第14話 イカサマ……だな

 剣を首元に当てられたギドーは突然我に返ると、声を裏返しながら懸命にまくし立てる。


「まままま待て! 辺境伯の側近中の側近である私を殺したら、この都市は完全にマヒするぞ! そうなったら数十万人の命が危険にさらされる。貴様はそれでも私を殺すというのか?」


「この期に及んでぬけぬけと……」


 ミロンが歯をギリッと鳴らすと、その横にルウシェがやってきた。大きく息を呑むと思いが次々と溢れ出す。



「こんなハリボテみたいな欺瞞に満ちた都市は一旦ぶち壊したって構わない! アンタは自分の都合のいいようにこの都市を急激に変えすぎてしまったんだ。


人造人間ホムンクルスの実験体を集めるために税制を利用してスラムを作り出し、弱った人を次々と拉致したね。合成獣キメラの素材を集めるために、街中の動物や近隣の魔獣を根こそぎさらったね。


残された家族の怒りや苦しみ……彼らが感じた絶望は察するに余りある。一体どれだけの命をもてあそべば気が済むんだ……。この落とし前、どうつけるんだい!?」


「わ、私は……この国の未来のために……」


「まだ言うんだ……キミ、頼めるかい?」


 ルウシェは気色ばんだ表情から一転、諦めたように肩を落とすとミロンに声を掛ける。



「……あぁもちろんだ」


 ミロンは突き出していた剣を大きく上段に構えた。



「ッ! 待て待て聞けッ! いいのか? 私の体には親父ガレフの体と記憶も合成されているんだぞ! オマエは恩人である親父までその手にかけるのか!?」


「……ッ」


 ギドーの言葉に再びルウシェの顔が歪む。ミロンは剣を下ろすとルウシェに尋ねた。



「恩人?」


「そのままの意味だよ。ガレフはアタシを救い出してくれたんだ。修道院で〈裏切りの堕天使〉とさげすまれ、罵られ、人生に絶望していたアタシを……」


「修道院……? 堕天使……? アンタは一体……?」


 ミロンの問いにルウシェは何の反応も示さない。俯いたその表情は見えなかったが、肩が静かに震えていた。



「そうだ! つまり、オマエを救ったのはと同義なのだよ。オマエは命の恩人を殺せるのか? いや、できるはずがないよなぁ? 曲りなりにもオマエは元修道女シスター。恩人殺しなど神をも恐れぬ大罪と知れ!」


 ルウシェのやつれた様子を見たギドーは語勢を強める。



「都合良く話をすり替えるな! 貴様の首ならこの俺が……」


「待って!」


 今にも斬りかからんとするミロンをルウシェが止めた。



「……どうして?」


「ここはアタシに任せて」


 顔を上げたルウシェに宿る瞳の力にミロンは思わずたじろいだ。自分の手で決着をつける。何も言わずともその意思はハッキリと汲み取れた。


 一歩前に出ると、ルウシェの口からは思いもよらない言葉が飛び出す。



「言いたいことはそれだけかい、ギドー?」


「なに?」


「勘違いも甚だしいね。〈裏切りの堕天使〉と呼ばれたアタシがそんなに信心深い女だと思っているのかな?」


「オマエ……まさか?」


「恩人殺し? 別に構わないよ。もう人の悪意や中傷には慣れっこだ。そんな脅しでブレると思われている方が心外だね。真実は自分の中にだけあればいい!」


「クッ……オマエに人の心はないのか!? 恩人殺しなんて一生消えない心の傷トラウマを背負って生きていくのだぞ」


「これから死ぬヤツに何を言われても響かないねぇ」


「……う、嘘だ。冗談だろぉ? 冗談だって言え、言うんだよぉ、ルウシェッ!!」


 ギドーがギョロ目を血走らせてわめき立てるが、ルウシェは眉一つ動かさない。理由はわからないが、ミロンはとにかくその光景を目に焼き付けておこうと思うのだった。



「……選ぶんだ」


「……何を?」


「ここで彼に首をねられるか、アタシを説得するか」


「説得? どういうことだ?」


「そのままの意味だよ。アタシを説得できたらアンタを解放してあげる」


「オマエを信用しろとでも?」


「……キミ、コイツの首を落としちゃって」


 ルウシェの言葉にミロンは即座に反応。剣を上段に振りかぶる。



「待て待て! わかった! ただ、説得と言われても……一体何をすれば?」


「簡単だよ。今からアンタに二択を出す」


「二択だと?」


「そう。アンタが本当に心から反省してやり直すって態度で示してくれればいい。ね、簡単でしょ?」


 言うと、ルウシェはアイテムボックスから直径1mほどの輪っかを二つ取り出した。



「二択にはアタシが持っているマジックアイテム〈時空の輪ワープフープ〉を使おう。これを床に二つ置く。一つは館の外に繋いだ。ほら、向こう側に見慣れた景色が見えるだろう?」


 促されてギドーがフープを覗くと、そこには確かに館の外壁が見えた。



「ふん、確かに。で、もう一つはどこに?」


「もう一つは……あの子、キメラの実験の犠牲になった魔獣の家族の元」


「な、何だと?」


「アンタがもし本当に心から反省して実験の犠牲になった魔獣たちに申し訳ないと思う気持ちがあるならこの輪をくぐって魔獣たちの家族に誠心誠意の謝罪をするんだ。魔獣の大半は人語を理解できるくらいに知能が高いからね。本気の謝罪を見せればきっと伝わるはず」


「……で、こっちはこの館の外へ繋がっているのか?」


「そう。もしアンタがこっちの輪をくぐって館の外に出ようものならすぐに追いかけていって捕まえて首を刎ねる。だからアンタは魔獣の家族の元へ出向いて謝罪するしかないんだよ。形式的に二択にしたけど、答えは一択。どうだい、簡単だろ?」


 ギドーはルウシェの言葉を聞くと、わずかに口元に笑みを浮かべた。



「……あぁ、確かに簡単だ。そうと決まれば早くしろ。私は今、心の底から謝罪がしたくてうずうずしているからな」


 ギドーは急に活気づく。ルウシェは静かに2つのフープを見つめている。



「最後の確認。フープの向こうに魔獣の住み家と館の外、それぞれの景色が見える? 間違いないね?」


「……あぁ」


「それじゃ準備はいい?」


「いいから早くしろ!」


「ギドー、アンタの答えをその身をもって示せ!」


 ルウシェが人差し指を向けると、ギドーは勢いよくジャンプして館の外へとつながるフープの中心へ飛び込んだ。



「私の答えは脱出だ! ヒハハハ! 館の外に出てしまえば貴様らなど、どうとでもなる! 私を生かしたことを必ず後悔させてやるからな!」


 ギドーの声が輪の奥に行くにつれて小さく掠れていく。これで終わったのか? 本当にこんな終わり方でルウシェは納得できるのか?


 すると、しばらくしてフープの中からおぞましい悲鳴が聞こえてきた。



「だぁまぃしたなぁァァ! ルウシェ、貴様ぁァァァ! や……やめ……助け……ぐ……ぐぎぃぃやぁぁぁあ!!」


 フープを覗くと館の外の景色が映っているだけだった。



「おい、この向こうで何が起こっている?」


「……神の審判が下りたってことかな」


 ルウシェがポーカーフェイスのまま視線を落としてフープに手をかざすと、中の景色が魔獣の住み家へと変わった。ギドーの姿はもうどこにも見えず、魔獣が集団で何かに覆いかぶさっている様子が映っていた。



「これは……」


「館の外の景色は〈魔力映像マナビデオ〉だよ。映像は最初からすり替えておいたんだ」


「つまり……?」


「見えている景色とその先の景色を逆にしておいたんだよ。アイツは最後のチャンスを自ら棒に振って、実験体にした魔獣の家族の元へと負の感情を纏ったままに飛び込んで行ったんだ。やっぱりこうなったかって感じ。


まぁ、ガレフの仇は自分で取りたいって思ってたからさ……これでよかったんだ……。自業自得。天網恢恢てんもうかいかいにしてらさずだね」


 そう言って、ルウシェは無理やり笑顔を作る。虚勢を張ってどうにか声を絞り出すルウシェの気持ちを思うとミロンは胸がぎゅっと苦しくなった。



「イカサマ……だな。でも、俺は何も聞かなかったことにする。アンタがやったことは……きっと間違ってないから。だからもう宿に帰ろう」


 ミロンは片膝をつくとルウシェを抱きしめた。ルウシェは直立不動のまま小さく震えている。


 こんな小さな体にどれだけの苦しみを抱えて生きてきたのだろう。

 誰かが守ってやらないときっとこの少女は破滅する。


 できることなら、少しでもその苦しみを分かち合いたい。

 そしていつも笑っていて欲しい。


 ルウシェに一番似合うのは笑顔なのだから。

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