第6話 王国一のイカサマ士

 料理に一通り手を付けて、三杯目のエールも飲み終える頃。突然、ルウシェの元へ髭面の父とその子と思われる親子連れがやってきた。


 男の子は人懐っこい笑顔を浮かべてルウシェの手を握るとブンブンと上下に振った。



「おねーちゃんだよね。アイツらをやっつけてくれたの?」


「ん? 何のことだい?」


 ルウシェが柔らかな口調で尋ねると、髭面の父親が男の子の頭に手を置き、決まりが悪そうに言う。



「食事中にすんません。俺……さっきまであの場に居て、あんたとディーニョの勝負を見ていたモンです。あのあと、自警団に取り調べを受けたんすけど、被害者だってわかったら放免になって。で、アイツらに騙されて抱えた借金も返済不要ってことになったんです」


「そっかー。それはよかった! お役に立てたのなら嬉しいよ」


「お役に立てたどころじゃないです! あんたはウチら親子の命の恩人ですって」


「おんじん~」


 父親は涙を浮かべて頭を下げ、子供は満面の笑みでずっと手を握っている。ルウシェは子供の手を取り包み返すと、目を見つめて言った。



「ねぇ少年。これから大きくなってもウソをついて人を騙したらダメだよ。でも、大事なものを守るためのウソだけは別なんだ。それだけは覚えておいて……ね?」


「わかったぁ」


 親子は何度も頭を下げて二人の元を去っていった。ミロンは憮然とした表情を浮かべている。



「キミ、何か言いたげな顔をしているね」


 ルウシェの視線の先には酔っぱらって顔を真っ赤にしたミロンがいる。



「ヒック……んなワケがあるか。ウソなんて許される訳がないだろ」


 どうやら、さっきの親子に対する発言に納得がいっていない様子である。テーブルの上に頭をもたげ、座った目でムニャムニャと何かを言っている。



「それなら、さっきのポーカーみたいな心理的な駆け引きが必要とされるゲームはどうするんだい?」


「それは……ゲームだろうとウソはダメだ……」


「それじゃ絶対に勝てないじゃん! まったく、頑固と言うか偏屈と言うか」


「俺は……ウソの無い世界を作りたいだけなんだ……ウソなんて必要のない世界」


「騙されて国から追放された元王子だから?」


 ルウシェの言葉を聞いた途端にミロンは目を見開きガバッと起き上がると、その細い肩に手を置いた。



「おい、アンタ! なぜそれを?」


「えー? レゼル王国が乗っ取られて国王が変わったってのは、このミゲルガルドでも有名な話だよ。あと、その軽鎧ライトアーマーの胸当てに刻まれている金色の紋章。それってレゼル王家の証だよね?」


「……」


「それにレゼルの元王子は無駄にイケメンだったって話だし、総合的に見ればどう考えてもキミが追放されたレゼル王国元王子、ミロン・オーギュスト=レガリアだよね」


「ち……が」


「ん?」


「ち……がわない。そうだ、俺はレゼルの元王子、ミロン」


 ミロンは観念したとばかりにルウシェから手を離し自席に戻ると、酔いを醒まそうとチェイサーを口にしている。そんなミロンをルウシェは片肘をついて顎を乗せ、ニコニコしながら見つめていた。



「俺も名乗ったんだ。その……アンタも名乗れよ」


 ミロンは頬を赤らめて言う。それが酔っているからか、はたまた別の理由からなのかは分からない。



「そうだね。アタシはミゲルガルド王国一のイカサマ士、ルウシェ」


「お、王国一のイカサマ士だって?」


「うん。あ、でも安心して。アタシは〈正直者のイカサマ士〉って呼ばれてるから」


「そんなイカサマ士がいるか?」


「ずっといるよ、キミの目の前に」


 そう言って、ルウシェはにっこりとほほ笑んだ。一瞬目が合うと、ミロンはそのまま直視することができずに思わずテーブルに顔を伏せた。



「あ! あとね」


「……まだ何か?」


「アタシがキミをレゼルの新王の座に就かせてあげる。そしたら、アタシをキミのお嫁さんにしてよ」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


 驚きのあまり、ガバッと顔をあげてルウシェの顔を直視するが、その表情にからかっている様子はうかがえない。



「いいでしょ? キミはそのために旅をしているんだろうし。それに今どきキミほど純粋でウソが嫌いな人なんて珍しいを通り越して絶滅危惧種だからね」


「悪かったな、絶滅危惧種で……」


「でも、アタシはそう言う人が好きだ」


「……!」


 そう口にしたルウシェの表情は、銀色の髪と桃花色の瞳がキラキラしていて、まるでそこだけにエフェクトがかけられたかのように眩しく輝いて見えた。


 いや、これはきっと酔っているから幻覚が見えているだけだと、ミロンは顔をブンブンと横に振った。しかし、そうして冷静になろうとしても言葉が見つからず、口だけをパクパク動かしていると、ルウシェに「ニシシ」と笑われてしまう。



「別に今すぐお嫁さんにして欲しいって訳じゃない。まずは婚前旅行と行こうじゃないか」


「婚前旅行だって?」


「そう。それにたぶんだけど、アタシたちの目的は割と近いところにあると思う。キミの目的は王家の奪還でしょ。それなら、協力し合った方が合理的だとは思わないかい?」


「合理的ねぇ。あんまり好きな言葉じゃないけど」


「でも、キミを追いやって新王の座に座っている〈ゲハルト〉に復讐するためにはその方が近道になりそうだってことはわかるでしょ?」


「そんなことまで知ってるのか……」


「アタシの情報網を甘く見ちゃいけないよ。で、どうする?」


 この少女にはもう何度驚かされただろう。それに相当の切れ者であることも十分にわかった。イカサマ士と言うのは当然信用が置けないが、そのリスクがあるにしても、これほどの人材にはもう二度と出会えないかもしれない。



「婚前旅行……とはいかないが、アンタの賢さは旅の役には立ちそうだ」


「別に賢くはないんだけど、旅の役には立てると思う」


「知っていると思うけど俺はウソが大嫌いだ。アンタを信用してもいいんだな?」


「もっちろん。じゃあ、仲間になった記念にチューしよう」


「するか!」


 ミロンは国を追放されてから半年を過ぎ、ようやく旅の仲間を見つけることができた。初めての仲間は、正直者のイカサマ士と名乗る小柄な美少女で、賢いのか天然なのかもよく分からない、やたらと謎の多い存在でもあった。


 そして食事を終えた二人は……



「あっれぇ、お金がな~い。どっかに落としたかも」


「おいおい、ちょっと待て。アタシのおごりとか調子ブッこいてたじゃ……」


「マスター、お代はこの人が体で返すから好きに使ってあげて」


「だからふざけんなって! そんな話、聞いてな……」


『兄さん、まさか無銭飲食しようってんじゃ?』


 出刃包丁を持ったマスターにギロリと凄まれて、ミロンは早々に歯向かうことを諦めた。



「じゃあ、アタシはここの二階の部屋で先に休んでるから終わったら来てね。待ってるよー」


「宿代分まで肉体労働させる気かッ!?」



 国を追放されたウソが大嫌いな元王子ミロンと正直者のイカサマ士と名乗る少女ルウシェ。


 波乱とロマン、そして欺瞞ぎまんに満ちた旅のはじまりはじまり。



第一章 完

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