの世界の人類など女神としての庇護の対象でもないし――どうでもよい赤の他人なのだから。


 側近達を救う為に破壊神の封印を解き放つのは確定された事象だ。そして女神が人類に対して微笑むかは“運命”という女神が嫌いな存在しか知らない。







「こちらがこの大陸の地図ですね。詳細な地図を作製する事は禁止されていますので大まかにしか記されていませんが……特徴的な地形は――ここの死の谷と――大陸を分断している山脈ですね」


 ラーハンのお屋敷にあるルールンちゃんが持っていた地図と魔導デバイスに組み込まれている地図を重ね合わせる。しかし、符合する特徴的な地形が山と谷では探しようがない。


 アドミンの用意した地図と大陸の地形が明らかに違い過ぎる。破壊神がもたらした破壊の爪痕は大陸の地形すら歪ませているようだ。


 世界にはおよそ五つもの大陸が存在していた、それが砕かれ消滅し三つに減っている。現在の大陸の端には複数の島が点在しているが元々は存在していなかったハズだ。


 うんうんと地図とにらめっこをしていると、ふとルールンちゃんの横顔が気になってしまう。


 ――そういえばルールンちゃんと普通に喋れているような……。そうか、リーリンちゃんに顔や雰囲気が似ているんだ。


 “今は”死んでしまっているリーリンちゃんの事を思い出して少ししんみりしてしまうえるしぃちゃん。涙目になるもパーカー袖で拭い取り気を取り直す。


「どうしました?」


「ん~。ルールンちゃんがリーリンちゃんに似ているなって。その美しい金髪も凛とした碧眼も、芯がある性根も、ね……」


 そう言われたルールンちゃんは少し間を置いて頬を赤らめた。照れ隠しに耳元に長い金髪を掻き上げる仕草は妙に色気が出ていた。


 コホンと咳ばらいをすると話を逸らし始めたルールンちゃん、その吐息には桃色の成分が含まれている。


「困難な手段と思いますが封印の地とは聖神教にとっても重要地点。内部資料などを閲覧するか詳しい人物に聞けば……すみません。エルシィ様に司教を殺させてしまいました……」


「いいよ~。聖神教はわたしにとっても仇みたいな存在だしね。でも、ラーハン家は大丈夫なの? 追及されると思うんだけど……」


「ええ、そうですね。ですので昨夜のうちにお爺様に聖神教の司教と僧兵の遺体を街道にバラ撒いてくるようにお願いしました――移送中に不幸にも盗賊に襲われ司教共は殺される。そして、私は行方知れずに……。ラーハン家は私と言う大切な『聖人』を失ってしまった……その事を聖神教に苛烈にも責任追及する予定らしいですよ? ――まったく治安が悪い世の中は怖いですね? うふふふふ」


 昨日とは打って変わってしたたかな人物になったものだ……。『女性は怖い』そう再認識する。


 するとえるしぃちゃんの頬にルールンちゃんが右手を添える。親指を器用に動かしてスリスリ撫でると鼻と鼻がくっつけながら碧眼に見つめられる。


 ルールンちゃんの甘い吐息がえるしぃちゃんの柔らかい唇を撫で小さな声で囁いて来る。


「私も――連れて行ってくれませんか?」


 そう言いながらも攻めるのを辞めない。両手で包み込むようにえるしぃちゃんの頭を抱きかかえると胸元にうずめる。鼻腔を通り抜ける官能的な甘い香りが脳髄を刺激する。


「甘やかして……あげますよぉ?」


 甘ったるい口調で誘惑して来る。リーリンちゃんでもここまでえるしぃちゃんを誘惑してくることはなかった。女神として崇拝する気持ちが強く出ていた為だ。もしリーリンちゃんから崇拝の成分を薄めて恋慕の感情を強く出したとしたらルールンちゃんの様な子になっていただろう。


「ふんむぐぐぐ――息が……わ、わかった、わかったから……」


 えるしぃちゃんから承諾を勝ち取ったルールンちゃんは抱き締めていた手を離すと満面の笑みを浮かべていた。


「まぁ! では、両親とお爺様に出立の準備をするように言ってきますねっ!!」 


 部屋のドアを開けて走り去ってしまったルールンちゃん。彼女の勢いについ承諾してしまったものの同行者ができるのも悪くないなと思ってしまっている。


 本来の目的は異世界でのバカンスなのだ。


 破壊神だの封印だの聖神教だの正直関わりたくないのがえるしぃちゃんの本音であった。仲の良かった側近を助けるついでに旅を楽しんでも罰は当たらないだろうと考え始めた。


 かつての時代から遠い未来に来てしまったが、変わってしまった世界で旅をするのもなんだかワクワクしてしまう。







 ルールンちゃんが魔導デバイスに設定している異空庫にポイポイと衣服や野営道具などを放り込んで行く。異空庫は現在の世界の技術では製造できない遺失技術であり古代遺跡などから稀に出土しているが王族や貴族しか所有を許されていない。密輸や暗殺などにも使用されるため民間の使用が禁じられていた。


 ラーハン家も所有はしているがえるしぃちゃんの魔導デバイスに組み込んである異空庫の方が数百倍も高性能だ。なんせ古代のAIが慈愛の女神という天才と共同開発した超技術なのだから。


 するとそこへ両親と祖父であるローレンツがやって来た。


「エルシィ様……どうか……孫をお願いします。ここにいれば聖神教が国に圧力をかけいずれ生贄にされるだけです。どうか、守ってやって下さい」


「私達の娘をお願いします! どうか、どうか!! いい子なんです……」


「おまえ……」

 

 ローレンツは分かるが両親はいちゃいちゃと引っ付くのをやめられないのだろうか? ちなみに名前はシュナイザーとルゼリアさんだそうな。イケメンに美女っぽい名前だなとボンヤリ考えていた。


「エルシィ様~。準備はバッチリですよっ! このままお嫁にも行けますよ? うふふふ」


 いつの間にかルールンちゃんの部屋にあったベットやタンスが無くなっていた。どうやら家財道具すら全て異空庫に突っ込んでいるようだ。とんでもないご令嬢だな……とちょっと引いている。


「そういえば最初の目的地はどうする~? 封印の場所は五か所もあるんだし行きやすい所にしようかなとは思っているけど……地理に詳しくないんだよね……」


「でしたら観光の名所でもある魔導都市に行ってみませんか? 魔道具の製造が盛んで交易の中心地としても有名なんです」


 ラーハン家でも利用している魔道具の半数が『魔導都市マキナス』で購入したものだそうな。魔導人形や土木用ゴーレム、義肢の技術が今最も熱いらしい。


 巨大人型ロボットを操縦するえるしぃちゃんの姿を妄想をしていると観光してみたい欲がムクムクと湧いて来る。


 ニマニマしているえるしぃちゃんの姿を見れば行先は決まったようなものだ。ラーハン家は魔導都市マキナスまでの馬車の手配を始めた。

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