第22話 魔女の処刑

 夜のとばりが下りて空は藍色に包まれていた。


 ルウシェがいたのは街の中心部の広場。中央の高台の上で十字架にはりつけにされた状態でうな垂れている。その足元には油を染み込ませた布の上に木の枝がくべられていた。


 高台は演劇ができるくらいの広さがあり、その高さは2mほど。周りには魔女の火あぶりを一目見ようと観衆が群がっていた。


 ルウシェの服はボロボロ。所々露出した真っ白な肌には鞭による拷問を受けた痛々しい痕がいくつも見える。


 高台の上にはもう一人。その男は頭皮が禿げ上がり、その代わり頭部の横と後ろ部分はフサフサの髪がもっさりと伸びている。真っ赤な教服ローブを着て、異常に吊り上がった細い目と、細く外側がくるんと内巻きになった口髭が特徴的。


 男は観衆を煽り、辺りは興奮のるつぼと化していた。歓声が収まるのを待つと男は磔にされたルウシェを見上げて嘲笑う。



「クク……最後に言い残すことはあるか愚劣なイカサマ士?」


「……やってることは完全に犯罪者集団だね。マルチ商法に人さらい。人を勝手に魔女呼ばわりして拉致・監禁・拷問、挙句の果てには魔女狩りの処刑と来たもんだ。まさにフルコンボ。麻雀で言ったら数え役満が成立してるね」


「何だそれは?」


「東の国の遊戯ゲームの話さ。まぁ、アンタとはもう二度と会うことも無いだろうし覚えなくてもいいよ」


「ボハハ! よくわかっているじゃないか。その通り、貴様はこれから無様に焼け死ぬのだからな。明日の朝日は拝めぬわ」


 赤い教服ローブの男は高圧的な言い回しを続ける。ルウシェは眉一つ動かさずに男に問いかける。



「まさかアンタみたいな醜悪な男が司祭グスタフとはね。そんな悪人ヅラでよく善良な市民を騙し続けられたね」


「貴様のようなイカサマ士にだけは言われたくないわ。クク、さすがにの情報はいつも正しい。危うくこの街もイカサマの被害に遭うところだったわ」


「あのお方?」


「知りたいのか? これから処刑されると言うのにその好奇心だけは褒めてやろう。そうだ。あのお方からの言いつけでな。この街に入ってきてからずっと貴様をマークしていたのだ。貴様が誰だかは知らぬが、お尋ね者はどこに逃げ込もうが一生日陰者のままなんだよ」


 自身の絶対的優位を確認してか、グスタフの饒舌は止まらない。ルウシェは微かに口角を上げるとグスタフに鋭い視線を向ける。



「ふ~ん、そう言うことか。カルト教団〈不死者イモータル〉。こんなクズみたいなことをやってのけるのはさすがは国を乗っ取るようなクズの一味だね。今回のくわだて、現レゼル王、ゲハルトからの勅令ちょくれいと見たけどどうだい?」


「なぜ貴様がその名を? しかし、そこまで知っていたとしても手遅れだ。この状況で貴様に耳を傾ける者など誰一人としていないのだからな。そうだろう、皆の者! 我が同胞! 我が家族よ!」


 グスタフが観衆を煽ると、【ワァーッ!】という歓声が一斉に上がった。その反応に満足した様子のグスタフは両手を上げて歓声に応える。



「ハハッ、こりゃとんだピエロがいたもんだね。バカが服着て踊っているのかと思ったよ」


 ルウシェは皮肉たっぷりにグスタフに言葉を向けるが歓声にかき消されて届かない。息を吸い込むと、ひと際大きな声で再び声を発した。



「グスタフ! アンタは今までもそうやって人の心を巧みに支配して騙し続けてきたんだね。レゼル王国の乗っ取りだって誠実な王家の人々の資質を利用したんじゃないのかい?」


 ルウシェの言葉に振り返ると、グスタフは不敵な笑みを浮かべて自慢の口髭の先をゆっくりとつまんだ。



「まったく、これから処刑される魔女ふぜいが何を言わせようというのか。まぁ貴様はどうせあとわずかの命だ。……いいだろう。我らの大いなる目的のためにはレゼル王国を手中に収める必要があったのだ。あのお方の理想の実現のためなら手段などはそこらのゴミ同然の単なる過程にすぎん」


「いやいや、そのために利用された人がここにいるんだけどね。とんだ濡れ衣を着せられちゃったもんだよ」


 それまでずっと気色が悪い笑みを浮かべていたグスタフの表情が初めて強張る。磔にされたルウシェを指差す手が微かに震えていた。



「まさか……貴様、ルシエル……なのか? だがルシエルはお前のように小柄な女ではなかったはず」


「おや、そんな昔の名前まで知ってるのかい。……その名を知っているということはアンタはレゼル乗っ取りの最前線にいたメンバーの1人ってことだね。アタシを勝手に国際指名手配犯にでっち上げておいて、自分は市民から騙し取った金で毎晩豪遊の贅沢三昧とは。ここまでのクズも珍しいね」


「黙れ黙れだまれぇっ! 貴様こそ国家略奪に失敗したくせに人のせいにするなど見苦しいわ。話はもうしまいだ。おい貴様ら、今すぐこの女を処刑するのだ! さぁ火をつけろ!」


 グスタフは勢いよく右手を平行に切り、待機していた信者に命令を下した。しかし、信者は明らかにその声を無視している。動く様子はない。



「おい、何をしているのだ? このノロマどもめ! さっさとやれ! やるんだよ!」


「クズでバカでノロマなカスはアンタだよ。ここにいる誰もアンタの命令を聞く耳なんて持ってない。ほら」


 その時。ルウシェの視線の先から一人の騎士が群衆をかき分けて猛然と高台に向かってくる姿があった。


 その姿を見るルウシェとグスタフの表情に明暗がくっきりと分かれていた。

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