第4話 入学試験

 魔法学園の入学試験は、さほど難しいことをするわけではない。


 様々な実技試験によって魔法の素質を計り、見込みアリとされた上位百名が入学を許される。それだけだ。


(普通は、滑り止めとして他の魔法系の学校も受験しておくものらしいけど……俺、これ一発勝負なんだよなぁ)


 落ちたらどうしよう、と痛む胃を押さえながら、アリアと共に試験会場に向かう。


 遅刻ギリギリだったのだから当たり前だが、そこには既に、入学を目指す数多の少年少女で溢れ返っていた。


「それでは、これより王立魔法学園入学試験を始める!! 番号を呼ばれた者は前に出て、まずは各々得意な攻撃魔法を最大威力であちらの的へ放つように」


(おおう、いきなり火力勝負ですか。後の方が良いなぁ)


 ダルクの持つ魔法杖の特性上、この空間に満ちる魔力が多ければ多いほど強力な魔法が使えるようになる。


 もちろんそれにも限度はあるので、一番手でなければさほど差はない。まあ、受験番号は101番なので、恐らく問題はない──


「受験番号101番、ダルク・マリクサー。前へ!」


「…………」


 どうやら、“101番”というのはその字の通りではないらしい。


 思わぬ状況に、ダルクは頭を抱えたくなった。


(どうしよう、奥の手を使うか? いや、杖でさえ微妙なのに、この上試験で変なことして失格にはなりたくないんだよな……)


「ダルク・マリクサー! いないのか!?」


 悩んでいる間にも、試験官から名前を呼ばれ続けている。


 こうなったらやるしかないかと、ダルクは腹を括って前に出た。


「…………」


 その途中、アリアから「頑張れ」とでも言うかのようにぐっと親指を立てるジェスチャーを送られたことに気付いたダルクは、軽く手を挙げてそれに応える。


 そんなダルクに、周囲からひそひそと声が上がった。


「マリクサー? 聞いたことないな」


「お前知らないのか? マリクサーって言ったら、大魔導士ミラジェーンの姓だぞ」


「え? じゃあ、あいつが噂の、大魔導士の推薦で来たってヤツか……」


「どれほどのものか、お手並み拝見だな」


 あまり大きな声ではなかったのだが、その小さな話題は瞬く間に会場中に広まり、誰もがダルクの一挙手一投足に注目し始めた。


 (これは、益々余計なことは出来ないな……杖だけで、やれるだけやってみるか)


 ミラも言っていたが、魔道具の使用は特に禁止されていない。


 そもそも、“魔道具”などという概念を作ったのはミラが初めてで、ダルクはその魔道具を使う初めてのテスターなのだから、それも当然だ。


 だからと言って、やりたい放題に様々なアイテムを使って成績を盛るのは、不正を叫ばれそうで気が引ける。


「《炎球ファイアボール》」


 杖を取り出したダルクが選択したのは、炎の初級魔法。今の状況下で使える、もっとも高い威力を持った魔法だ。


 しかし、ダルクの杖から放たれた火の玉が的にぶつかり熱波を散らす光景を見て、周囲からは落胆の声が上がる。


「なんだよ、大魔導士ミラジェーンの推薦だっていうから期待してたのに、ただの初級魔法かよ」


「せめて中級クラスの魔法くらい使えよな」


「師匠がいくら凄くても、その弟子まで凄いとは限らないってことか……もったいねえ」


(我慢、我慢……)


 ミラが自分にはもったいないほどの師匠だということは、ダルク自身が一番よく分かっている。


 だから、こんな風に言われるのも当然だと自分に言い聞かせながら元の場所に戻ると、アリアが不思議そうな顔で待っていた。


「……ダルクなら、もっと強い魔法も使えるはずなのに……どうして、あんな? さっきは、《飛行フライ》も使ってたよね……?」


「あー……あれはアリアさんがいたので」


 アリアの言う通り、《飛行フライ》は中級レベルの魔法だ。しかし、それもアリアの魔力を借りなければ使えない。


 それこそ、さっきみたいにアリアと手を繋ぎながら試験が受けられたなら別だけど……。


 などと考えていると、アリアは急にしゅんと顔を俯かせた。


「ごめん……」


「いや、なんで謝るんですか?」


「私のせいで、余計な魔力使わせちゃったから……」


「あー、えっと……」


 どうやら、アリアはあの移動で魔力を消耗したせいで、ダルクが全力を出せなかったのではないかと勘違いしているらしい。


 どう説明したものかと迷っていると、ちょうどそのタイミングで会場が再びざわめいた。


「受験番号102番、ルクス・カーディナル! 前へ!」


「……カーディナル?」


 聞き覚えしかない名前に、ダルクは思わず振り向いた。


 するとそこには、会場の声援を一身に受けて微笑む、金髪の貴公子の姿があった。


「きゃー! ルクス様よー!」


「カーディナル家の後継者だ! すげえ魔法期待してるぜ!」


(後継者……?)


 ダルクには、兄弟はいなかった。彼が生まれたすぐ後に母親が死去したため、他に子供をもうけることが出来なかったのだ。


 そもそも、真っ黒な髪を持つダルクやその父親とは似ても似つかない出で立ちを考えると、傍系の家から養子でも取ったのだろうか?


 そんなことを考えながら見つめていると、そのルクスと目が合った。


「…………?」


 いっそ憎しみすら感じさせるほどの、鋭い眼差し。


 そんな目で見られる心当たりのないダルクは、ただただ困惑するばかりだった。


「行くぞ! お前達に見せてやろう、本当の魔法というものを!!」


 仰々しい仕草で掌を掲げたルクスの全身から、魔力が溢れる。

 物理的な光を伴い撒き散らされたそれが掌に集い、紅蓮の業火へと変換されていく。


「《炎球ファイアボール》!!」


 込められた魔力量には見合わない、ごくごく初歩的な魔法。

 過剰な魔力はそのまま威力へと変換され、絶大な熱量を伴って的を貫いた。


「おお……すごいな……」


 これまで何人もの魔法を受け止め続けて来た的が、ルクスの魔法で粉々に砕け散っている。


 感嘆の声を漏らしたのはダルクだけでなく、会場全体から黄色い声援が乱れ飛んでいた。


「さすがルクス様だ!! とても初級魔法とは思えない威力だぜ!!」


「並みの中級魔法よりずっと強力だったぞ……!」


「素敵ーー!! 抱いてーー!!」


 きゃいきゃいと大騒ぎの会場を静めようと、試験官達が大声で叫ぶが、なかなか興奮が落ち着かない。


 そんな中で、ルクスはまたもダルクの方に目を向け、軽く鼻で笑い飛ばしていた。


「本当に、なんなんだ……?」


 彼と会うのは、今日が初めてのはずだ。

 どうしてこうも対抗心を向けられているのか分からないと首を捻っていると、続けてアリアの名前が呼び出された。


「アリアさんの番ですね。頑張ってください」


「……ん」


 軽く声援を送ると、アリアからは沈んだ声が返ってくる。


 魔法が使えないと言っていたが、そのせいだろうか? と、少し心配になるダルクの前で──大きく深呼吸をしたアリアが、腕を掲げた。


「《炎球ファイアボール》」


 その瞬間、先ほどのルクスすら比ではない絶大な魔力が会場中に吹き荒れた。

 その暴威に、会場にいる誰もが息を呑み、恐怖と共に背筋を凍らせる。


 なぜなら──その魔力はルクスの時と違い、明らかに暴走しているからだ。


「アリア!!」


 魔力の渦の中心で、アリアは必死に魔法を制御しようとしていた。

 だが、明らかに抑えきれていない。今すぐにでも爆発しそうな危うさを内包したまま、消滅寸前の太陽のように徐々に膨張を始めている。


 試験官達も、その力の危険性にはとうに気付き、集まった子供達を守るための結界を構築し始めた。


 だが、それはあくまで周囲の安全を守るためのもの。アリア自身の身の安全に関しては自己責任というスタンスなのか、誰も保護しようとはしていない。


「くそっ……!!」


 こうなっては致し方ないと、ダルクは魔法杖と一緒に小さな結晶を取り出し、握り潰す。


 砕けた瞬間に魔力が溢れ、杖に宿って光を発し始めたのを確認すると、素早くそれを振るって魔法を発動した。


「《対炎結界アンチフレアフィールド》!!」


 一切の熱とそれに伴う魔法を無効化する、


 その力がアリアの体を包み込んだ刹那、太陽が爆ぜた。


 会場を蹂躙する、膨大な熱量とそれに伴う衝撃波。

 それら全てが収まった瞬間、ダルクは駆け出した。


「アリア、大丈夫か!?」


 焼け爛れた大地の中心で、アリアは腰を抜かしたままへたりこんでいた。


 ひとまず、外見に異常がないことを確認してホッと息を吐くダルクに、アリアは呆然と呟く。


「今の……ダルクが……?」


「ああ、一応な。それで、どこか痛いところは? 立てるか?」


「痛いところはない、けど……今は立てない、かも……」


「そうか、分かった。とりあえず、俺が医務室まで運んでやるから、掴まれ」


「……ん、ありがと……」


 首に手を回したアリアの体を抱き上げたダルクは、無言の会場を後にする。


 そんな彼の後ろ姿を、ルクス・カーディナルは憎々しげに睨んでいた。


「くそっ……カーディナル家を勘当された分際で……!!」

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