第31話 告白
コーネリア達の起こした事件から、凡そ一週間。
魔器によって魔力が失われていた人々も、それが破壊されたことで徐々に回復し、元の生活に戻りつつあった。
昏睡状態にあったスフィアも、それは同じだ。今はもうすっかり魔力も回復し、教室でダルクと話し込んでいる。
「医師はね、大事な仕事なのは間違いないけど……魔法の強さより繊細さが求められる作業だから、貴族の中には医師のことを軽く見ている人も多いんだ。前線に出る魔導士なんかは、そうでもないんだけど……コーネリア先生は、それが耐えられなかったのかもしれない」
魔導士になれない落ちこぼれが就く職業──そんな風に、医師を見下す人間もいるのだと、スフィアは語る。
そうした現状を聞き終えて、ダルクは「なるほどな」と納得した。
「本当に……ままならないもんだな、世の中ってのは」
医師を見下す人間など、さすがに全体からすれば少数派だろう。ダルク自身、それを目指すと言っているスフィアのことは尊敬している。
だが……そうした感謝の声よりも、罵倒と侮蔑の声のほうがよほど強く印象に残ってしまうのが、人間というものだ。
「なあ、スフィア」
「うん? どうしたの、ダルク?」
「……何かあったら言えよ。俺はお前の味方だから」
スフィアが、コーネリアのようになるとまでは思っていない。だが、彼女と同じように傷付けられる可能性は大いにある。
それを心配するダルクに、スフィアはきょとんとしたまましばし硬直し……思い切り、笑いだした。
「あはははは!」
「わ、笑うなよ。これでも真剣なんだぞ」
「うん、分かってるよ、ありがと。でも、こうやって面と向かって言われると、なんだか告白でもされてるみたいだなって。ダルクも大胆だな~」
「…………」
スフィアは間違いなく男だが、外見は非常に可愛らしい。
繊細な魔法によって傷の治療もしてくれるし、家事もこなせて、なおかつ普段から身綺麗でちょっとした仕草まで綺麗だ。少なくとも、ダルクの師であるミラとは比べるまでもなく、女子力が高い。
寝相の悪さや寝起きの無防備さなどといった欠点もあるのだが、そんなところが逆にチャームポイントとなっている。
アリかナシかで言えば……アリだった。
「えっ、ちょっとダルク、そこで黙らないでよ、なんか変な空気になっちゃうじゃん!」
「なったら困るのか?」
急に慌て始めたスフィアへと、ダルクは顔を寄せる。
別に、本気で告白しようなどと思っているわけではなく、少々クサイ台詞を口にしてしまった照れ隠しに、からかい返そうと思っただけだ。
しかし、顎に手を添え、ニヤニヤと笑みを浮かべながら鼻先が触れ合いそうなほど接近している光景は、端から見れば“そういうこと”をしようとしているようにしか見えず……。
「だ、ダルク……?」
しかも、それをアリアに目撃されてしまった。
顔を青く染めながら呆然とする少女に、ダルクは慌てて弁明を口にする。
「いや、アリア、これは違うんだ。男同士のふざけ合いみたいなもんでだな」
「お、男同士だと、ふざけてキ、キスするの……?」
「そこが誤解だ! フリをしただけでするつもりなんてない!」
非常に厄介な誤解を生んでしまい、大慌てのダルク。
一方のアリアは、何もかも分かってる、とばかりに儚い笑顔を向けていた。
「大丈夫……今時はそういうのも珍しくないもんね。うん……私は応援するから、気にしないで……」
「いや、だから、俺は……!」
すっかり誤解され、弁解しようにも誤魔化してるだけだと思われてしまう。
スフィアにも手伝って貰えないかと目を向けるが、自業自得だとばかりに頬を膨らませていた。八方塞がりである。
困り果てたダルクは、この誤解だけはなんとしても解かなければならないという使命感に突き動かされ──とんでもないことを口にしてしまう。
「俺は……俺はアリアが好きなんだよ!!」
その瞬間、ダルクが悪ふざけでスフィアに迫った時以上に、空気が凍り付く。
場所は教室なので、他にも生徒はいる。
そんな中で、学校中に響き渡ろうかという大声で告白され……アリアの顔が、ぼふんっと真っ赤に茹で上がった。
「はえ? え? ……え?」
「俺は平民で、アリアは貴族だ。身分の違いは分かってるし、釣り合わないかもしれないけど……でも、今回の事件でハッキリ分かったんだよ、俺はアリアに傍にいて欲しいし、お前が他の男に手を出されるところなんて想像もしたくない。俺は魔道具研究の助手としてだけじゃなくて、アリア個人が欲しいんだ!!」
「ちょっ、待って……ダルク、待って……!」
あまりにも予想外の展開に、今度はアリアが慌て始める。
だが、ダルクもダルクで混乱しているのか、一度ついた勢いは止まらなかった。
「アリア、俺と付き合ってくれ!!」
はーっ、はーっ、はーっ、と肩で息をしながら、ダルクも段々と冷静さを取り戻していく。
自分がどんな場所で、どんな大胆な行動に出たのか理解が進む度、彼もまた顔が赤くなっていくのを感じた。
「えーっと、その……」
「だ……ダルクの、バカ……そういうのは、もっと……ムードとか、場所とか、タイミングとか、あるでしょ……バカ……」
「ご、ごめん」
言い訳のしようもないので、ダルクは素直に謝る。
いくらなんでも、スフィアとの関係を誤解されたから、それを解くために告白するというのはめちゃくちゃに過ぎる。
もう少し考えろと、ダルクは自分に言い聞かせた。
「迷惑だったよな、悪い」
顔を俯かせたまま動かなくなってしまったアリアに、ダルクはそう声をかける。
すると、アリアはばっと顔を上げ──突然、飛び掛かって来た。
「アリ……っ!?」
首に手を回され、アリアの顔が間近に迫る。
視界いっぱいに広がったそれが、誰のものなのかも認識出来なくなるほどに密着すると……ちゅっ、と。
柔らかな感触が、唇に触れた。
「っ~~~~!?」
その感触が何なのか理解した瞬間、脳が沸騰するほどの熱と多幸感がダルクの全身を駆け巡る。
永遠のような……実際にはほんの一瞬の接触を経て、アリアが体を離す。
そのまま、逃げるように教室の外へ向かって走り出した少女は、扉の前で一度だけ振り返る。
「その……私の寮の部屋、一人部屋、だから。その……待ってるから……後で、来て」
それだけ言い残して、今度こそ走り去っていく。
そんなアリアの背中を、呆然と見送るダルクの肩に、スフィアがポンと手を置いた。
「良かったね、ダルク。でも……子供はまだ早いから、自重しなきゃダメだよ?」
「……知ってるよ、当たり前だろ」
その後、教室を割れんばかりの歓声が包み込んだのは、言うまでもない。
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