第17話 親子対面
中間考査が終わり、学園に平穏が戻った。
とはいえ、それはあくまで一年生のみの話であり、二年生、及び三年生の生徒達は数日空けて試験があるのだが……それも、終わってしまった一年生には関係ない。
彼らの過ごす校舎には、少しばかり浮わついた空気が漂っていた。
「取り敢えず、今後も引き続き在学出来そうで良かったよ」
「ん……ダルクなら当然。すごく、強かった」
そんな校舎の廊下を、ダルクとアリアは連れ立って歩いていた。
向かう先は医務室。
いくら結界で防御したとはいえ、実際の戦場で使われるような上級魔法をまともに浴びたダルクの怪我は、まだ治っていない。そのため、新しい包帯を取りに行くのだ。
「アリアも、スフィアと良い勝負だったな。最後は惜しかったけど」
「……次は、負けない。もっと頑張る」
「あはは、そっか、頑張れ。俺も出来る限り協力するよ」
ふすー、と鼻息荒く宣言するアリアに、ダルクは笑みと共にそう答える。
しかし、そんなダルクを見て、アリアの表情が少しばかり陰った──気がした。
「ん? どうした、アリア」
「……ダルク、大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」
「…………」
アリアが何を気にしているのか、ダルクには分かっていた。
分かっていて、それでも惚けた返事で誤魔化しながら、医務室へと入り──嫌でも、アリアから心配されている原因が視界に映る。
「…………」
医務室の中でも、特に大きなスペースを取っている重傷患者用のベッド。そこに横たわるのは、意識不明のルクスだった。
ダルクとの試合を終えた後、彼は既に丸一日以上こうして眠り続けている。
死んではいないが、限界を超えて消耗した魔力になぜか回復の兆しさえ見えず、いつ目を覚ますかも分からない。そんな状態だ。
「……大馬鹿野郎が」
アリアに聞こえない声量で、ダルクは小さくルクスを罵倒する。
彼が、一体どんな代償魔法に手を出したかはまだ分からない。
もし、このまま魔力が回復しないようなことになれば、彼は二度と目を覚ますことはないだろう。
……そうなって欲しくないと、ダルクは建前でもなく本心から思った。
「ダルク君、今日はどうしたの?」
「あっ、すみません、ちょっと包帯を取りに」
「はい、分かったわ」
医師の先生──コーネリアと言う名らしい──とやり取りし、新しい包帯を用意して貰う。
せっかくだからと、この場で専門家であるコーネリアに包帯を替えて貰うことになったのだが──それは失敗だったと、ダルクは思った。
扉を蹴破らんばかりの勢いで、一人の男が飛び込んできたのだ。
「ルクス!! ルクスはここか!?」
「っ、父さ……グレゴリオ、侯爵!?」
かつてダルクを家から追い出した、カーディナル家当主、グレゴリオ・カーディナル。
実の父親の登場に、ダルクは目を見開いた。
「……くそっ……なぜこんなことに……!!」
ルクスの眠るベッドに駆け寄ったグレゴリオは、苦渋の表情でそう呟く。
そして、すぐにその顔を怒気に染め直し、ダルクへと詰め寄ってきた。
「貴様!! ルクスに何をした!?」
「ダルク……!」
いきなり胸倉を掴み上げるグレゴリオに、アリアが慌てて立ち上がるが……そんな彼女を目で制したダルクは、あくまで淡々と“かつての”父親に口を開いた。
「俺は何もしていませんよ。戦って、この手でぶん殴った。神に誓って、それだけです」
「惚けるな!! 貴様、家を追い出された意趣返しのつもりか!? それなら、なぜ私ではなくルクスを狙う!?」
「ですから、俺は関係ないと言っているでしょう。これは明らかに代償魔法の結果です、俺がそんなものをルクス様にかける力がないことくらい、侯爵が誰よりご存知のはずですが?」
「ルクスがそんなものに手を出すはずがない!! こいつは、成長すればいずれ大魔導士として名を馳せるだけの才能を持っていたんだ!! それを、こんなところでむざむざ捨てるようなことをするはずが……!!」
すっかり冷静さを失い、頭からダルクを犯人だと決め付ける侯爵。
そんな彼を、ダルクは思い切りぶん殴った。
「ぐっ……何をする!?」
「こっちの台詞だ、クソ親父。あんたが……あんたがそんな態度だから、ルクスはこんなことになったんだろうが!!」
逆にグレゴリオの胸倉を掴み上げたダルクは、頭突きせんばかりの勢いで顔を寄せ、叫ぶ。
本人にその認識はないが──周りから見たその表情は、今にも泣き出しそうに見えた。
「あんた、今の言葉を一度でもルクスにかけたことがあるのか? 入学試験でルクスが俺に負けた時、あんたはこいつになんて声をかけた? 言ってみろ!!」
「…………」
ダルクの激しい剣幕に、グレゴリオは何も答えない。
代わりに、傍で見ていたコーネリアが、パン、と手を叩いた。
「はい、そこまでです。ダルク君、あなたはまだ怪我人なんです、そんなに興奮しては治るものも治りませんよ」
「……すみません」
「侯爵閣下も。息子さんがこのようなことになって、お気持ちはお察ししますが……ここは医務室ですので、お静かに」
「……すまない」
ダルクは、侯爵から手を離すと、一礼だけして逃げるように医務室を後にする。
そんな彼を、アリアがそっと追い掛けて来た。
「ダルク……大丈夫?」
医務室から少し離れた、誰もいない廊下。
そこで追い付いたアリアは、ダルクに話し掛ける。
それに対して、ダルクは出来るだけ明るい口調で答えた。
「心配かけてごめんな。でも、大丈夫だよ。実のところ、ちょっとホッとしてるんだ、俺」
「え……?」
「あの人……グレゴリオ侯爵が、ちゃんとルクスのことを“息子”として見てるんだなって、確認出来たから」
ダルクにも、負けられない理由はあった。
それでも、やはり気になってはいたのだ。自分が二度もルクスを負かしてしまったことで、彼がカーディナル家を追い出されてしまうのではないかと。
だが、先ほどの侯爵の様子を見るに、その心配はなさそうだ。
だから安心したのだと、ダルクは語って聞かせる。
「ルクスのことは心配だけど……代償魔法の後遺症だって、治療方法が全くないわけじゃない。あいつなら……きっとまた、やり直せるはずだ」
「ダルク」
足を止めたアリアが、ダルクの服を掴んでその場で踏み留まらせる。
どうしたのかと振り返った彼を見て、アリアは「むぅ……」と不満そうに頬を膨らませた。
「……どうした?」
「ちょっと、しゃがんで」
「お、おう?」
言われるがまま、ダルクがその場に膝を突く。
すると──そんなダルクの頭を、アリアはふわりと自身の胸に抱き締めた。
「ア、アリア? どうしたんだ?」
制服越しに感じる柔らかな感触と甘い匂いに、ダルクの脳がくらくらと揺さぶられる。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、アリアはそっと彼の頭を撫で始めた。
「大丈夫……ダルクは、一人じゃないよ」
「え……?」
「私も、スフィアもいるし……ミラジェーン様も、いるんでしょ? だから、大丈夫。泣かないで」
そこまで言われて、ダルクはようやく自分が泣いていたことに気が付いた。
ホッとしたというのも、心配だったというのも嘘ではない。
だが、同時に……やはり、ダルクにとって“あの光景”を見るのは悔しかったし、寂しかったのだ。
実の息子であるはずのダルクは、魔法の才能がないという理由で捨てたにも拘わらず……ルクスのことは心から心配し、持ち前の冷徹さすら投げ捨てるほど動揺していた、父の姿というのは。
「いつかきっと……良くなるから」
アリアのその言葉は、果たしてダルクとグレゴリオの親子関係を指しているのか、ダルク自身の心の踏ん切りがつくという意味か、はたまたその両方か。
真意のほどは分からないが、ダルクはどちらでも構わないと思った。
「ありがとな……アリア」
ここにちゃんと、自分を心から心配してくれる人がいる。それだけで、十分だ。
そう考えたダルクは、そのまましばらくの間、アリアの胸に抱かれ続けていた。
ただ……この時の二人には知るよしもないが、ダルクとグレゴリオの親子関係は、思わぬ形で少しだけ前進することになる。
グレゴリオがダルクに吹っ掛けた、「ルクスに代償魔法をかけた」という容疑が、無事に晴れたのだ。
──一年生に引き続く形で試験を受けた上級生から、同じ代償魔法を原因とする魔力喪失によって、医務室に運び込まれる生徒が続出したことで。
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