第3話 誰が無駄にイケメンだ!

 路地裏の先には、1軒だけ薄汚い建物がポツンと建っていた。

 三階建てのようで、どこに少女がいるのかはわからない。


 周りを気にしながら敷地内へと足を踏み入れると、そっと1階の窓から中を覗く。そこには誰もいないようだった。


 息を殺しながら玄関の方へと進んでいくと、見張りが一人立っていた。やるしかないとばかりに、すっと背後から近づいていって剣の柄で首に一撃を喰らわす。



「ぐふっ」と声を漏らし、見張りはうつ伏せに倒れ込んだ。そのままにしておくと目立つので、ズルズルと足を引っ張り庭の植物の陰に隠す。


 さてと、この後どうしよう?

 建物の中に入って、もしそこに人がいたらそれこそ大騒ぎになるだろうし、せっかく外の見張りを気絶させたんだから、外の方が自由に動きやすいよな。


 そんなことを考えると、ミロンは建物の外壁をよじ登り始めた。

 2階に到達すると窓から中を覗き見る。誰もいないことを確認するとまた外壁をよじ登る。


 3階に到達。窓から中を見ると、大部屋の中にルーレットやバカラテーブル。ポーカーやブラックジャックのテーブルも見える。そこでは多くの人がギャンブルに興じていた。そして……



「あの女、この間あんなトラブルを起こしたくせに、またシレっとギャンブルしてるじゃん!」


 先日の少女が下手な変装をして屈強な男たちに囲まれながらカードゲームをプレイしている姿が目に入る。


 居ても立ってもいられなくなったミロンは、ベランダに降り立つと、両腕を目の前でクロスさせて窓をバリーンと突き破った。


 そう、ミロンは脳筋なのである。



「きゃーっ!」


 と言う悲鳴が当然のようにあがる。フロアにいた女性スタッフは驚いて逃げ惑う。



「何だテメェは? って、この間の無駄にイケメン野郎」


「誰が無駄にイケメンだ! それよりもそこの少女を……」


 ミロンが少女に目を向けると、少女はミロンに目線を向けることはなく、場の勝負に徹したまま口だけ動かした。



「勝負の邪魔だよ。黙って見てて」


「勝負って……」


 そのテーブルだけが異様な緊張感に包まれていた。少女と、4人の屈強な男たち。それにもう一人。髪をベッタリと整髪料で後ろに流したリーゼントスタイルに逆三角に整えられた顎ヒゲ。そして細身のサングラスをかけた、見るからに怪しげな男。


 6人でプレイしていたのはポーカーのテキサスホールデムと言う種目。勝つためには運と戦略の両方が必要な不完全情報ゲーム。


 つまりは、他のプレイヤーが行動するときにそれまでに起こっている情報をすべて把握することができない、自分の目に見えない運要素も絡むゲームである。


 少女の目の前のチップは周りに比べると少なく見えた。



全額ベットオールイン


 少女が手持ちのチップを全額賭けるコールを行った。

 


「マジかヨ、ねーちゃん? 負けたら終わっちまうぞ。人生そのものがな」


「おい、お前。それってどういう……」


 卓を囲む男のセリフに思わずミロンが反応する。



「だからキミは黙ってて!」


 しかし、すぐに少女にピシャリとたしなめられてしまう。いやいや、負けたら人生が終わるって言っていたぞ。何なんだこの勝負は。



『ショーダウン』


 ディーラーが声を掛けると、少女は手持ちの2枚をひらりとテーブルに返した。



「おいおい、ただのワンペアじゃねぇかよ。お前のカードを見せてやれ」


「あ、それが……」


 そのゲームに最期まで残っていたもう一人の男はカードを伏せたまま。しびれを切らした隣の男がカードを開くとそれもワンペアだった。しかし、役が成立しているカードの数字が大きいのは少女の方。つまり、この場合は少女の勝利となる。



「ケッ、ギリギリじゃねぇか。ついてやがんな」


「どうも~」


 そして……



全額ベットオールイン


「はぁ、またかぁ? こりゃねーちゃんを調子に乗らせちまったか」


「ヒヒヒ」


 下品な笑いを浮かべる男たち。しかし、カードがオープンされると、途端に場は静まり返る。



「またアタシの勝ちだね」


「てっ、テメェ……そんなはずは」


「ん? そんなはずは……なに?」


 少女が言うと、リーゼントの男が場に睨みを利かせる。睨まれた男は、「は! いや、別に……」と声を上ずらせてしどろもどろになる。



 さらに少女の快進撃は続いた。ゲームに参加する際は全額ベットオールインを繰り返し、一度も負けることなく3連勝を決めると、周りの男たちをチップなしの状態に追い込んでいく。


 そしてとうとう、チップリーダーであるリーゼントに、ほぼチップ差無しのところまで迫っていたのだった。



「お嬢さん。とうとう1対1ヘッズアップになりましたね」


「だね」


 そのただならぬ勝負を察してか、気づけば部屋にいた全員が二人のいるポーカーテーブルを取り囲んで熱い視線を注いでいた。


 勝負は最終局面を迎えていた。

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