第二章 機工都市の合成獣

第7話 機工都市ガジェト

「ゲハルト、お前は裏切ったのか!? 父上を!」


「ククク……今頃気づいたのか。ミロンよ、こっちはお前がマヌケなおかげで計画が進みやすくて大助かりだったぞ」


「何だと……正しき者が敗れることなどあっていいはずが……」


「その考えこそが単純だと言っている。世界はお前が思うよりもずっと不条理にできている。全てが甘いのだよ。そんなゆるみきった考えで王家の人間が務まると思っていたのか。ここまで愚かだと、哀れを通り越して、むしろ笑えてくるわ」


「クッ……貴様の好きにはさせんぞ。いつの日か必ず……父の……王の無念は必ずこの俺が……」



 ミロンはひとりベッドで目を覚ますと、周りをキョロキョロと見渡し、ハァとため息をついた。またあの日の夢だ。もう半年以上前のことなのにいまだに毎日夢に見る。


 額に浮いた脂汗を拭う。ミロンは立ち上がり洗面所に向かうと、頭から冷水をかぶった。





「もー、何でわざわざ部屋を別々に取る必要があるんだい? アタシたちは婚前旅行をしているって言うのに」


 朝食を食べに宿泊していたギルドの食堂へ向かうと、挨拶する間もなくルウシェがプリプリしながら文句を言ってくる。



「俺はその……女性には紳士的に振る舞えって教えられてきたから……大事にしたいと言うか……」


 と、何とか誤魔化そうとした挙句、朝っぱらから歯の浮くようなセリフを吐くミロン。そんな気持ちの悪いセリフでも、ルウシェはまんざらではない表情で頷いている。


 その様子を見て胸をなでおろすと、ミロンはルウシェの正面の席に座った。テーブルにはすでに朝食が並べられていた。



「うん、まぁそのアレだ。キミがアタシを大事に思っているのはよくわかった。けど、一人で寝るのは体が寂しがっちゃって……」


「アンタ、朝っぱらからそういう話ができる人か!」


「アタシはいつでもウェルカムナイスバディ!」


 朝っぱらからのハイテンションについて行けず、ミロンは俯くと思わず顔を手で覆った。



「……て言うか、一旦その話は置いておいて、先に今後の旅のことについて確認しておかないか」


「ちぇー」


「で、これからどうするのか決まっているのか?」


 ミロンが尋ねると、燻製肉にフォークを突き立てて口に運ぼうとしたところを止めてルウシェが答える。



「んあ? あぁ、それならもう決めているよ。次はガジェトへ行こう」


「ガジェト? レゼル王国に行くには遠回りのような気がするが」


「確かにそうなんだけど、そこでどうしても会っておきたい人がいるんだよね。できれば仲間に迎え入れたい」


「へぇ、アンタが熱望する人なんて興味あるな」


「おやぁ、焼きもちかな?」


「どうしてそうなる……」


 ほどなくして行き先が決定。次の目的地はミゲルガルド王国の北東にある機工都市ガジェト。北北西にあるレゼル王国との国境に向かうには遠回りとなるが、有力な人材がいると言うことなら反対する理由もない。



 朝食を食べ終えるとすぐに宿屋を出発。魔行列車や馬車を乗り継ぎ、翌日の夕方には目的地であるガジェトへと到着する。


 橙色と藍色が混じり合う空の下。機工都市ガジェトの中枢商業エリアにあるスクランブル交差点で二人は辺りを見上げて立ち尽くしていた。


 科学の力によって発展した都市ならではの高層ビル群。所狭しと空中を飛び回る飛行体やAIによって制御された交通機関。街中にはところどころにデジタルサイネージが設置されており、ブルーライトがやたらと眩しく感じる。


 すっかり陽も落ちてきたので、二人は歩きながら今夜の宿泊場所を探すことにした。



「初めて訪れたが、何と言うか……凄いところだな」


「あぁ、この地に住む人々は昔から魔法に適性がなかったみたいでね。それで、近隣の魔法勢力に対抗するために科学を発展させたって聞いたことがある」


「なるほどね。で、アンタのお目当ての人がどこにいるのかは分かっているのか?」


「いや、それがちょっと様子がおかしいんだ」


「どういうことだ?」


「うん、約束と違うなって思って」


「??」


 大通りから一本わき道に入ると、急に人の気配も明かりも少なくなる。少し進むと、暗がりの中から呻き声が聞こえてきた。二人が駆け寄ると、小さな動物が数人の子供に囲まれて虐待を受けている様子が目に入る。



「おい、何をしている。やめるんだ」


 ミロンが子供たちと動物の間に入る。守るように動物に背を向けて子供たちの方を向くと、その表情に驚かされる。


 それは暴力を振るっている者の表情ではなかった。むしろ、子供たちは怯えていて、棒を持つ手が震えていた。



「そ、そいつが悪いんだ。そんなに気味が悪い動物なんていなくなっちゃえばいい」


「なに?」


 ミロンが動物の方を振り向くと、そこには灰色の体に様々な動物の皮膚が移植された跡が残る得体の知れない生き物の姿があった。小さな体で「クークー」と鳴いている。



「なんだ……この生き物は。機械の人形?」


「その子は合成獣キメラだね」


 子供たちの後ろに立っていたルウシェが言う。



「キメラ? これが?」


「あぁ、アタシも実物を見たのは初めてだけどね。なにせ、キメラを作り出す生物錬成は禁忌と言われているんだ。それがどうしてこんな路地裏に」


 その言葉を聞き、ミロンが睨みつけると、子供たちは泣きそうな顔で走って逃げてしまった。



「一体どういうことだ……?」


 二人は小型犬ほどの大きさのキメラに目を向けた。よく見ると顔の一部にも移植の跡がある。右目の周りの皮膚の色が他の体毛とは異なり、左右の眼の色も違っていた。



「素敵な週末を」


 よたよたと千鳥足でその場を離れようとするキメラに向かってルウシェが声を掛けた。



「アンタ、何言ってんだ?」


 ミロンが呆れた顔で言うと、次の瞬間その背後から声が聞こえてきた。



「……太陽は闇に堕ちた」


「え?」と、声の方に目をやると、そこにはキメラがこちらを振り返っている姿があった。その言葉に反応するように、ルウシェはキメラに駆け寄り抱きしめる。暗がりの中、ルウシェの耳飾り《ピアス》が光を放っていた。



「キミは……そうか、教えてくれてありがとう」


 抱きしめられたキメラは表情を変えることなく、ただキョトンと目を丸くしていた。しかし、ミロンにはキメラが何かを訴えかけているようにも見えたのだった。


 その状況は長くは続かず、すぐにキメラはするっとルウシェの腕を抜けると、どこかへと走り去ってしまう。


 何とも不思議な光景だったとミロンは思うのだった。



★作者のひとり言

第二章の始まりです!

引き続きどうぞよろしくお願いします(*^-^*)

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