第22話 動き出す悪意
「よし、この棚のチェックはオーケー、と」
ダルクがミラと連絡を取り合っている頃、スフィアは医務室で作業をしていた。
とはいえ、まだ学生であるスフィアに本当の医療行為をさせるわけにも行かないので、医務室に置いてある備品のチェックや、昏睡している生徒達のバイタルチェックなどが主な役目だ。
「次はここを……」
地味な役目だが、そういった細かなところで生じる些細なミスが、医療現場では命取りになることをスフィアも理解していた。
手を抜くことなく、真面目に取り組んでいる。
「……あれ? なんだろう、これ」
だからこそ、というべきだろうか。
見落としがないようにくまなくチェックしていたスフィアは、引き出しが二重底になっていることに気が付いてしまう。
何の気なしに開けてみると──そこには、紫紺の輝きを放つ不気味な水晶玉が、いくつも納められていた。
「なに、これ……?」
それが一体何なのか、スフィアの知識では判断出来ない。
それでも、自分が見てはならないものを見てしまったのではないかという危機感だけがどんどん膨れ上がっていく。
「ふふふ──見付けちゃったのね、スフィアさん」
背後から、声が聞こえた。
スフィアにとっては、聞き慣れた声。
彼が志した道の先にいる者として、尊敬さえしていた人物なのだが、今この時ばかりはそれが死神の呼び声にしか聞こえない。
「コーネリア、先生……どうして……」
「ごめんなさいね。あなたに手を出すつもりはなかったのだけど──見られたからには、ちょっと眠って貰うわ」
振り返った先に見えた、コーネリアの怜悧な眼差し。
その記憶を最後に、スフィアの意識は暗転するのだった。
王都は、カステード王国内でもっとも発展した都市である。
しっかりと区画整理された石造りの建物が並び立ち、魔法の力で綺麗に清掃されたその町並みは多数の人々が行き交い、大陸有数と称される豊かさと発展ぶりを見せ付けている。
しかしながら、そうした光の一面の裏側では、その豊かさを享受出来ずに落ちこぼれた者達も数多く存在していた。
「ふむ、もう動くのですか? 些か時期尚早のようにも思いますが」
そんな“落ちこぼれ”の掃き溜めとなっている路地裏にて、夜の闇に紛れて一組の男女が話し込んでいた。
一人は、以前ルクスに接触し、言葉巧みに《ルシフェール》を持たせた男。
タキシードに身を包み、パッと見だけなら上流階級の人間に見える紳士──スペクターだ。
「仕方ないでしょう? 生徒にルシフェールを見られたの。カーディナル家も予想以上に本気で捜査を進めているし、これ以上裏でこそこそと活動するのは難しいわ」
そんなスペクターに肩を竦めて見せるのは、白衣に身を包んだ女性──王立魔法学園教師兼、専属医師。コーネリアだった。
彼女の言葉に、スペクターは「ふむ」と顎に手を当てて考え込む。
「確かに、これ以上隠れ潜むのは難しい。現職の魔導士にもそれなりの数のルシフェールを浸透させましたし……多少のリスクを織り込んでも、作戦を次のフェーズへ進めるべきですね。ですが……よろしいので?」
「何がかしら?」
「次の作戦目標は魔法学園です。あなたの同僚や生徒もいるのでは?」
ちゃんと仕事を果たせるのか? と、スペクターは問い掛ける。
そんな彼の疑念に、コーネリアはきょとんと目を丸くし……思い切り、笑い始めた。
「あはははは! 本気で言っているの? 私が、少しばかり同じ時間を過ごした程度であんな連中に絆されると? ……あり得ないわね」
明確な苛立ちと憎しみを感じさせる瞳で、コーネリアはスペクターを睨む。
二度と、そんな戯れ言を口にするなとばかりに。
「生まれ持った才能に胡座をかいて、平民を見下し虐げるような連中、どうなろうと知ったことじゃないわ。あなたもそうでしょう?」
「ふふふっ! 確かにその通りです、これは失礼しました。では、行きましょうか」
「ええ、そうしましょう」
優雅に頭を下げて謝罪する姿は堂に入っており、教育が行き届いた貴族と比べても遜色ない。
あるいは、本当に貴族の出身なのかもしれないが……コーネリアにとっては、そんなことどうでも良かった。
目的を果たすために動いてくれるのなら、何でもいい。
──ふとその時、白衣のポケットに入った水晶の存在を思い出す。
「そう……たとえ平民だろうと、あの学園にいる時点で同罪なのよ」
取り出したそれは、《ルシフェール》と対をなす魔法触媒。
《ルシフェール》の力で消耗した人物の魔力回復を封じ込め、その分の魔力を溜め込んで他者へ与えるための代償魔法──《レヴィアタン》だ。
「だから、悪く思わないでね。あなたの魔力も、有効に使わせて貰うわ」
くすりと笑みを溢し、レヴィアタンをポケットに戻す。
その瞳に、確固たる目的を見据えて。
「全ては、この世界に真の平等を実現するために」
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