第25話 激怒

「学園長達は確保出来たらしい」


「なんだ、案外あっけなかったな」


 医務室に押し入ってきた男達の手で拘束されたダルクは、彼らの会話を聞いて思わず舌打ちを漏らす。


 これは、厄介なことになったと。


(まあ、《対魔法領域アンチマジックフィールド》の中じゃ、いくら優秀な魔導士が詰めてる魔法学園でもどうしようもないか)


 現在、学園を占拠したテロリスト達は、《対魔法領域アンチマジックフィールド》を使って学園の職員達を無力化している。


 対象領域内に存在する生物達の体内魔力を撹乱し、魔法の発動を封じ込める大規模な戦略級魔法──人一人の手では発動出来ず、多くの魔法触媒と人員、下準備を重ねて使用される代物だ。


 欠点は、この魔法の内部では敵味方問わず全ての魔法を封殺してしまうこと。にも拘わらず、テロリスト達は問題なく魔法を発動している。


 その理由は、間違いなくあの“杖”だろう。


(俺の魔道具とはまた違うみたいだけど、他人の魔力を使って魔法を発動するって点では同じか。だから、体内の魔力にどんな影響が出ようが関係ない、と。……多分、こいつらの魔力なんだろうな)


 昏睡状態のルクスを始め、医務室に押し込められている《ルシフェール》の被害者達。

 彼らの魔力を、他の代償魔法によって他人に移す──ミラの予測が最悪の形で実現している状況に、溜め息を溢した。


(分からないのは、他人の魔力を使ってるのに拒絶反応が全くないことか。俺みたいに自分の魔力がゼロってこともあるまいし、どうやって……)


「ダルク……これから、どうするの……?」


 ダルクが考え込んでいると、隣で同じように拘束されたアリアから声をかけられる。


 不安そうな少女に、ダルクは努めて明るく答えた。


「心配するな。待ってればそのうち、異変に気付いた外の魔導士が助けに来てくれるはずだ。そうすれば終わりだよ」


 《対魔法領域アンチマジックフィールド》の欠点は、無差別であることともう一つ。外から放たれる魔法には無力という点が挙げられる。救援が来れば、彼らも降伏するしかない。


 だから、下手に刺激せず大人しくしていよう──そう言い聞かせていると、それを聞いていたらしい男が一人、ダルクの胸倉を掴み挙げて笑みを浮かべる。


「助け? ははっ、来たとしても関係ないね。こっちにゃ学園の生徒に加えて、貴族家のご当主サマも人質にとってんだ。下手な手出しは出来ないだろうさ」


「……確かにそうかもしれないけど、《対魔法領域アンチマジックフィールド》だって無限に維持するのは不可能だ。あんたら、何を狙ってる……?」


「そんなの、決まってんだろ? ……生まれ持った魔法の力に胡座かいてふんぞり返ってる貴族連中に、俺達と同じ思いを味わわせてやんのさ」


「……?」


 どういう意味だ? と、そう問いたかったダルクだが、それを口にすることはなかった。


 一人に気を取られている隙に、アリアが別の男に腕を掴まれていたからだ。


「きゃっ……!?」


「アリア!? お前、アリアを離せ!! ……ぐっ!?」


 反射的に立ち上がろうとしたダルクを、最初の男が取り押さえる。


 その間に、無理矢理立たされたアリアが壁際に追い込まれていた。


「こいつ、知ってるぜ。スパロー家の令嬢だろ?」


「ああ、確か、魔力が強すぎるからクスリは使えねえって言われてたガキか。ほとんど家から見放されてるから、人質としても微妙なんだっけか?」


「ああ、そうだよ。だからさぁ……ちょっとくらい遊んだって構わねえよな?」


「なんだよ、お前こんなガキが好みなのか?」


「うるせえな、いいだろうが。それに……確かに見た目はガキだが、体はなかなかのモンだぜ?」


「いたっ、やめっ……!!」


 男の下品な視線がアリアの胸に注がれ、手が伸びる。

 無遠慮な手つきで掴まれた胸が形を変えるのに合わせ、アリアが小さく悲鳴を上げた。


 アリアの瞳から涙が零れ、ぐっと堪えるように唇を噛み締める姿を目にした瞬間──ダルクの中で、何かがキレた。


「アリアを……離せッ!!」


「ぬわっ!?」


 体を跳ね上げ、押さえ込んでいた男を転ばせる。


 その隙に、ダルクは隠し持っていた杖で素早く魔法を発動した。


「《強化ブースト》!!」


 身体能力を引き上げる、ごく初歩の魔法。

 その力で自身を拘束する縄を引きちぎったダルクは、アリアを押さえ付ける男に飛び蹴りを見舞った。


「ぐほっ!?」


 男が派手に吹き飛び、壁に叩き付けられて気を失う。


 それを見て、残ったテロリスト二人が噴き上がった。


「てめぇ!!」


「こっちが優しくしてりゃあ付け上がりやがって!!」


 仲間を傷付けられて激昂したのか、彼らは今いる場所も忘れ、攻撃魔法を放とうとする。


 だが、それより早くダルクが懐に飛び込み、魔法が形になる前に一人を殴り飛ばした。


「かはっ!?」


「この、《雷槍ライトニングランス》!!」


「遅ぇよ」


 背後から魔法を放たれるが、肘で男の杖を弾くことで矛先を反らし、難を逃れる。


 光速の閃光が壁を貫き、置いてあった医薬品が砕けて異臭が立ち込める中、ダルクは最後の男に接近。掌底を繰り出し、男の顎を下から打ち据えた。


「ぐほぉ……!?」


「いくら強くても、この距離で投射系の攻撃魔法なんか役に立つわけないだろ。素人が」


 ドサリ、と最後の男が倒れ、部屋に静寂が訪れる。


 倒れた男達の杖を踏み砕き、引きちぎった縄で三人を拘束したダルクは、ぺたんと座り込んだアリアの下に駆け寄った。


「アリア、大丈夫か?」


「だい、じょうぶ……」


 口ではそう言っているが、アリアは自身の胸を腕で覆い隠しながら小刻みに震えており、とても大丈夫そうに見えなかった。


 本物の悪意を持った相手から、抵抗を許されない状況で性的な暴力を受けたのだ、無理もないだろう。


「ごめん……俺が最初から制圧しておくべきだった」


「ううん……ダルクのせいじゃない。むしろ……私のせいで、ごめん……」


 ダルクの魔道具であれば、《対魔法領域アンチマジックフィールド》の中であろうと問題なく魔法が使える。それでも抵抗しなかったのは、敵の数も分からず、救援の見通しも立たない状況で、たった一人で抵抗するのは危険だったからだ。

 ダルク本人のみならず、捕らえられた人達にとっても。


 それを理解しているからこそ、アリアも謝罪するのだが……ダルクは気にするなと首を横に振った。


「あんな連中じゃ、遅かれ早かれこうなってたよ。どっちにしろ、こうなった以上は動くしかない、俺は行くよ」


「……どうする、つもりなの……?」


「この《対魔法領域アンチマジックフィールド》を構成している儀式場をぶっ壊す。それしかない」


 テロリスト達がこの学園を占拠出来ているのは、《対魔法領域アンチマジックフィールド》によって学園関係者の魔法を封じ込め、自分達だけが一方的に魔法の力を振るっているからだ。


 それがなくなれば、学園に詰めている警備の人間だけでも十分にテロリスト達を鎮圧出来る。ダルクはそう考えていた。


「アリアは、適当なところで身を隠しておいてくれ。すぐに終わらせてくるから」


「待てよ、俺達はどうなるんだ!?」


 ダルクの言葉に不安を覚えたのか、ベッドで横になっていた生徒の一人が叫ぶ。


 そんな彼に、ダルクは大丈夫だと笑った。


「お前らはアリアよりずっと安全だよ。テロリスト達にとっては、防衛目標ですらあるからな」


「それって、どういう……」


「お前らが手を出した《ルシフェール》のせいで、あのテロリスト達は今魔法を使えてるってことだ」


 ダルクが告げた事実に、生徒達は押し黙る。


 そんな彼らに背を向けたダルクは、最後にもう一度アリアと向き直った。


「それじゃあ、行ってくる。また後でな」


「あ……」


 走り出したダルクに、アリアは手を伸ばしかけ──結局、何を言うことも出来ないまま、口を閉ざすのだった。

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