正直者の美少女イカサマ士は、国を追放されたウソが大嫌いな元王子のお嫁さんになりたくて仕方がないご様子です

月本 招

第一部

第一章 正直者のイカサマ士、ウソが嫌いな元王子

第1話 国を追放された元王子

 半年前にレゼル王国を追われた元王子のミロン。


 彼は今、流浪の旅の末に辿り着いた隣国〈ミゲルガルド〉の自警団の詰所前にいた。



「ふ~ん、コイツらが国際指名手配犯か。どいつもこいつも悪そうな顔をしてるよな」


 掲示板に張り付けられた厚手の麻の紙。4列2段の枠内に8枚の指名手配犯がモノクロで描かれている。似顔絵のため、どこまで似ているかは定かではないが、共通しているのは人相の悪さだった。



「連続殺人に強盗、婦女暴行か。……ったく、どうしたらそんな凶悪な犯罪を実行できるのか。なになに? こっちの右下のは……【国家略奪を謀ったイカサマ士】だと? ったく、とんでもないスケールの大悪党だな。一体どんな極悪なツラをしているのやら」


 ミロンが罪名が書かれた下枠内の似顔絵を見ると、そこだけ絵の力の入れようがまるで違う、超絶美少女が描かれていた。



「ん?」

「ん?」


 その絵の真横に、同じ顔をした美少女がいて自然と目が合う。ミロンは一瞬何が起こっているのか分からずに首を傾げた。



「ぬおぉ! こんなところに国際指名手配犯!」

「んきゃー! 誤解だってばぁ!」


 少女は詰所の管内を蛇行しながら走り去ってしまった。あまりに一瞬の出来事にミロンは唖然とし、少女を見逃してしまう。



「はっ! 国際凶悪指名手配犯を逃したとあっては、この国の治安機関に申し訳が立たない。おーい、そこの人ぉーっ」


 ミロンは近くにいた自警団員に駆け寄ると、さっきの出来事を身振り手振りを交えながら説明した。


 国家略奪を謀ったイカサマ士。

 似顔絵の下に記されていたその名は……





 10日後。まともに食事も休憩も取らずに歩き続けた甲斐あって、ミロンはヘロヘロになりながらも新たな街へとたどり着いた。


 目に飛び込んできたのは真昼間から道端のあちこちで堂々と開かれている賭場の数々。酒を煽り、博打に興じる輩たち。そこに参加する者たちの喜怒哀楽を伴った感情が否応なくミロンの耳にも届いてくる。



「いよぉぉし! またキタぁ!」


「ねーちゃん。さっきからバカづきじゃねぇか」


「ヘヘー。今日はいい日になりそうだよ~」


 そして、なぜかその一角だけはギャラリーで人垣ができていたのも不思議だった。見守る男たちの嬉々とした声も聞こえてくる。



「いいぞ、お嬢さーん」


「おいおい、あれって最近この街にやってきたって言う評判の美少女だよな? 何でこんなところで堂々とギャンブルなんてやってんだよ?」


「俺が知るかよ。てか話しかけんな。あのご尊顔を一秒でも長くこの脳裏に刻み込んで……」


 ここは城の城下町のメインストリート。ミロンは長く続く通りの入口で、遠く奥にそびえる城を見上げていた。



「ここが賭博都市ギャンボーの中心街か。噂にたがわぬ胡散臭いところだが、人の往来はさすがに多いな。ここなら何か情報が得られるかも」


 ミロンは石畳で舗装された通りを歩き出す。が、しばらく歩いていると肉の焼ける香ばしい香りが鼻を突き、自然と足が止まった。



「やっぱり無理……。もう腹が減って死にそう」


 腰に引っかけた銭袋の中を見る。やたらと軽かったのは中身がスカスカだったから。何度見ても総額3ゼニー。これでは水すら買うことができない。



「こうなったら、このなけなしの3ゼニーを賭けて増やすしか……。いや、俺は博打の類は大嫌いだ。仕方がない。一旦街の外に出て、道端で食べられそうな野草でも探すか……」


 鳴りやまない腹を押さえて来た道を戻る。すると突然、【ドカッ】と言う音が聞こえたと思ったら、木製のテーブルがミロンの目の前に落ちてきた。派手に壊れて破片が辺りに飛び散り、ひらひらとカードが後から舞い落ちてくる。



「なにすんのよ! 危ないじゃないかー」


「なにじゃねぇんだよ! テメェ、アタイたち相手にイイ度胸してんじゃねぇか」


 怒声の方を見やると、さっきの人垣ができていた賭場で突然、ゴツい男と小柄な少女が言い合いを始めていた。あっという間に複数の屈強な男たちに囲まれる少女。周りのギャラリーも困惑の声を漏らしている。



「アイツら、あんな美少女を前にして、よくあんなに平然としていられるな」


「お前知らないのかよ。アイツらはガチの男色集団“髭男色ひげだんしょく”だぜ」


「うわ、多くの裏賭博を経営していて、そこで負けた連中向けに法外な金利で貸し付ける闇金を経営していて、何ならエッチな店に沈めたりもするって噂の、悪名高き髭男色か」


「あぁ麗しのお嬢さん。お助けしたいけどさすがに相手が悪すぎるっスよ……」


 慌てて人垣をかき分けて前に出る。そこにいた、ゆるふわロングの銀髪に桃花色の瞳をした小柄な少女を見た瞬間、ミロンは息を呑んだ。


 これまでに、数々の美しいと称される貴族の姫たちと面会してきたが、目の前の少女は別次元の造形を誇っていた。なるほど、これほどの美しさであれば評判の美少女と言われても納得するしかない。しかし、はて。この顔どこかで見た気が。


 そうだ。この間見た、国際指名手配犯の女によく似ているのだ。しかし、あの時の女は青い髪色。眼は翠玉色だった。それに何と言っても身長が全然違う。


 この間の女は女性にしては高身長だった。その点であの小柄な少女とは似ても似つかない。いくら顔が似ているからと言っても体格が異なるのであれば紛れもない別人だと言えるだろう。


 ミロンは考えを整理すると、男たちに声を向けた。



「やめろお前たち。どんな理由があるにせよ、大の男が何人もよってたかって少女をいたぶるなど見過ごせるはずがない」


 多勢に無勢な状況を放ってはおけない。ミロンが言うと、髭男色の男たちは一斉に声の方に睨みを利かせて目を向けた。



「んだぁテメェは……。って、あらぁ。ちょっとイイ男じゃない」


「ちょっとアンタ。なに急に色目使ってんのよ。クソキモいわね」


「はぁぁぁ? キモいのはアンタでしょーが、このドブス! 取り消しなさいよッ」


「なによ! やるのッ? このアタシとやるってのッ?」


 突然、男たちは丸太のような太い腕をぶん回し、全力で殴り合いを始めた。ゴリゴリのマッチョ同士が入り乱れる肉弾戦にギャラリーは一気に沸き立った。辺りは騒然とし、やがて喧騒に包まれる。



「ねぇキミッ」


「ん?」


 呆気に取られて立ち尽くしていると、下の方から声がした。声の方を向くと、先ほどの小柄な少女がミロンを見上げていた。



「あ、俺のこと?」


「そうだよッ! 危ないから早く行こッ」


「え? ちょ、何だよいきなり」


 少女はミロンの腕を掴むと、一目散に駆け出した。そのまま二人は全力で走り続け、逃げるようにして街の裏路地までたどり着く。少女は膝に手を当て、肩で息をしながら言った。



「ハァハァ……いやー、焦ったよね。急にあんなことになるんだもん」


 一方で、ミロンは全くと言っていいほど呼吸が乱れていない。少女に対するいくつかの疑問が浮かび、考える間もなくそれらが口を突いて出た。



「いや、俺も全部は見ていなかったけど、アンタが騒ぎの原因っぽくなかったか?」


 ミロンが言うと、少女はじっと真顔で目を見つめて近づいてくる。


 その吸い込まれそうな大きな瞳で見られていると、心の中まで見透かされているような気がした。

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