第17話 ミロンのバイト

「〈グレートケツプリ〉と、この店か……」


 午前10時。ミロンは昨日ルウシェから渡されたフライヤーを手に、店の前に立っていた。


 外にでかでかと貼られたマッチョのポスターを見て「なかなか個性的な店だな」なんて思いながら、入口のドアに手をかける。



「あのぉ」


「おぅ悪ぃな。まだ準備中……って、アンタもしかして」


「あ、あぁ。昨日小柄な少女が来たと思うのだが、彼女の紹介で」


「聞いてるぜ。さぁ入ってくれ」


 ミロンが話している相手は、言葉の端々から男性ホルモンが溢れているムッキムキの男性である。上半身裸で、首に蝶ネクタイをつけている。


 世間知らずの元王子ミロンは「変わった衣装だな」と少し首を傾げるだけで黙って男について行った。





「「「いらっしゃいマッスル!!!」」」


「どーれ、頑張ってるかなー。ププゥ、似合っているじゃないかその衣装」


「……あ、アンタか」


 その日の夕方。ルウシェはメルルと一緒にミロンのバイト先である〈グレートケツプリ〉にやってきた。カウンターの奥に通されると店内をまじまじと観察する。


 カウンターに囲まれるように造られた調理場には屈強な男たちが4人でポージングを取りながらシェイカーを振ったり調理を行ったりと、なかなか忙しそうである。


 ほどなくしてミロンが注文を取りに来た。引きつった顔のミロンにルウシェはニコニコ顔でメニューを指差す。



「じゃあこの〈カルーアプロテイン〉をもらおうかな」

「ボクはこの〈青汁マキシマム〉なのです」


「ありがとうござい……まっす……る」


「え? 何だって?」


「あ、ありがとうございマッスル!」


「そうそう。恥ずかしそうにしていると逆に悪目立ちしちゃうからねー」


「……」


(俺が辱めを受けているところを見て楽しんでるくせにぃ!)とミロンは声に出しかけたがギリギリで飲み込んだ。ルウシェとメルルが頼んだドリンクはカウンター内のマッチョによって手際よく作られてすぐに提供される。



「おー、すぐ来た。いただきマッスル!」


「客は言わなくていいんだよ」


「もー、ノリが悪い子だねぇ。そんなんだとお客さんに相手にされな……」


『ミロンくん、2番のテーブルにご指名入ったよ』


「承知した」とそそくさとテーブルに向かうミロン。



「ふ~ん、意外とちゃんとやれてるみたいじゃないか。これなら心配ないか。ね、メルル」


「そうですねぇ。ミロンにしては頑張っているのです」


「うん。じゃあ、アタシたちは先に戻って明日の公演路上パフォーマンスの打ち合わせでもしよっか」


「了解なのです」


 二人は会計を済ませると、足取りも軽やかに宿へと戻る。その時、二人を追うように店を出る男がいた。尾行する影があったことには気づいてはいなかったのだ。


 賑やかで活気溢れる商魂都市ネズミコの歓楽街。

 もちろんこの街にも深い闇が紛れている。





 翌朝。中心街から少し離れた安宿。

 部屋で一人パンをかじるミロン。別室に泊まっていたルウシェとメルルが勝手に入ってきてテーブルに腰かける。メルルは相変わらず色の濃い野菜ばかりをアイテムボックスから取り出すと、目の色を変えてがっつきまくっている。



「昨日は随分と遅くまで頑張っていたみたいじゃないか。仕事は大体覚えられたかい?」


 ルウシェがホットミルクを飲みながら尋ねると、ミロンは口の中のパンを水でゴクリと流し込んだ。



「ん、まぁな。あんな風に働いたのは始めてだがやってみるとなかなか面白いものだな。早速親しくなった同僚もできたし」


「マッチョバーで親しく? キミ、もしかしてそっちに目覚めたんじゃ……」


「違うわ! 相談を受けたことがきっかけで仲良くなったんだよ」


 なぜか勝ち誇った顔をしているミロン。気づくとパジャマの襟もとに鈍い色のバッジがつけられていた。部屋の中をぐるりと見渡すと、見慣れないモノが所狭しと積み上げられている。



「なんかやたらと新品のシャンプーや石鹸が置いてあるけどどうしたの? それにその胸につけているだっさいバッジは何?」


「気が付いたか? これは我が友ヒューゴにもらったバッジだ。そこの生活用品もヒューゴから……」


「ねぇ、その話もう少し詳しく聞かせてくれないかな」


「あぁもちろんだとも」


 ミロンはヒューゴのことを話し始める。彼には病弱な妹がいること。妹の病気を治すためにマッチョバーで頑張っていること。


 そして彼が最近始めたビジネスが素晴らしい仕組みで、やることはたったの二つ。自分が会員になって毎月決まった額の日用品を購入することと、他人を勧誘して会員になってもらうこと。


 自分の下に会員を集めれば集めるほど収入が増えていって、50人に紹介すればビジネスグループの幹部になれて毎月200万ゼニーもの大金が入るという、口外厳禁のとっておきの話まで特別に聞かせてもらったことを熱くルウシェに語った。



「どうだ、すごい話だろう? 日用品なんて普通に生活していたら絶対に使うしな。こんな凄いビジネスはさすがのアンタでも思いつかないだろ」


「この温室育ちのボンボンがー! バイト初日からあっさり騙されてくるんじゃないよ」


「はぁ? 何を言ってるんだ」


「何じゃない! 思いっきりマルチじゃんか!」


「何だよマルチって?」


「マルチ商法だよ。知らないのかい?」


「知らん!」


「……キミはガチで世間知らずだね。メルルはどう?」


 呆れ顔のルウシェが満腹の様子のメルルに話を振った。爪楊枝でシーシー言いながら答える。



「マルチ商法ですよね? もちろん知ってますよー」


「キメラのくせに知ってんのかよ!」


「常識ですよ。ルウシェの言う通り、ミロンは騙されたっぽいですね」


「……何だよ二人して。お前たちはヒューゴがどれだけいい奴かを知らないじゃないか」


 二人が予想外の反応だったためか、ミロンは肩を落として俯いた。



「いい奴は友達をマルチに誘ったりはしないよ」


「アイツはいい奴だ……会って間もないけど俺にはわかる。本当にいい奴なんだよ」


 二人の主張は平行線を辿ったまま。埒が明かないと悟ったルウシェは椅子から立ち上がる。



「この話、もう少し調べてみる必要がありそうだね。アタシたちは今日も街中でパフォーマンスをしてくるけど、その合間を縫って街の人に話を聞いてみる。キミは店でそのヒューゴくん以外の人にも話を聞いておいてもらえるかな。限定的じゃなく、なるべく多くの人から話を聞いて改めて総合的に判断しよう。それでどう?」


「……わかった」


「じゃあよろしく。行こう、メルル」


「行きますですー」


 二人が部屋を出ていくのを見届けると、ミロンはテーブルに両拳を叩きつけた。

 その顔には悔しさが滲んでいた。

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