第24話 静かな宴

「よっ! ほっ! はいっ!」

「おっめでとうございまーす!」


【うぉぉぉ!】


 ルウシェは約束通り、ヘルマンの経営する店でパフォーマンスを披露していた。店内は溢れんばかりの人が押し寄せ、割れんばかりの歓声に包まれている。


 ひと公演を終えて椅子に座ったままぐったりの様子のルウシェ。相変わらず体力はない。パタパタと団扇で服の中を扇いでいると、そこにヘルマンがやってきた。



「あぁ、おっちゃんか。どうしたの?」


「ハハハ、街を救ったヒロインに改めてお礼をって思ってな。それに今夜はアンタのおかげで満員御礼だ。いやー実際大したもんだぜ。どうだい? よかったらこのままウチの従業員として働かねぇか?」


「いやいや、アタシはしがない旅人。一つの場所に留まるなんて今は考えられないね。それにしても、おっちゃんがこの店のオーナーだったとは。あ、キミ。こっちにカルーアプロテイン1つお願いねー」


「あ、ありがとうございマッスルッ!」


 ルウシェから注文を受けたミロンが全力で声を上げる。ルウシェがパフォーマンスを披露していた店は〈グレートケツプリ〉。ヘルマンがオーナーを務めるミロンのバイト先だった。



 それから追加で2公演を行ったルウシェとメルル。

 店は大盛況のうちに閉店時間を迎え、バイトのミロンとヒューゴが居残って店内の後片付けをせっせと行っている。


 ルウシェはあくびをしながらミロンの作業が終わるのを待っていた。メルルに至ってはテーブルの上で仰向けになっていびきをかいている始末。



「あのぉ、ルウシェさん」


 気づけば半醒半睡はんせいはんすいだったルウシェ。向けられた声で我に返った。



「ん……あぁキミか」


 顔を起こすと、目の前にはミロンの友人ヒューゴが立っていた。その後ろではミロンが何とも言えない表情で斜め下に視線を落としている。



「俺、あなたに謝りたくて」


「ん? 何でだい?」


「だって、俺はあなたの仲間のミロンを……その……騙し……」


「もういい! その話は終わりだと言っただろう!」


 耐えきれない様子のミロンが強引に話を終わらせようと前に出る。二人の男を前にして、ルウシェは目の前でパンと手を叩いた。



「キミの気持ちはわからなくもない。人間なんて弱い生き物だからね。自分や身内が助かるのなら人を騙そうと企むことだってあるだろうし」


「……いや、でも」


「そう、だよ。人を騙す理由に妹を使っちゃダメだ。マルチに乗っかって楽して稼ごうとする自分を正当化しちゃダメだ」


 病弱な妹を助けるためにヒューゴはミロンを騙してマルチの会員に勧誘した。そのことをヒューゴはずっと後悔していたのだ。ミロンのような誠実な男を騙してしまった自分を心から恥じていたことは、わざわざルウシェにまで謝罪に訪れたことからも明らかだった。



「おい、もうその辺でいいだろ」


「いいや、ここまで言ったんだ。最後にこれだけは言わせてほしい。いいかい。キミはもう立派な大人だ。それならきっと何とかなる。この世のどこかに解決の糸口がある。勇気をもって本気で一歩を踏み出せば道は必ず拓けるよ。だから頑張って、ヒューゴくん」


 ルウシェの言葉を聞くとヒューゴは肩を震わせた。それでも必死で涙交じりの声を吐き出そうとする。



「お、俺……ぐすっ……頑張ります……ぐすっ……本当に……ありがとう……」


「うん」


 ルウシェは目を閉じ優しく微笑みかける。ミロンはヒューゴの肩に手を置くと、ただ黙って頷くのだった。



 それからヒューゴの嗚咽が収まるのを待って、3人はオーナーのヘルマンに内緒でこっそり店の酒を一本空けることにした。メルルのいびきが部屋に響く中、静かな宴は明け方まで続く。


 ミロンもこの時だけは大目に見てくれたのだった。

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