魔力ゼロの無能だと追放された俺、大魔導士の弟子になる~俺だけが使える魔道具の力で魔法学園を無双します~

ジャジャ丸

第1話 追放と出会い

「ダルク、お前にはこの家を出ていって貰う」


 無機質という言葉を絵に描いたような、必要なもの以外何一つとして置かれていない執務室。


 そんな空間で、あくまでも淡々と決定事項のように告げられた父の言葉に、対面する少年──ダルクは声を震わせた。


「どうして、ですか……僕は……」


「どうしてだと? そんなことは、お前自身が一番よく分かっていることだろう」


「っ……!!」


 父の言葉に、ダルクは唇を噛み締める。


 この国に生きる人間にとって、何よりも重視される能力──それは、魔法の力だ。


 世界中に蔓延る魔物に対する備えとして、あるいは人々の生活を支えるインフラとして、道具として。あらゆる場面で魔法が使われ、子供であってもその技術を習得するのは当然の義務とされている。


 つまり、最低限の魔法が使えなければ、この国で生きていくことは出来ないということだ。


 その点、ダルクは生まれつきその体に一切の魔力を持たず、何の魔法も使うことが出来なかった。


 どんな講師に教えられても、どんな名医の診察を受けても、ダルクが十歳の誕生日を迎える今日この日まで、その原因は分からないままだ。


「我が家は王国の盾、カーディナル侯爵家だ。その名を背負って生きる者には、相応の力と義務を持たなければならない。生活魔法すら使えぬお前に、カーディナルを名乗る資格はない」


「それは、分かっています……!! ですから、父様!! もう少しだけ、もう少しだけ僕に時間をください!! 必ず、魔法を習得してみせますから……!!」


 ただでさえ魔法を使えないというハンデを背負っているダルクが、侯爵家の後ろ楯まで失ってしまったら、本当に死ぬしかなくなってしまう。


 それだけは嫌だと、誠心誠意頭を下げて頼み込むダルク。


 そんな彼に、父──カーディナル家当主、グレゴリオ・カーディナルは、深い溜め息と共に叫んだ。


「ハッキリ言わねば分からんようだな。……魔力の欠片も持たぬお前など、家門の恥だ!! とっとと出ていけ!!」





「それではお坊っちゃま、ご機嫌よう」


 父・グレゴリオに勘当を言い渡されたダルクは、そのままの足で馬車に乗せられ、領地から遠く離れた森の中に放り出された。


 せめてもの手向けだとばかりに、僅かばかりの食料と水、護身用のナイフは渡されたが、こんなものがあるからどうしろというのか。


 去っていく馬車を見送りながら、ダルクはその場に座り込んでいた。


「……もう、死のう」


 深い絶望感の中で、ダルクはそう呟く。


 これまでの人生は、ダルクにとって散々なものだった。


 優秀な魔導士を数多く輩出してきたカーディナル家長男という立場にありながら、一切の魔法が使えぬ無能という存在。


 周囲からは日々陰口を叩かれ、見えないプレッシャーに押し潰されそうになりながら勉学と訓練に明け暮れた。頑張れば、いつか自分も魔法が使えるようになるはずだと。みんなも自分を認めてくれる日が来るはずだと。


 だが、そんな日はもう永遠に来ない。

 家族にも見捨てられ、こんな森の中に一人放り出されて、どうしろというのか。

 

 たかが十歳の少年が背負うには、この現実はあまりにも過酷過ぎた。


「…………」


 渡されたナイフの切っ先を、自分の首筋に真っ直ぐ向ける。


 体を鍛えれば魔力も増える、という眉唾な情報を信じ、十歳にしては相当に体を鍛え込んできた。今の自分なら、ひと思いに即死出来るだろう。


 そう考え、ダルクは思い切り自分の喉にナイフを突き刺そうとして──


「うわっ!?」


 突如、自分の体がふわりと浮き上がったことで、ナイフを取り落としてしまう。


 一体何が、と視線を巡らせたダルクは、木々の合間から一人の少女が現れるのを目撃した。


 鮮やかな青色の髪を持つ、絶世の美少女だ。

 まだ幼い子供であっても思わず見とれてしまうほどの美貌に、ダルクはしばし茫然とその姿を見つめた。


「やれやれ、妾の庭の軒先で、こんな幼子が自決とは。随分と世知辛い世の中になったもんじゃな」


 落ちているナイフがふわりと浮かび、少女の手にするりと収まる。

 その柄に掘られた家紋を見て顔をしかめた少女は、ナイフをポイと投げ捨てながらダルクに問い掛けた。


「それで、カーディナルの子が、こんなところでどうしたんじゃ。妾に言うてみい」


「なんで、そんなこと……わざわざあなたに……」


「暗い気持ちは、誰かにぶちまけた方が楽になるもんじゃよ。妾はこう見えてもお前さんよりずっと人生経験豊富じゃからの、遠慮せず言った言った」


 どう見ても十代前半にしか見えないが、少女が何気なく使っている魔法は、カーディナル家に居てすら滅多にお目にかかることが出来ないほどに高度なものだ。


 自分がなりたくてもなれない、憧れの更にその先に、この少女はいる。


 そう思うと、いちいち意地を張るのもバカらしくなってしまった。


「僕は……父に捨てられたんです」





 ダルクが話す事情を、少女は黙って聞き続けた。

 一通り話し終わったダルクが口を閉ざすと、少女は彼の方へと歩み寄っていく。


「もう、分かったでしょう? 僕にはもう、生きる価値なんてないんです。早く降ろしてください」


 というか、話している間もずっと彼女の魔法で浮かび続けていたのだが、この不安定な体勢でずっと留めておく意味があったのだろうか?


 そんな疑問を抱くダルクの体を、少女はペタペタと無遠慮に触り始めた。


「あ、あの……?」


「ほうほう、本当に全く、一切の魔力を感じんな。こいつは面白い」


「っ……そんな、どこが面白いんですか。こんな、何の役にも立たない体……!!」


「まあ確かに、特に使い道は思い付かんな。人間誰しも大なり小なり持っているはずの魔力が全くないとは、まるで意味がわからん。じゃが、だからいいんじゃろ?」


「……は?」


 少女の言っている意味が分からず、ダルクは首を傾げる。


 そんな彼に、少女は瞳を輝かせながら言った。


「何も分からんということは、その分だけたくさんの“未知”という名の“可能性”がお前さんの体には眠っているということじゃ。それを暴いたらどんな未来が待っているのか、ワクワクしてこんか?」


「“未知”という名の“可能性”……?」


 そんな風に言われたのは、ダルクにとって生まれて初めての経験だった。


 オウム返しに呟くダルクに、少女は少女は楽しげに告げる。


「なあ、どうせ死ぬつもりなら、妾の実験に付き合う気はないかの? お前さんの体、もっと詳しく調べさせてくれ!」


「い、いいですけど……あなた、何者なんですか……?」


「おっと、まだ自己紹介もしてなかったの。失敬失敬」


 ダルクを地面に降ろしながら、少女はにかっと楽しげに笑う。


 太陽のように煌めく髪をたなびかせ、戸惑うダルクに手を伸ばした。


「妾の名はミラジェーン。王国史上最強の大魔導士じゃよ。よろしくな、ダルク?」


 そう言って笑う彼女の手を、ダルクはそっと握り締め──


 こうしてダルクはミラジェーンに拾われ、彼女の実験に付き合わされることになったのだった。

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