第16話 信念の大激闘

「熱っ……!! いきなりこれは、予想外にも程がある!!」


 炎の地獄からギリギリのところで生還したダルクは、《飛行フライ》で空を飛びながら叫ぶ。


 事前予想では、ルクスは魔道具の欠点を突くような形で攻めてくると考えていた。


 ダルクの持つ魔道具は、周囲の魔力を利用する形でしか魔法を使えない。


 魔晶石という奥の手もあるにはあるが、時間と共に劣化していく代物であるために常に数を確保するのが難しい。


 だからこそ、初級クラスの魔法を軸に戦術を組み立て、こちらの自由度を削りつつ追い込んでくると予想していたのだ。


 それが、いきなりの上級魔法の使用。魔晶石を使ってさえ防ぎきれない威力の魔法によるゴリ押しで攻めてきた。


「でも、あんな威力の魔法を使ったら、すぐに息切れを……!?」


 同じ魔法はもう使えないはずだと、そう考えた直後。ダルクの眼前に、氷柱の嵐が押し寄せて来た。


「《氷柱嵐雨アイシクルストーム》」


「くっ……《風防壁エアカーテン》、《炎竜巻フレアストーム》!!」


 魔晶石を一度に二つ砕き、二種類の魔法を発動する。


 風の幕で自らを覆い守りながら、襲い来る氷柱を自分ごと炎の熱で覆って消し飛ばす戦法だ。


 どちらも中級クラスではあるが、その中でも特に上級に近い強力な魔法。

 しかし、それでもルクスの魔法は防ぎきれず、砕けた無数の氷片がダルクの体を傷付けていった。


「っ……ルクス!! あんたは……一体何に手を出した!?」


 傷の痛みも、目上の人間に対する礼節も忘れてダルクは叫ぶ。


 ルクスの力は、明らかに常軌を逸している。


 もちろん、彼の素質なら、いずれは上級魔法さえ操れるようになっていたかもしれない。だが、少なくとも二ヶ月前の時点では、まだ中級クラスが限界だったはずだ。


 魔力制御技術だけではない。根本的に、魔力量が足りなかった。


 魔力は、ダルクのような例外を除けば、誰しも訓練と肉体の成長に合わせて伸びていくものだ。だからこそ逆に、短期間で劇的な向上は見込めないはずである。


 それが、真っ当な手段であれば。


「ククク……ハハハハ!! 何に手を出しただと? 笑わせる、これこそ俺の本来の力だ」


「そんなわけあるか!! 全身悲鳴上げてんじゃねえか!!」


 代償魔法、と呼ばれる魔法が存在する。


 その名の通り、強力な効果と引き換えに魔力以外の代償を必要とする魔法群を指し、その危険性故に原則として使用を禁じられている。


 今、二発の上級魔法を放った代わりに体の至るところで皮膚が裂け、口から血を溢しているルクスの姿は、明らかにその代償魔法で自らを強化した者の特徴だ。


 だが……それがどうしたとばかりに、ルクスは嗤う。


「規則で禁じられている代償魔法のどれも、俺は使用していないぞ。ルール違反にはならない」


「ルールの話をしてるんじゃない!! 俺はあんたの体を……」


「うるさい!! お前に何が分かる!?」


 ルクスが次々と放つ上級魔法の群れを、ダルクは魔晶石を砕きながらどうにか凌いでいく。


 この日のために、少し多めに魔晶石を用意していたが、入学試験の時のように反撃に移る余裕もない。ただただストックばかりが削られていく。


「俺は、俺は“カーディナル”だ。“カーディナル”で在り続けなければならない!! そのためには……どんな手を使ってでも、お前を叩き潰さなきゃならないんだよォ!!」


「っ……!!」


 まるで慟哭のような叫び声を上げながら、ルクスの攻勢は続いていく。


 それを聞き届け、代償によってダルク以上の早さで傷付いていくルクスを見ながら──ダルクは、悔しさのあまり歯を食い縛った。


「なんでだよ……どうしてそんなに、貴族であることに拘るんだよ」


 ダルクの記憶に甦るのは、初めて魔法を使えた時の感動。そして、同じように感動し、涙すら流した先日のアリアの姿だ。


 魔法は、どんなに些細であろうと人の願いを体現し、奇跡をもたらしてくれる夢のような力だ。少なくとも、ダルクはそう考えている。


 そんな魔法の力を──ほんの数年努力すれば、なんの問題もなく手が届くはずの力のために、今この場で全て捨て去ろうとしているルクスの行動は、ダルクには到底許容出来なかった。


「絶対に、やらせねえ」


 元々負けられないと思っていた勝負だが、事ここに至って、余計に負けるわけにはいかなくなった。


 ルクスの無茶を止めて、彼の父──グレゴリオ・カーディナルに一発くれてやらなければ、到底腹の虫が収まらないのだ。


「うおぉぉぉ!!」


 それまでとは一転し、真正面から突っ込んでいくダルク。

 そんな彼に、ルクスはほくそ笑む。


「バカめ、血迷ったか!!」


 ダルクの持つ魔道具では、魔晶石ありきでもルクスの魔法を止めきれないのは分かっている。


 直線的な動きでは入学試験の時のように速度で翻弄することも出来ない以上、確実に直撃すると確信を抱く。


「死ねぇぇぇ!!」


 もはや、これが学生同士の模擬戦であることも忘れ、ルクスが全力の魔法を放つ。


 この戦闘が始まってすぐ放たれた魔法、《炎獄飛来メテオストライク》。


 あまりにも巨大な炎の塊が、ダルクに容赦なく叩き付けられた。


「くはっ、ははは……!! やったぞ、これで俺も……!?」


 勝ったと、そう思い込んだルクスが気を緩めた瞬間。炎の海を突っ切って、ダルクが懐へ飛び込んできた。


「バカなっ、なぜ……!?」


 どうしてダルクは、あの魔法を掻い潜ることが出来たのか?


 それは、実のところそう難しい話でもない。そもそも、開幕と同時に放たれた一撃でさえ《対炎結界アンチフレアフィールド》で防げたのだから、ダメージを受ける覚悟なら同じ魔法を掻い潜ることくらいは造作もない。


 では、なぜ今までダルクはそれを実行しなかったのかと言えば……ルクスの放つ魔法がから、に切り替わる可能性を捨て切れなかったからである。


 同じ上級魔法であれば、結界魔法は概ねほとんどの攻撃魔法を防ぐことが出来る。だが、結界を打ち破るために作られた魔法は不可能だ。

 正面から突っ込んでそれをまともに浴びれば、命を落とす危険もある。


 それを分かっていて、ダルクはルクスがそれを使えない可能性に賭けた。


 代償魔法で急激に魔力が高まったのであれば、それに見合った魔法制御技術はまだ持ち合わせていないと踏んで。


「これで……終わりだ!!」


「くっ……させるかぁ!!」


 入学試験のように、ダルクが魔法を封じ込めようとしていると感じたルクスは、《飛行フライ》の魔法で後ろへと飛び退く。


 確かに突破されはしたが、直撃を浴びたダルクも無傷ではない。もう一撃入れれば、今度こそ勝負はつく。


 そう考え、魔法を発動しようとして──


「がっ!?」


 ──気付かぬ内に、彼の背後に聳え立っていた石造りの防壁に激突し、その衝撃で一瞬意識が遠退いた。


「ルクス様、俺言いましたよね?」


 恐らく、《獄炎飛来メテオストライク》を掻い潜る際、爆炎に紛れて密かに退路を塞がれていたのだろう。

 そう気付いたルクスだが、もう遅い。


 ダルクは既に眼前に迫り、その拳を振り上げていた。


「次は魔法ばっかりじゃなくて──体も鍛えておけって!!」


「がはっ……!?」


 ダルクの拳が突き刺さり、岩壁を砕いて吹き飛んでいく。


 地面を転がり、気を失ったルクスを見て──ちゃっかり安全な位置に退避していた審判役の教師が、手を挙げる。


「勝者、ダルク・マリクサー!!」


 予想を遥かに越える激闘で、見学していた生徒の誰もが口をつぐみ、静寂に包まれる中。


 ただ一人──アリアが手を叩く音だけが、小さくダルクの耳に届くのだった。

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