第19話 買い物デート

 騒々しい朝の一時を終え、ダルクは待ち合わせ場所の学園前にやって来た。


 ひとまず時間通りではあったのだが、そこには既にアリアの姿がある。


「あ……ダルク」


 いち早く気が付いたアリアが、ダルクの下へ駆け寄ってくる。


 しかし、そんなアリアを見てもダルクの反応はいまいち鈍かった。


「……どうしたの?」


「ああ、いや……」


 こてん、と首を傾げるアリアから、ダルクはつい目を逸らす。


 その理由は単純で──アリアが、あまりにも可愛らしかったからだ。


(そりゃあ、休みの日に学園の外に行くんだから私服くらい着るよな……)


 この二ヶ月間、休日であっても制服姿ばかり見てきたので、入学試験以来一度も目にしなかった私服姿のアリアというのは新鮮だった。


 髪色に合わせた、純白のワンピース。

 シンプルなデザインながら、肩を大きく露出しているためか随分と色っぽく見える。


 胸元に輝く紺碧のブローチが高級感を漂わせ、まるで絵本の中から飛び出してきたお姫様のような品位と可憐さを両立させていた。


「今日は、一段と可愛いなって思ってさ。なんか、俺だけ制服なのも悪いな」


「ん、大丈夫。私がしたくてこの格好なだけだから。行こ、ダルク」


「お、おう」


 予定通り、二人は買い出しのために町へと繰り出す。


 目指す場所は、貴族の別邸などが軒を連ねる“貴族街”と、平民達が暮らす“平民街”、その境目付近に立ち並ぶ魔法触媒の専門店だ。


「今日買うの、なんだっけ?」


 ほとんど寄り添うような距離感で歩きながら、アリアは問い掛ける。

 見上げるような格好になるのはいつも通りだが……今日は普段の制服よりも一段と薄着のため、うっかりすると胸元から下着が見えてしまいそうだ。


 持ち前の理性を総動員して視線をアリアの目に固定したダルクは、どうにか平静を装いながら手持ちのメモを見せる。


「結構あるぞ。ざっとこんな感じ」


「……本当にたくさん。お金、大丈夫?」


「師匠からの仕送りがあるから平気だよ。もう少ししたら、自分で稼ぐなり調達する方法も考えるつもりだけど」


「そっか……困ったことがあったら言ってね。何でも、力になるから」


 ダルクの手を取りながら、アリアはそう言って小さく微笑む。


 初めて会った時は、ほとんど無表情で何を考えているのかよく分からないところがあったが……ここ一ヶ月ほどで随分と感情を表に出すようになっていた。


 それだけ心を開いてくれたのだと思うと、ダルクとしても非常に嬉しい。


「ありがとな。それじゃあ早速、荷物持ち頑張って貰おうか、俺一人じゃ持ちきれないだろうし」


「ん!」


 二人で一緒に、専門店──通称、“魔法屋”を巡っていく。


 強力な魔法は貴族の独占下にあるが、魔法そのものは平民にとってもごく当たり前に存在する生活の糧だ。

 故に、魔法屋に置いてある触媒も、平民向けの安価なものから、貴族や魔法研究家向けの高価なものまで幅広くあり、この一角には身分の別なく大勢の人が集っている。


「いらっしゃ……貴族様、うちは庶民向けの商品を置いてるんで、お気に召すようなものはないと思いますが」


 しかし、だからと言って両者の溝が埋まっているかと言えば、そういうわけでもない。


 学園の制服を見て、ダルクのことを貴族だと思ったらしい店主の表情が強張っている。


「俺は貴族じゃないですよ、今年五人しかいない平民枠です」


「なんだ、そうなのか! そいつは悪かった、兄妹でおつかいか?」


「あはは、そんなところです」


 ダルクはともかく、アリアは正真正銘の貴族だ。

 先程の店主の反応を見るに、アリアの身分については黙っていた方がいいだろうと、曖昧な返事を返すのだが……アリアとしては納得出来なかったのか、ぷくっと頬を膨らませる。


「兄妹じゃない、同級生」


「……えっ、同級生!?」


 身長差もあって、そう見えなかったのだろう。店主は目玉が飛び出そうなほどに驚いていた。


 そして、何かを察したかのようにうんうんと頷く。


「そうかそうか、若いねえ~。おい小僧、学園じゃあ色々あるだろうが、ちゃんと守ってやるんだぞ。男を見せる時だ!」


「は、はあ……まあ、そのつもりですけど」


 男を見せるというのはよく分からないが、アリアに何かあった時は当然守るつもりではある。


 そう伝えると、店主はニヤニヤと意味ありげに微笑み、アリアはポッと顔を赤くしていた。


「……どうした?」


「……なんでもない」


 状況がよく飲み込めないまま、ダルクははてと首を傾げる。


 すると、店主は「そうだ」と手を叩き、商品棚から一つ、小さな水晶玉を取り出した。


「さっきお貴族様と勘違いしちまった詫びだ、こいつをサービスしてやろう」


「なんですか? これ」


「《カラークリスタル》っつってな、魔力を込めると色が変わるジョークグッズなんだが……二人以上で魔力を込めた時、より単色に近い綺麗な色であればあるほどお互いの相性が良いって言われてる」


「へー……」


 所謂、相性占いのようなものだろうか?


 値段を見るに、何かのオマケとしても問題なさそうなお手頃価格なので、本当にただのサービスなのだろう。


 もっとも、魔力のないダルクには遊ぶことも出来ないが。


「アリア、ほらこれ……」


 取り敢えず、アリアにあげようと思って受け取ったそれを差し出すと……そんなダルクの手を、アリアがぎゅっと握った。


「アリア?」


「せっかくだから、一緒にやってみたい」


 ダルクには魔力がないので、店主が言ったような相性占いにはならないのだが……そんなことは関係ないとばかりに、アリアの瞳は期待に輝いている。


 魔力を込めたら本当に色が変わるかどうか、試してみたいのかな? と、ダルクはそう思った。


 ただ、一つだけ問題もある。


「……え、ここで?」


 アリアは魔力が膨大過ぎるため、一人ではその力を制御出来ない。

 魔晶石を作る際も、ダルクがその制御をほとんど担って行うのだが……ダルクにとっても簡単なことではないので、万全を期すためアリアを抱き締めるような格好になる。


 密着しているほど制御が容易になるという理由からだが、こんな大勢の前でそれを実行するのはなかなか勇気が必要だった。


「……ダメ?」


 しかし、アリアにこうも頼まれてしまっては、断るに断れない。


「分かった、じゃやろうか」


 嬉しそうに微笑んだアリアが、慣れた動きでダルクに背を向ける。


 そんなアリアを抱き締めるように、その手に握られた水晶へと手を重ね……二人で強力して、アリアの魔力をそこに注ぎ込んだ。


「わあ……」


 みるみるうちに、淡いピンクに色付いていく水晶玉。


 ジョークグッズなだけあり、ものの数秒で変化が終わったそれを、アリアはキラキラとした瞳で見つめていた。


「綺麗な色だな。アリアらしい」


 今にも消えてしまいそうなほど淡い色ながら、一度目にすれば頭から離れないほどに綺麗で、愛らしい。そんな色。


 思ったままを直球で口にするダルクに、アリアはまたも顔を赤らめた。


「……そんな風に言われると、照れる」


「あ、いや、悪い。本当に綺麗だったから、つい」


「別に、謝らなくていいよ。……えへへ」


 水晶を見つめ、照れながらも嬉しそうに微笑むアリア。


 初めてアリアの魔晶石を作った時もそうだったが……本当に魔法が好きなんだなと、ダルクはそう思った。


「くぅ~、見せつけてくれるじゃねえか! しかも、二人で込めてこんなに綺麗な単色になるカップルなんて初めて見たぜ……!! おい、今日は何が必要なんだ? 全部タダにしてやるから、好きに持ってけ!!」


「いや、流石にそれは悪いから払いますよ!?」


 あまりにもツッコミどころが多すぎて、どこからツッコミを入れればいいやらと頭を抱えたダルクは、ひとまず一番大事なところから訂正を入れる。


 そんな二人のやり取りを横目に、アリアは色付いた水晶を胸に抱く。


(私……やっぱり、ダルクのこと……)

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