第5話 医務室のひと時
魔法学園は、端的に言えば軍人の育成施設だ。当然、授業内容には実戦を想定した危険なものも数多くあり、負傷した生徒を治療するための医務室は下手な病院よりも充実している。
「特に体に異常はありませんね、少し休めば問題ないでしょう」
「そうですか、ありがとうございました」
そんな場所にアリアを運び込んだダルクは、医師兼教師でもある女性の言葉に頭を下げる。
そんな彼に、「気にしなくていいですよ、仕事ですからね」と言った彼女は、そのまま踵を返した。
「それじゃあ、私はちょっと外すから、ゆっくりしていってね。試験も、会場があの有り様なら次の呼び出しまで暫くあるはずだから」
「分かりました」
じゃあ、そういうことで。と去っていく医師の背中を見送ったダルクは、改めてアリアに向き直る。
ベッドの上で、膝を抱えたまま座り込み、顔を俯かせている少女。
相変わらず表情からは何を考えているか分かりにくいが、落ち込んでいることくらいは雰囲気で十分に察せられる。
こういう時、森暮らしであまり人と関わらない生活を送っていたダルクには、どうしたらいいのかよく分からないが……ひとまず、何もせず隣に腰かけることにした。
「……ダルク、ありがと。助けてくれて」
そんなダルクに、アリアの方から声がかけられた。
真っ直ぐなお礼の言葉に、ダルクは照れ隠しのように目を逸らす。
「気にしなくていいですよ、当たり前のことをしただけですから」
誰もアリアを守る余裕がない中で、ダルクだけにそれがあった。だから助けただけだと、そう告げる。
そんな彼に、アリアは小さく首を横に振った。
「そんなことない。あんな風に暴発した私を心配してくれたのは……ダルクが、初めてだったから」
「そう、なんですか?」
「ん……」
アリアの暴発癖は、今に始まったことではなかった。
幼い頃から、拙い制御能力に比して強力すぎる魔力に振り回され、周囲に迷惑をかけてきた。
そのせいで、家族からも距離を置かれているのだとアリアは語る。
「お父様は、この学園で制御する術を学んでこいって、言ってたけど……本当は、私の面倒を見るのが嫌で、学園に押し付けたかったんだと思う」
「…………」
アリアの境遇を聞いて、ダルクはとても他人事とは思えなかった。
ダルクもまた、魔法を使うための魔力すらないという理由で、家を追い出された身なのだから。
「だから……本当に、ダルクはすごいと思う。あんなにすごい魔法が使えて、それを私なんかのために使ってくれて……でも、これ以上は、ダルクにも迷惑がかかるから……だから」
「俺は、すごくなんてないですよ。魔力の欠片も持たなくて、家を追い出された人間ですから」
「……え?」
アリアの言葉を遮るように、ダルクもまた自分の事情を打ち明ける。
カーディナル家を追放されたこと。そして、大魔導士ミラジェーンに拾われ、五年の月日を共に過ごしたことを。
「俺が魔法を使えるのは、師匠が作ってくれたこの魔道具のお陰です。魔力がない俺でも、魔法が使えるようにって」
「そんな、道具が……私でも、使えるの?」
「それはまだ無理です。人は、基本的に自分の魔力しか制御出来ませんから」
人に限らず、あらゆる生物はその体内に魔力を生成し、利用している。
その体内にある魔力が、自然界にある他の魔力と反発してしまうのだ。本来なら。
しかし、ダルクにはその反発するべき魔力がない。
だからこそ、大気中の魔力をそのまま魔法に利用し、魔道具を操ることが出来る。
「でも、いつか必ず俺以外の……アリアさんみたいに上手く魔法が使えない人達にも使える魔道具を作り上げてみせます。そのために、俺はこの学園に来たんですから」
ダルクの夢──魔道具の一般化によって、魔法の才能に依存した格差を少しでも減らすこと。
魔法が使えないことで不自由を強いられ、蔑視されるような人の助けになること。
そんなダルクの願いを聞いて、アリアは目を丸くした。
「だから、出来れば……アリアさんにも、その手伝いをしていただけませんか? 俺には、あなたみたいな人が必要なんです」
目標を達成するにあたり、アリアのように
そんな彼の提案に、アリアはしばし瞠目し──そのまま、差し伸べられた手を恐る恐る取ろうとして。
「ふん、やはりそういうことか」
突然割り込んだ声に驚き、手を引っ込める。
ダルクがそちらに目を向ければ、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「ルクス・カーディナル……様。何の用ですか?」
煌めく黄金の髪、貴公子然とした高貴な立ち振舞いに、ダルクを見据える鋭い双眸。
間違いなく、つい先ほどまで試験会場で黄色い声援を浴びていたルクスで間違いない。
そんな彼が、一体何をしに来たのか。“やはり”とは何のことなのか。ダルクは問い掛ける。
「惚けるな。お前は事もあろうに、栄えある王立魔法学園の入学試験で不正を働いた。つい今しがた、自らそう語ったではないか」
「……魔道具の使用を禁止する決まりはありませんよ。他にも、違法なドーピングや儀式触媒は使用していません」
実のところ、魔法の発動を補助するためのアイテムは、一部を除いて使用が認められている。
それを盾にするダルクを、ルクスは鼻で笑い飛ばす。
「決まりがないだけだろう? それとも、これから試験官達に是非を申し立てに行くか?」
「…………」
ダルクは──というよりミラは、入学さえしてしまえば後はどうとでもなると言って、彼を試験に送り出した。
一応、彼女は彼女で事前に手回しをしてくれたはずだが、試験官達全員が魔道具の使用に肯定的であるとは到底思えない。
少なくとも、目の前に立つルクスは、そうではないのだろう。
カーディナル家の名を背景に詰められれば、ダルクの受験資格が剥奪される可能性はある。
「ここは、国の未来を背負う魔導士を育成する学校だ。カーディナル家を追い出された無能の分際で、くだらん玩具の力を振り回す輩が遊びに来るようなところではない!!」
そんなルクスからの言葉に、ダルクは大きく溜め息を溢す。
確かに、彼の言うことはほぼ正論だ。だが──
「取り消して貰えますか?」
「む?」
「俺が魔力も持たない無能だっていうのは事実なのでどうでもいいです。でも……
ダルクにとって魔道具は、単に魔法を使うために必要なアイテムというだけではない。
カーディナル家を出て、ミラの下で過ごした五年間。積み重ねた日々の結晶とでも言うべき、大切な代物なのだ。
断じて、くだらない玩具などではない。
「わざわざこんなところに来て俺を挑発したからには、何か意味があったんでしょう? 早く本題に入っていただけますか、ルクス様」
「ふん、察しが良いじゃないか。この入学試験の最後に、受験生は模擬戦をすることになっている。そこで、俺と戦え」
「模擬戦の相手は試験官だと伺ってますが……?」
「それくらい、どうとでもなる」
ルクスの言葉に、ダルクは再び溜め息を溢す。
魔道具の使用云々よりもよほど不正だと思うのだが、本人にその自覚はなさそうだ。
そもそも、この学園の運営は、貴族の多大なる寄付によって成り立っている側面があるので、この程度で騒いでいてはキリがないのだが。
「俺が勝って、お前のそれが紛い物の力だと証明してみせる。逃げるんじゃないぞ」
「分かりました。それなら、俺が勝ったら魔道具の力を認めてくださいね」
「ふん、勝てたらな!」
言うだけ言って、ルクスは去っていく。
そんな彼の背中を見送ったダルクは、押し寄せる疲労感からベッドに座り込むのだった。
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