最終話 感謝の言葉

 教室での一幕の後、ダルクは一人校内をウロついていた。


 早くアリアの元へ向かえばいいと思うところだが、少しばかり心の準備をする時間が必要だったのだ。


 しかし──歩き始めて早々に、真っ直ぐ向かえば良かったと後悔する。


「馬鹿者が、なぜあんなモノに手を出したのだ」


「……申し訳、ありません」


 廊下の奥、人気のないその場所で、グレゴリオとルクスのカーディナル親子が何やら話し込んでいる。ルクスが回復したことで、改めてその件について問い詰めているのだろう。


 深刻な雰囲気を感じてつい隠れてしまったが、立ち聞きするような話でもなかったとダルクは困り果てた。


「俺は……父上の期待に、応えたくて……」


「その結果がこれか? 己が一時の力を得るために、テロに加担したようなものだぞ」


「それは……」


 否定出来なかったのか、ルクスは項垂れた。

 そんな彼に、グレゴリオは更に言い募る。


「いいか、お前は“カーディナル”だ。常にその名に相応しい振る舞いと力を示すことが求められるということを忘れるな」


 またあいつは、ルクスを追い込むようなことを──


 黙って聞いていたが、流石に我慢ならないとダルクは飛び出そうとする。


 しかし……それより早く、グレゴリオは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「だが……それは何も、常に頂点であれと言っているわけではない。カーディナルの誇りを胸に、日々気高くあらんと鍛練することが重要なのだ。……そうすれば、お前はいずれ頂点に立てる男だ、期待している」


「は……?」


 あまりにも予想外の言葉だったのか、顔を上げたルクスは目を見開いたまま硬直してしまっている。


 気まずい沈黙が降りる中、やがて少しずつグレゴリオの言葉の意味を理解していくと……ルクスの表情に、喜びの感情が溢れかえった。


「あ……ありがとう、ございます……!! 期待に応えられるよう、頑張ります……!!」


「……うむ」


 深々と頭を下げたルクスの足元に、無数の水滴が零れ落ちていく。


 その水滴の正体を確かめることもなく、グレゴリオはルクスに背を向けた。


 そうして歩き出した先には、ルクスからは見えない位置に立つダルクがいる。


「盗み聞きは感心しないな」


「……気付いていたんですか」


「当然だ。その意味では、ルクスもまだまだな」


 今回の事件では不覚を取っていたが、やはりカーディナル家当主は伊達ではないらしい。


 そのレベルの注意深さを、勘当されるかもしれないとビクビクしていたルクスに求めるのは、流石に酷だと思うが。


「……お前には、例を言わなければならないな。お陰で、私達は民の前に大恥を晒さずに済んだ」


「い、いえ……」


 今回の事件は、単に魔法学園が襲撃されただけというほど、単純な話ではない。魔導士の護衛がつき、その力で民を纏め導く主要な貴族家の当主が、なす術なく無力化されていた。


 もしあのまま、コーネリアの策によって魔器が町にばら蒔かれ、混乱が起きていれば──たとえ鎮圧出来たとしても、貴族の名声は回復不能なまでに失墜し、国が割れていただろう。ダルクの功績は、非常に大きい


 ただ、それにしても……貴族としてのプライドが高いグレゴリオが、ここまで素直に礼を言うとは思わなかった。


 ルクスの件といい、彼の中で何か心境の変化でもあったのかと戸惑うダルクに、グレゴリオは苦笑を漏らす。


「……あれから、今日でちょうど五年か。あいつに託したのは、正解だったな」


「え……ちょっと待て、それってどういう……!!」


 ダルクの問い掛けを最後まで聞くことなく、グレゴリオは去っていく。


 そんな彼の背中を見送りながら、ダルクは小さく呟いた。


「……覚えててくれたんだな、父様」





 思わぬ邂逅を経て心の整理もついたダルクは、アリアの部屋がある女子寮へ向かった。


 呼び出した理由は一体何だろうかと、少しばかりドキドキしながらアリアの部屋をノックしたダルクは、勇気を振り絞って中へと足を踏み入れ──


「ダルク、誕生日おめでとう、なのじゃ!」


「……おめでとう」


 パァン、と目の前で弾けた色とりどりの紙吹雪を浴びながら、予想外の人物に目を丸くした。


「し、師匠!? どうしてここに!?」


「見ての通りじゃ。今日はダルクの誕生日じゃからな、密かにアリアと連絡を取り、サプライズのために学園に潜入したのじゃ」


 ピースピース、とノリノリで告げるダルクの師匠、ミラジェーンの姿に、ダルクは思わず顔を覆ってしゃがみこんだ。


 嬉しかったのもあるが、それ以上に──アリアの呼び出し理由を邪推した自分に、羞恥心が耐えきれなかったのだ。


「なんじゃ? ひょっとして妾は邪魔者だったかの? 若いもん二人でイチャイチャと過ごす予定じゃったとか?」


「ち、違いますから!! お、俺は……!!」


 どうにか否定しようとするが、視界の端にアリアが映った瞬間、先ほどキスを交わした情景が呼び起こされる。


 ゼロ距離で触れ合った体。唇の感触。高鳴る心臓の音。


 それを、アリアも思い出したのだろう。二人仲良く赤くなり、沈黙する。


「……おお? 冗談のつもりじゃったが、これは本当にお邪魔だったやつかの? やれやれ、子供の成長は早いのぉ……まあ、おめでとうは言えたし、婆はここらで退散するわい」


「待ってください師匠、逃がしませんよ」


 ガッシリと腕を掴まれ、ミラはぎょっと目を剥いた。


「いや、逃げるも何も、親同伴じゃやることもやれんじゃろう?」


「やることってなんですか!! 俺達まだ学生なんですよ? むしろそうならないように見張ってください!!」


「別に構わんと思うが……わざわざそれを口にするということは、可能性があると公言しているようなものじゃの」


 ほれ、とミラが指差した先で、アリアが益々赤くなって顔を俯かせていた。


 やってしまったと、ダルクの頭は更に混乱していく。


「待て、違う、違うぞアリア。俺はそういうつもりで来たわけじゃない」


「……違うの?」


「いや、全く期待しなかったわけじゃ……って、そもそも今は師匠の前なの!! そういう話は二人だけで……!!」


「妾のことは気にせんでいいんじゃよ?」


「俺が気にするんです!!」


 羞恥で真っ赤になりながらも、どこか残念そうに見上げるアリアと、面白がって大笑いするミラ。


 二人の視線に挟まれて、ダルクは頭を抱えた。


「勘弁してくれ……」


 そう呟きながらも、ダルクの口元は緩んでいる。


 先ほどグレゴリオと話した内容でもあるが……あの事件を無事に乗り越えたからこそ、こうしてくだらない話をしていられる。


 そして何より……カーディナル家を追い出されたからこそ、貴族社会の中で延々と自分の才能の無さに腐ることなく、新たな可能性を見出だして今に繋ぐことが出来た。


 そう考えれば、感謝してもいいのかもしれないと、そう思える。


「……ありがとうございます、父様」


「ダルク? どうしたの?」


「何でもない」


 いつか、この言葉をちゃんと本人にも伝えられる日が来ることを願いながら。


 アリアやミラと共に、ダルクは自分の誕生日を盛大に祝うのだった。

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魔力ゼロの無能だと追放された俺、大魔導士の弟子になる~俺だけが使える魔道具の力で魔法学園を無双します~ ジャジャ丸 @jajamaru

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