第19話 諸悪の根源

 この日もミロンはバイトへと出かけていった。見送った後でルウシェとメルルもすぐに街の中心街へと向かう。空模様は曇天だった。



「メルル、やっぱりそうだよね」


「ですですー。この街は明らかにおかしいのです」


 駅前のメインストリート。多くの店が立ち並ぶ中で違和感の正体を確認する二人。



「よく見たらほとんどの人が1人で行動しているね。たまに複数で行動している人もいるから分かりづらかったけど」


「本当ですねー。彼らに友達はいないのでしょうか?」


「友達……か」


 ルウシェは道行く人々の表情を観察する。その顔は皆一様に沈んでいて目から光が失われているように見えた。



「あれ、大道芸のねーちゃんじゃねぇか」


 声を掛けられ振り向くと、大道芸パフォーマンスをよく見に来てくれている派手な服装をした小太りの中年男性がにこやかな表情で手を振って立っていた。



「あれ、おっちゃん。この辺の人だったの?」


「あぁ、俺はここいらで店をやってるんだよ」


「そうなんだ。あ、今ちょっと時間あるかな?」


「そりゃまぁ、アンタみたいな可愛い子に誘われたら断れねぇな」


 ルウシェは頷くと周りをキョロキョロと見渡す。怪しい人物がいないことを確認すると男性を連れて路地裏の年季を感じる喫茶店へと入店。男性は椅子に腰かけるとヘルマンと名乗った。ルウシェも続けて名乗る。


 それから間もなく店員がやってきてテーブルに冷水をトンと置いていく。ヘルマンは喉が渇いていたのか、それを一気に飲み干すとおしぼりで顔を豪快に拭き始める。ヘルマンが落ち着いたことを確認するとルウシェは早速切り出した。



「ねぇヘルマンのおっちゃん。この街に住んでどれくらい?」


「えぇと8年くらいかな」


「そっか、それなら最近のこの街に起こっている異変にも気づいている?」


「……あぁ、その話か。そりゃまぁな。店をやっていれば色んな噂を耳にするし」


「アタシたちは訳あって情報を集めてるんだ。おっちゃんが知っていることを教えてもらえないかな」


「……この話に首を突っ込むのは勧めないぜ」


「きな臭い話だってのはわかってる。でもこれはアタシ自身のためにやらなきゃいけないことでもあるんだ。頼むよおっちゃん。アタシにできることならお礼はするからさ」


「ほぅ、それなら」


(ごくり)


「俺の店でアンタの火吹きパフォーマンス。アレを客前でやってくんねぇか?」


「なんだ、お安い御用だよ。じゃあこっちもその分、色々聞かせてもらうよ」


 ルウシェは街で感じた違和感や耳にした噂についてヘルマンに尋ねていった。この男は複数の飲食店を経営するやり手のようで、そして情報通だった。


 ヘルマンの話では、この街の実質的な仕切りはカルト教団によって行われていて、その頂点には司祭が存在すると言うことだった。


 純粋な商売人が集まるこの街にマルチ商法を喧伝し、教団幹部の羽振りの良さを見せつけて、マルチを始めれば同じように裕福な生活ができると信じ込ませていったという。


 その結果、信者は生活費のほとんどを教団に騙し取られて、絶望した人々の自殺は後を絶たない。教団から与えられたノルマをクリアするため、友人・知人・家族や親戚をマルチの会員に勧誘した挙句、多くの人が孤立し人間不信に陥っている、とヘルマンは話を続けた。


 テーブルには運ばれてきたばかりのコーヒーがゆらゆらと湯気を上げていた。



「俺は自分の店でそれなりに収入は確保できているからな。話に飛びつかないで済んだんだけどよ。若い連中や将来に不安を抱えている連中は次々に飛びついていったぜ。その結果は案の定と言うべきか、街からすっかり活気が失われちまったよ。前はこんなんじゃなかった。街の人々がみんな生き生きしていて、それで俺もこの街で勝負してみたいと思ってやってきたのによ。アンタも見ただろ? 街の連中の希望を失った死んだような目を」


「あぁ。でも、気づいているならどうしてそのままにしておくのさ? おっちゃんだって教団のやっていることはおかしいって思うんでしょ?」


「そりゃまぁな。ただ、さすがに俺らの手に負える相手じゃねぇや。どうやら教団の裏にさらに大きな組織が存在しているようでな。さらに厄介なことにヤツら、魔族とも手を組んでいるって噂がある。こっちが大人しくしてりゃ今のところ直接的な被害はないから、ほとんどの人間は気づいていても静観しているってのが現状だ」


「魔族のくせに随分と手が込んだやり方だね。おっちゃん、教団について他にも知っていることないかい?」


 ルウシェはヘルマンの言ったことを事細かく記憶していく。


 司祭は重要な催事のみ姿を現す。普段は取り巻きの教団幹部が街中の視察を行い、教団に対して敵対的な態度や言動を取った者の多くは翌日には行方不明になる。月に一度、いつも街中で豪遊している教団幹部の姿がどこにも見られなくなり、どうやらその時間帯に教団幹部のみで会合が開催されているらしいという話も聞くことができた。



「利権を独占している諸悪の根源は教団の幹部以上の連中ってことか。てことは、司祭も含めて一網打尽にできればこの都市の闇を潰せるかもしれないね」


「おいおい。そんな大層なことを考えてたのかよ。ルウシェ。アンタ、実はどこぞの国のお姫様で、この国と戦争をおっぱじめようとしてるなんて言わねぇよな?」


「アタシが? まさか。でも助かったよ。おっちゃんと知り合えたのはこの街に来て最大のラッキーだ」


「そう言ってもらえるとこっちも嬉しくなるぜ。だがよ、何をしようとしてるかは知らねぇが、教団の動きには細心の注意を払うんだぜ。アイツら、信者も含めると相当の人数が街中に紛れ込んでいるからな。さらわれた連中がその後どうなっちまったのか……アンタにも想像はつくだろ?」


「考えたくないけどね」


 ルウシェは視線を窓の外へ向けた。パラパラと雨が降り始めていて、傘を差し始める人の姿が目に入る。



「忠告も含めて色々ありがとう。生きていたらまた会おう」


「え? 生きていたら……」


「その時はおっちゃんの店でパフォーマンスの大サービスしちゃうからね。じゃあ、はいこれ、置いていくね。今日は本当にありがとう」


 テーブルの上には銅貨が置かれていた。ルウシェはヘルマンに手を振り、【カランカラン】とドアベルの音を軽やかに奏でて喫茶店を出ていった。



「ったく、全然足りねぇっての。こりゃ店で追加公演もやってもらわないといけねぇな……死ぬんじゃねぇぞ、ルウシェ嬢ちゃん」


 ヘルマンはカップを手にするとコーヒーを一口含んだ。挽きたての新鮮な味わいはどこへやら、ただの味気ない液体に首を傾げるのだった。

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