第12話 SOS

 謎の男ギドーを目の前にしてミロンは剣の柄に手を掛けた。



「〈神隠しの館〉だと? だから近隣の人たちは近づかないって訳か。実際に気味が悪い館だしな」


「私は見た目など気にはせんのでな」


 ギドーの言葉を受けると、ミロンはチラリと実験台を見る。



「……今そこで行っている実験。その台の上にいるのは魔獣だな」


「実験ではない。これは手術だ。この魔獣を救うためのな」


「嘘をつくな! 俺はこの街で合成獣キメラを見た。あれは……貴様の仕業だな」


「ふん、だから何だ? クク……久々に良さそうな素材がわざわざ出向いてきてくれたのだ。茶番はそろそろ十分だろう。その体……いただくぞ!」


 ギドーは横にいた白衣の男に何やら指示を出す。それを聞いた男はすぐにリモコンを取り出し操作する。すると、部屋の奥の鉄製の扉が開き、中から小さな合成獣キメラが現れた。



「こりゃまた随分小さいのが出てきた……って、お前はこの間のキメラか?」


「……おい、やれ」


 ギドーの指示で白衣の男はリモコンのスイッチを押す。すると、「ギィィァアア……」と苦しそうな唸り声をあげながらキメラの体が急速に大きくなっていく。



「何だと!?」


「ウチのキメラ試作1号だ。元々親父のペットだったのだが、私がもらい受けたのだよ」


「ガレフ殿の? まさかガレフ殿も生物錬成を行っていたというのか!」


「……どいつもこいつも親父を神聖化しやがって。あの男はな、表向きは甘っちょろい理想論をかざす偽善者のフリをして、裏では平然と禁忌に手を染めていたんだよ」


「そんな……」


「もう十分だろう。1号、その男を殺せ!」


 ギドーの号令で白衣の男がスイッチを押す。キメラは全身から禍々しいオーラを放つと、ミロンに猛然と襲い掛かってきた。左右の色が異なる双眸を怪しく光らせ、大きな口で噛み殺そうとしてくるところを、両手で口の上下を受け止める。



「やめろ! 俺はミロン、前に一度……いや、この間のトンネルの中でもお前に会っている! 忘れてしまったのか?」


 ミロンの言葉は届かない。キメラの顎の力は強くもう力が持たない。ミロンは口が閉じる直前に後方へとジャンプして難を逃れた。



「ヒハハハ! 魔獣を合成したキメラだぞ。オマエのような軟弱な人間が敵う相手ではないわ」


「くそっ! どうすれば……」


 体中から嫌な汗がにじみ出る。見ると、キメラはギドーを守る壁のように立ち塞がっている。ギドーを倒すためにはキメラを倒すしかない。でも……


 その時、ドアが【バンッ】と開いてルウシェが中に入ってきた。額に汗がにじんでいる姿が目に映る。



「ハァハァ……遅くなったよ!」


「なぜ貴様が……」


 ギドーはギョロ目をさらに見開いてルウシェを見ている。二人は顔見知りなのだろうか。



「あぁ……その子は……何度もアタシにSOSを送ってくれていたのに……。キミの仲間は……ごめんよ、間に合わなかった」


 ルウシェは変わり果てたキメラの姿を見ると目に涙を浮かべて、二本の羽をキメラに向ける。その表情にはやりきれない思いが溢れていた。



「ルウシェよ。ここを見られた以上貴様も生かして返すわけにはいかぬ。利用価値はありそうな女だったが残念だ」


 ギドーは再び白衣の男に指示を出そうとする。その時を見計らったかのようにルウシェが大きな声をあげた。



「ギドー! 素敵な週末を!」


「……ハァ? 何を言っている? とうとう気でも触れたか?」


「……そう、ならそこのキミ」


 ルウシェはキメラを指差した。



「素敵な週末を!」


「……太陽は……闇に堕ちた」


「なっ! 1号が喋った……だと?」


 ギドーがうろたえる一方でキメラの様子に変化が訪れる。体がボコボコと波打ち、目が様々な色に変化を繰り返している。



「さぁ戻ってきて! キミの居場所はそこじゃない!」


「グォガァァアア……」


 ルウシェが左手でピアスに触れて叫ぶと、キメラは両手で頭を抱え悶え苦しみだした。しかし、それでも意思を持ってゆっくりとルウシェに向かって歩みを進める。



「ルウシェ! 貴様何をした?」


「見ての通り、その子を懐柔したんだよ。このピアスの力でね」


「何だと?」


「わかってるよ。ガレフはもうこの世にはいないんだね。おそらくアンタが殺し、自らの体に記憶ごと取り込んで、人造人間ホムンクルスとなった。だってそうでしょ? ガレフの記憶がなければ、アンタみたいな無能がルバロン辺境伯の信用なんて得られっこない。でも、自らに迫る危険を予測していたガレフは大事な記憶だけは生前に移しておいたんだ。その子にね」


「1号に? バカな」


「その証拠がさっきのアタシとガレフで決めた合言葉。ガレフの記憶が残っていれば答えることができたはず。答えられたのは……その子だよね。それで確信を持てたから、この力でその子をアンタたちの呪縛から解き放ったんだよ」


 そう言ってルウシェは左耳のピアスをギドーに向けた。



「バカな……バカなバカなバカなッ! 我々が何百体も費やして生き残ったのが結局親父ガレフの生み出した1号のみと言うことだけでもはらわたが煮えくり返る思いなのに、それすらこうも簡単に解き放っただと?」


 ギドーの醜い顔が益々醜く歪んでいく。白いギョロ目はどす黒く染まっていった。



「ええい! 出力を最大にあげろ! ヤツらを道ずれにできるのならば1号が死んでも構わん!」


 ギドーの言葉に白衣の男が反応する。

 しかし、ルウシェが待ったをかけた。



「ギドー! アタシと取引しないか?」


 ミロンにはわかる。ルウシェはこれからイカサマをしようとしているのだと。

 しかし、この状況で頼れるものは他にはない。


 静かに見つめる中で、二人はギドーの出方を伺っていた。

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