第7話 学園側の思惑

「カーディナルの養子が負けたらしいな」


 王立魔法学園の職員室において、小さな会議が開かれていた。


 集まったのは、いずれもこの学園の運営に関わる要人達。

 単に寄付しているというだけでなく、学園業務に携わり口を出す権利を与えられた、いわゆる上級貴族の代表者だ。


「いやはや、ミラから久しぶりに連絡があった時は何事かと思ったが……あやつもなかなか面白い小僧を育ておったものよ」


 ふぉふぉふぉ、と笑うのは、この学園で学園長を勤める老人、ウィル・ラインハルト。

 ミラとも旧知の仲であり、そもそも魔力を持たないダルクが試験を受けられたのは、彼の尽力に寄るところが大きい。


 豊かな白い髭を蓄えたウィルの呑気な言葉に、しかし周囲からは懸念の声が上がる。


「しかしですよ、学園長。やはり魔力を全く持たない人間をこの学園に入れるというのは、如何なものかと」


「左様。魔法を使うためにあのような道具におんぶに抱っこでは、とても実戦に耐えられるとは思えませんな」


「そうは言うが、我々一般の魔導士とて、大規模な儀式魔法では触媒となるアイテムを用いるではないか。同じことではないかの?」


「それは詭弁です!! 現に、あの魔道具とかいう物を使って試験を通過するのは不正ではないかと、抗議の声が多数上がって来ています」


 バンッ! と机の上に叩き付けられたのは、様々な貴族家から寄せられた抗議文の束だ。


 魔法の素質さえあれば、貴族平民を問わず広く門戸を開いている魔法学園において、の抗議文しか来ていない辺り、どういった層が魔道具に反感を抱いているか、よく分かるというものだ。


(やれやれ、安請け合いしたはいいが、これを宥めるのは大変じゃぞ、ミラよ)


 ウィルとしては、優れた魔法の才能を貴族達がほぼ囲い込んで独占しているという現状には、あまり興味がない。


 単に、魔道具という新たな技術の到来に可能性を感じ、いち早くそれを調べる機会が欲しいと考えているだけだ。


 とはいえ、そんな知的好奇心を満たすための障害として、まずは目の前にいる貴族達を納得させる方便を考えなければならないのだが。


(面倒じゃの~、そろそろボケ始めた老人に、政治的な駆け引きは荷が重いんじゃて……)


 さてどうしたものかと、ウィルが回らない頭を必死に動かし始めた時。意外なところから、彼を援護する声が上がった。


「少なくとも、今ある受験規則や評価制度において、ダルク・マリクサーを不合格にする根拠はないだろう。魔道具に対してどういう感情を抱くにせよ、そこを違えれば信頼が成り立たん」


 その言葉に、集まった人々は誰もが目を見開く。

 なぜなら、魔道具を用いたダルクを庇うような発言をしたのは他でもない、自らの後継者を公衆の面前で打ち倒された、グレゴリオ・カーディナル侯爵その人だったからだ。


「どういう風の吹き回しでしょう? あなたは、真っ先に反対すると思っていましたが」


 困惑する会場の声を代弁して、スパロー公爵家当主、マリア・スパローが問い掛ける。


 貴族社会では珍しい女性当主からの言葉に、グレゴリオは淡々と答えた。


「どうもこうもない、結果は結果だと言ったまでだ。それに……あまり強く排斥して、反魔法主義者にあの魔道具が取り込まれても敵わん」


「…………」


 反魔法主義者とは、魔法の素質だけで全てが決まるこの国の在り方を変えよう、という思想の下、様々な活動を行う者達のことだ。

 その中には、テロなどの過激な手段に訴える人間や組織も少なくないため、貴族平民を問わず頭痛の種となっている。


「入学を認め、適度に首輪を付けておいた方がコントロールもしやすいだろう。第一、あんな初見殺しで一度勝った程度で、調子に乗られても困る」


 グレゴリオのその言葉で、ようやく貴族達にも彼が何を考えているのかが分かった。


 要するに、彼は悔しいのだ。


 自分が出来損ないとして追い出した“元”息子が、自分の手塩にかけて育てた“後継者”を打ち倒してしまったという事実が。


「ふむ、ではこうしよう。ダルク・マリクサーの入学は認める。代わりに、彼には通常の課題とは別に、魔道具について詳細な研究結果のレポート提出を義務付け、三ヶ月後を期日とする。ちょうどその時期には中間考査もあるでの……その結果を総合的に判断し、改めて、この学園の生徒として相応しいかどうか決めようじゃないか」


 ウィルがそう纏めると、今回は貴族達も肯定的に受け入れた。。


 特に、グレゴリオにとって……より正確には、彼の“今の”息子にとって、中間考査は雪辱を晴らす良い機会だ。反対する理由はない。


(しめしめ、これで合法的に魔道具の研究結果を拝めるぞい)


 そんな中で一人、ウィルは三ヶ月後に手に入るレポートの内容へと期待を膨らませ、年甲斐もなくワクワクと心踊らせるのだった。

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